36.聖女は部屋割で悩むの
レジーことレジナルドと同じ部屋がいい、アリスがそう言った時のイヴァンの睨みつける目はすさまじかった。まるで顔だけ沼から出したわかめ頭の妖怪のようだ。河童?
それとも赤い目の吸血鬼? イケメンだからそちらの方が当たりなんだけど、この執着心はなんだ。
「なぜ俺が不満だ」
「怖いから」
「俺のどこが不満」
不満を何回も聞くな。胸に手を当てて考えろ。でも守られているしな。
「その目……じゃなくて、騎士にと迫るとこ」
一瞬黙るとレジーが小さく笑う。
「イヴァン。確かにお前は強要しすぎだ。幸いこの場所は聖女の守りが効いている。アリスにゆっくり考えさせたらいいんじゃないか?」
「お前も狙ってるのだろう?」
レジーが苦笑のまま肯定でも否定でもないように首を振る。
「アリス、お前も後からポッとでの奴に揺らぐなよ」
揺らぐよ。あなたは保険です。よりよいイケメンに出会えば、そっちに女子は乗り換える。
レジーはDVじゃなさそうだし。悪い人なのかどうなのか、イヴァンがわからない、いい人とは思えないけど、事情もありそう。
「情報が隠されてる。そろそろ決めろと言うなら、他の人の意見も聞きたい」
「てか、それでレジーとヤっちまったら決まりだろ」
粉ひき小屋で平たいパンを焼いて、それに刻みオリーブを載せたのをかじりながらヒューが言えば、ヴィオラがキッと睨む。全部ヒューが作ったけど、これは聞き捨てならない。
「ヒュー!」
イヴァンは露骨に目を眇めていた。レジーは硬い顔だ。
「ヒュー。それはあまりにもアリスに失礼だ」
「だって、アリスはレジーが好きなの丸わかりだし、俺らの入る隙なんてない」
レジーが好きとか、それはそうだけど。恋愛感情ではないのに、子供の頃、学校のクラスで揶揄われているみたい、腹が立つ。
「何それ!」
「んじゃ、おまえまだ俺にもチャンスくれんのかよ!」
「ヒュー!」
ヴィオラが怒ってくれて助かる。なんかこう、ヒューて人のことなんだと思ってんだろ。ヒューは髪を掻いて横を向く。
「俺はお前を好きだぞ、でもちっとも向いてくんないし。もうあきらめてふて腐れるしかないだろ」
「……」
なんだ、この嬉しくない告白と自己分析。好きだと言われてもときめかない。
「お前が誰ともやらないなら、とりあえず認めてもイイ。でも次に同じ部屋は俺だぞ。順番だ」
「あのさ。サイテーなんだけど」
アリスがイヴァン以上に冷たい目を向けると、ヒューは怯んでいる。何だこのデリカシーのなさ。
「交尾したら、俺は守るぞ!! 一生の伴侶にするぞ! ソウルメイトだ。でも他の男のモノになったら悔しいだろ。他のオスとしたからって、別に番になってもらえたら……ありが、たい……けど」
デレてるけど……言ってる内容は獣だな。でも、なんで私にデレルの? というか、ハーレム状態がさすがゲーム。
聖女の騎士になれば特別ということで、争奪戦かあ。その割にはヒューがデレてきているのがわからない。
すっかり食欲がなくなって、アリスはパンを一枚食べて皿の上に置いた。ヒューはヴィオラとの関係はどうなったんだろう。最初はイチャイチャしているように見えたけど、ここ最近は全く見えない。ヒューもヴィオラも何考えてるの?
いや、こいつらくっつくと思っていたのに、ポッと出のキャラが割り込んできて、その男キャラと結ばれるのもゲーム。大抵そう言うのは、儚い美少女。
でもそのキャラは死亡フラグがたっている。
(え、私?)
美少女ではないけれど、まだ仲間ではない。本当の仲間じゃない仮の者は、役目を果たせば死んで終わり。自爆魔法とか。
――取り替えず考えないことにしよう。
「子供じみた我を通すな、ヒュー。それよりも先に信用を勝ち取れ。それからアリス、君を守るため誰かと同室にしなくてはいけない。俺でいいなら構わないが――本当にいいのかい?」
もちろん何もしないが、とレジーは付け加える。
え。何かあってもいいんですよ。ていうか、何もない方が女として悲しい。アリスは思わず、いそいそと髪を整える。さりげなく髪を耳にかけたりして。
茶色の少しウェーブがかかった肩までの髪は洗ってなくても、綺麗なまま。尿意も便意も催さない、お風呂もいらないゲーム世界だけど、睡眠は必要とする。
たぶん……どのくらいプレイヤーがその行為を意識しているかによるのかな。だったら性行為は?
聖女が一人の特別を選ぶならあってもよさそう。……成人ゲームかどうか? それとも、イヴァンが言った通りの裏ルートになるとそっちも?
だったら誰を選ぶかというと、やっぱ初めての攻略はレジーかなというと、ちょっと恥ずかしくなる。
ビキニアーマーとか水着とかイヴァンの存在とか、どうも怪しいルートに行ってるからやばいかもしれない。
って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「いずれ聖女の騎士を決めなきゃいけないなら、それぞれの性格を知りたいんです」
もっともらしく言っても、皆が黙りどこか本当かなという視線を感じる。
「お前は。本当に騎士を決めるのか?」
「ええ」
でもあなたを選ぶとSMルートになりそうだから選びません!
イヴァンのチクチクどころかずきずきの視線を感じる。彼が却下と言い出す前にアリスは口を開く。
「お願いします。今晩はレジーさんと同じ部屋で」




