37.聖女はわかってしまったの
28.聖女は証明書をどうするの? が抜けていました。(2025.6.10)
読まなくても話についていけますが、すこし情報が入るかもという感じです!
お風呂に入る必要がないとはいえ、気持ちが悪い。
望めば風呂のある宿もあるという。ただそれは贅沢なのだという。入浴しなくても綺麗を保てるけれど、行為として入ることもできる。
でもご飯を食べないとお腹が空いて餓死する。欲求を満たす必要性がばらばら。
まあいいや。そのうち大きな街に行けば、お風呂のある宿を取ってくれるとローランは前に言ってた。
それに期待して、今回は沸かしたお湯で顔と身体を拭いた。
レジーさんに会う準備万端! 顔を洗って部屋に入ると彼が装備を解いて片側のベッドに座っていた。
白い前後ろの合わせの鎧を外し、アンダーウェアだけになった彼の上半身の筋肉は立派で、体格にほれぼれする。いやだ、ウェアに胸筋と腕の筋肉がぴったりしている。素敵……。
窓から入り込む白い月の光に身体と、金の髪が照らされて慌てて顔を逸らす。男性もこれ惚れちゃうだろ。解いた髪が顎の線に触れていて、どうしようかっこいい。
視線をどこにやればいいんだろ。イケメンにもてた経験がない、というかイケメンに会ったことがない。
そうだ、患者さんと思えばいいんだ。検温する時の気分で、近づくけどまるで見えないバリアがあるようにそれ以上は足が止まる。
「――アリス」
「ええと、そのお待たせしました」
なんだろ、この初夜みたいな雰囲気。私は一応かなりな相当成人なのだけど、そうじゃないふりをしておこう。
照れながらもう片方のベッドの端に腰を掛けると、レジーは穏やかで安心させるように笑った。この方二十八歳なんだよね。あちらの世界ではないほどの紳士だな、ロイヤルだし。
それに日本だと二十代前半はまだ学生気分だし、こちらの精神年齢が高いのは当たりまえ。とはいえヒューは……って、彼の成熟の基準は人間と同じように考えてはいけないか。
「髪を洗ったのかな。すっきりしたかい?」
「はい。やっぱり洗わなくても平気とはいえ、洗いたかったから」
少し首を傾げられて慌てる。なんだろ、この子供っぽい話し方。直そう。
「緊張していると思うけど、ここに魔物は来ないし、何かあっても必ずるから安心して眠って欲しい。疲れているだろう?」
必ず守る。そんな言葉をあちらの世界では言われていないから染み入る。あれ?イヴァンに言われた? 照れて髪を指で梳かそうとして慌ててやめた。
照れた時の自分の癖。でも、髪をいじるのは綺麗じゃないからやめようとしている。
「アリス?」
「いいえ、なんでもないです」
よし、言葉遣いも直ってきたぞ。子供っぽいと思われたくない。
「――君が聞きたいことを話そうか」
穏やかで少しもの憂げ。ああ、やっぱりそういう雰囲気にはならない。落とす対象としては見られていないことを残念に思いながらアリスは頷く。
考えてみれば、他のメンもぐいぐい理由もなく来ておかしいものね。聖女の騎士の理由はわからないけど、メンバーで勝利すれば特典として願い事を叶えてくれる。
じゃなきゃ、死地を選ぶわけがない。もちろん、自分達の世界を救わなきゃ生きるか死ぬかの世界だけど。
「聞きたいことはなんだい? と言われたら困るかな」
微笑しながら言われても、頭がぼーっとしてしまいそうになり、慌てて頷く。
顔、ずっと見ていたい。と、レジーが立ち上がり、ドアまで向かい開く。そこにはイヴァンが向こう側の壁に背をあずけて立っていた。慌てたのか、ヒューが後ろを向いている。
「二人とも……」
立ち上がりレジーの肩越しに二人を見たアリスは、何とも言えない気分になる。定番だし、やりそうとも思っていた。
気にされて美味しいのか。でも、ちょっとやだ。プライバシーがない。これでレジーといい雰囲気になったらどうしてくれる。イヴァンなんか乗り込んできそう。
「女性二人とローラン、この館自体を守る役目はどうした?」
「悪かったよ」
そう言って半身だけ振り向いてヒューは言う。でも何か言いたげ。その目がアリスだけを見ている。
「でも、お前……レジーが好きだろ」
まだ言う。ていうか、からかいじゃなくて、本当に拗ねているの? だからどうした。
「ヒュー。今のこの状況で、それを言うのかい?」
「……悪かったよ」
「他のメンバーを守ってくれ。ヒュー。それからイヴァン」
イヴァンの表情はレジーが動いたからようやく見えた、俯いて少し影がある。
「周囲の見回りを。三区のメンバーが来たという事は何かあるのかもしれない」
イヴァンは無言で顔をあげた、彼もまたアリスを見ている。なんでみんながアリスをみるのだろう。
「アリス。本当に、お前はレジナルドが好きなのか?」
少し低めでまっ直ぐに向かってくる言葉に驚く。それに今ここでどう答えればいいのか。なぜこんな時に聞いてくるのか。答えたらどうなるのか、わからない。
「……好きだよ」
レジーの顔は見えなかった、背中しか見えない。イヴァンは無表情だった。イケメン二人に取り合い? されている。私の罪つくり! なんてのんきには思えなかった。だってレジーは私に恋愛感情がない。今のことで話しづらくなったらいやだ。
「信用したいと思ってる。皆のことも。でも、みんなが私個人のことを好きだと信じられるほど、私はおめでたくない。信じさせてもらえる言動をされていない」
イヴァンが表情を変えていた、驚いてアリスを見ていた。レジーも顎をあげてやっぱり驚いているみたい。
「私は何もわからない。聞けば聖女なら知っているはずと言われる。前線に立たされて最終的にはみんなにご褒美をあげる役目。だから最終的には自分のことは自分で守らなきゃいけないと思っている、違う?」
「アリス」
レジーが取り成すように言う。自分が言っているのは八つ当たりかもしれないけれど、今まで散々な扱いをされたのだ。言葉が止まらない。
ああ、可愛くない。守って、と可愛くいえなかった。こんなイケメン達がいるのに。
「でも好意を持たれてるのかもと信じたくなっちゃう。単純だけどね。そうしたら好意を持つよ。でも、イヴァンに警戒しろと言われるのならみんなを警戒しなきゃいけない。ひどく疲れるよ。私はそんな生活に身を置いたことがないから。けどしなきゃいけないなら」
アリスは、一息で言う。何度かイヴァンが口を開いてはまた閉じる。
「利用されるなら、私も利用する。私はこの世界で生きていくために、みんなを利用する。ウィンウィンの関係でいきましょ。あなた達の望んだ聖女にはなれないかもしれ――」
「アリス」
レジーが抱きしめてくる。いきなりで息が止まる。
「君は君でいいんだ」
顔が近い、彼が身をかがめてくれているせい。
「聖女である前に君は君、アリスだ。悪かった。それを伝えていなかった」
「……」
「こんな世界で、魔物を倒す、そんな怖いことはない。その最前線に立ってほしいなんて勝手だし、そんな世界ならば滅んで当然だ」
レジーの手が背を叩いている。こんな分厚い胸に抱きしめられている。合コン後に下心アリの男性にホテル行こうと、抱きしめられたことはあるけど、こうやって慰められたことはない。
でも、それがいいことかはわからない。だって自分がわからずやだからだし、なだめられているから。
「聖女は魔物に狙われる。魔王の目論見は不明だが、多分その魔力を必要としている。だから君もねらわれる。けれど、俺達は護衛のためにいると思ってほしい」
「……」
「イヴァン」
レジーはアリスを抱きしめたまま、アリスには見えない彼の名を呼んだ。
「今晩は、アリスを任せてほしい。彼女にプレッシャーを与えないで休ませてくれないか」
しばらくしたら、レジーがアリスを離した。見たらイヴァンはいなかった。そしてレジーは部屋へと手を差し示してエスコートする。
「アリス、勝手に触れて悪かった」
「ううん」
彼より先に入りながらアリスは思った。レジーの空けた距離、そしてあくまでも宥めただけとわかる言動。
それからわかった。彼は全くアリスに恋愛感情をもっていないと。
こんな時でも期待していた自分は馬鹿だ。




