34.聖女は鉄アレイの宿命を持ち上げるの?
高らかに堂々と、そしてこんな場面でこんな風に、会話とは違うモノが聞こえてくるのはおかしい。
けれどその怪しい舞台風の掛け声と共に、夜がまるで昼間のように周囲が照らされる。見ていたローレンの姿が人間のものにもどる。
レジーが素早く布を当てて止血をする。ついでに彼の上にマントを被せるのをわすれない、怪我だらけの白い肌だけど、ちゃんと立派なヒューマンな男性で足の間も思わず見えてしまったよ。
「障壁越え、随分派手にやったじゃねぇか」
「ていうか、越えたんじゃなくて壊したんだろこれ」
そして歩んできたのは、女性二人に男性一人だった。一番後ろから歩んでくる女性は、説明されなくてもわかった、先ほど掛け声をあげた女性だ。すなわち『サンライズ』と。
今は、明かりが薄れ始めて闇が戻りつつある。けれどローランは被せてある布から見る限り人間の姿で倒れたまま。顔まで覆っているからかな、ちょっと死体の様で不安になる。
「バーサーカーか。一区のリーダーは呪われてたのかよ」
変身からもどったヒューは、荒い言葉遣いの女性を腰布を巻いて睨みつけている。まだ耳と牙と目の下の入れ墨はそのままだけど、立派な獣用胸筋はそのままです。シックスパックもそのまま。なんでこのパーティ露出が激しい。いいんですけどね。
その女性はリーダーなのだろうか。浅黒い肌に、クセのある黒い巻き毛。この間アリスが勧められたボディアーマーじゃなくて、ビキニアーマー?
これこそ男性が喜びそうな立派な胸にはめていて、太ももの筋肉もしっかり発達していて、それは見事に履きこなしている。足には長いブーツ―も履いていて、全体のコーディネートも完璧。女戦士だ。
正直、ビキニアーマー着なくてよかった。アリスが着ていたら子供のコスプレだ。
「そんなことより、変身を解いて差し上げた私に、何か一言あるべきじゃなくて?」
と、後ろから高飛車に言ってきたのは、パチンと扇子を閉じた花魁のような着物を着た美女? だった。化粧が濃くて、地顔がわからない。
化粧品CMにでそうな、レッドの唇、釣り上げくっきりの猫アイライン、そして舞妓さんのようなぽっくりの靴。
「あの……さきほどの、って魔法?」
彼女は問いかけるアリスに怪訝そうに見て、それからまた怪訝そうに首を傾げる。
「バーサーカーがまさに暴走していたから見かねてですのよ? それにしてもサンライズほどの初歩魔法を知らないなんて……」
じっと見つめた後、彼女は下から上へとアリスをねめつける。
「あなた、何者?」
「……あなたこそ花魁?」
何でもない人です、とは言いたくない。
「違うわよ! 私は聖女!! 第三区聖女、マリア・アルテミス・キーウィック。フランスパリ出身。二十三歳、ソムリエールよ」
っち。聖女かと思ってたし日本人の匂いがしたけど、パリとか言われるとなんかこうあれだな。こっちだってTOKYOだけど聞かれるまで言わない。
ていうか、パリと言いう時、なんか顎が上がって自慢げだし、あやしい。しかもセンス、おかしくない?
たまに、あっちにいる日本人は、やたら海外かぶれだけど、なんか偉そうだな。ソムリエールとか。歳もサバよんでね?
「ほら、マシェリ―。そんなに興奮すんなって。可愛い顔が台無しだろ」
て、ビキニアーマーの粗野な美女が、花魁二十三歳を宥めてる。鼻を指で可愛らしくつついて、あやしてる。
「ていうかさあ。思いきり派手にやっただろう? ここから早く離れた方がよくねえの?」
と、荒い生地のパンツベスト、腰には金属をつけたあちらのもう一人のメンバーが的確なことを言った。
「そうよ、私達は魔王城へ急いでいるの。今回のことは貸しにしておいてあげるわ。あとで十倍にして返してよね」
さっさと翻されるメンバーに正直みんなが圧倒されていた。濃ゆい、濃すぎる。あのメンバーに入れと言われたらアリスは断る。
ささっと背を向ける三人を何も言わずに見送っていたら、不意に花魁ではなくソムリエールが振り返る。
「あらでも私達が先に魔王を倒しちゃうから、返してもらうには遅すぎるわ。今ここで百万ペイで返して」
花魁がいきなり手を出してきて、アリスはぎょっとした。あまりにも突拍子もない。この人とメンバーやるって大変だな。と、いきなりヒューが花魁の手を取り、指にかじりついた。
「いた、いたい」
慌てて亀でも払うように手をふると、ようやくヒューは手を離す。その口から犬歯がのぞいている。
「おいてめえ、うちの子になにすんだよ!」
「何か噛みつきたくなったんだよ!」
あちらさんのリーダに怒鳴り返すヒュー。いつもは止めるヴィオラも、グレースも布が掛けられたローランの傍で座り込んで、幽鬼のよう睨みあげているだけだった。
「おい、レジナルド! 獣の教育ぐらいしとけ!」
不意にビキニアーマーがレジナルドに叫び返す。レジナルドは彼らを知っているのだろうか。一区でも有名だろうし、ロイヤルだもんな。三区レジーは有名かも。
彼は事の成り行きをじっと見ていて、それから視線をリーダーの女性に向ける。
「助けてくれたことは感謝している。が、礼を言うタイミングを持たせてくれなかったのはそちらだ」
そうだよね、うん。
「メンバーに対しての失礼な言動で、ヒューの行動も打ち消しにしてもらおう。なお、そちらが自己紹介もないからこちらもしない。あとは、好きな所に行ったらどうだ?」
緑の目を冷ややかにして褐色の美女を見据える。言い返すこともできただろうけど、彼女はレジーの迫力に圧されている。
「うちは、仲間の治療を早く始めたい。去ってくれ」
レジーは、あとは背を向けて、マントでローランドをくるんで背負うようにイヴァンに伝えている。イヴァンは若干嫌な顔をしたけれど、大人しく準備をし始めた。
「……まってくれ」
その背にリーダーらしきビキニアーマーの褐色美女は呼び止める。ちらりと振り返るレジーの眼差しはまだ冷ややかだ。
「せめて自己紹介をさせてくれ。アタシはグレタ。戦士だ。こちらは仲間のティモシ―」
茶色でまとめた簡素な青年が頭を下げる。
「そしてうちらの聖女、マリアだ」
「そうか」
紹介をしようとしないレジーにグレタは苦笑する。
「レジー、サラは優秀な聖女だった。残念だったよ」
何も言わないレジーは、いつものような闊達さや上品で気遣う眼差しはない。どうしてだろう。
「ところで、うちのメンバーにならないか」
ようやく本題となったところで、レジーは首を振る。
「もうわかっていると思うけれど、俺は一区に入ったんだ」
グレタもティモシーもマリアも全員がアリスを見てくる。ついでに、ヒューもイヴァンもヴィオラ達も見てくるからなんでだ。
「ソッチが聖女か?」
「名前は?」
皆が黙るから仕方なく答える。何だ、この沈黙。
「アリスです。先ほどはありがとうございました」
何も言うな、というイヴァンの眼圧はひしひし感じている。
「そうか――可愛いな」
え。
「アリス、よかったらいつでもこっちに来てくれ。大歓迎だよ」
「ちょっと、グレタ!!!!」
マリアが文句を言い、詰め寄ってもグレタはアリスにウィンクをしている。
「一番君を愛しているよ、あたしの仔猫ちゃん」
今度はそう言って、マリアの頬にキスをして宥めて、じゃあなと去っていく。
――なんだったんだろ。皆が疲れ果てて荷物を纏めてやれやれと動き出す。マントでミイラみたいにぎゅうぎゅう巻きにされたローランを背に担ぎながら、イヴァンがレジーに尋ねる。
「行く当てはあるのか?」
「障壁近くに、拠点の一つがある。今は誰もいないが――」
そう聞きながら、重い足取りを踏み出す。
(三区のリーダーはレズ?)
そう言えばと思い出す。あの頃ぐらいから、多様性が言われ始めて丁度企業もやたらとレズやゲイを意識し始めていた。たしか、ゲームのキャラを模したロゴも女主人公だったような……。
それにしても強烈な聖女だったな。ゲームは日本のものだから、日本人だとばかり思っていたけど違うのかな。どの国でもやるし、マリアはアジア系かもしれないしね。
そう言えば、ヒュー噛みついていたな。あんなことするから怖がられるんだよ、って思ったりもしたけど、自分は噛みつかれなかった。
ひよこちゃんのように扱われていたのか?
ヒューに噛みついちゃだめだよ、という? それともケモノと言われたことを慰める?
「ヒュー、あのさ」
気だるそうにあくびをしている彼に言いかけて思い出す。
「聖女ってパーティから抜けられないんだよね」
最初にそう聞いた。けれど、グレタにパーティーに誘われた。アレは冗談?
みんなが黙る。また!! また都合の悪いコトは秘密ですか!
「――三区と四区とは可能なんだよ。聖女交換システムがあるから」
教えてくれたレジ―をアリスは見つめる。アリスはワンファンのⅢ、Ⅳをやっていない。でも聖女を交換できる。それってどういう意味だろう。もしかして、オンラインで聖女を交換できたのだろうか?
「……アリス」
その時、簀巻きにされたローランドが呻いて、みんなで囲む。イヴァンだけが振り返れず不満そうだったけど。
「俺は……」
ようやく、空が明るみ始めていた。月は見えているけれどブルーの空に浮かんでいるだけ。グレースに聞いたところによると、ローランドは満月の夜に目隠しをするか、目を閉じていれば変身しないらしい。
「すまないみんな」
「いや、お前のおかげで助かったって」
ヒューが言う。クレイモアでぶっさしたレジーは何も言わない。あとで二人きりの時にいうのかもしれない。いい、メンバーなのかもしれない。少なくともあの三区よりは。
「アリス、君には酷い姿をみせた」
「……そんなことは、ないよ。すごいよ」
自分がもっとも厭うひどい姿をみせてまで、道を切り開こうとする、それはなかなかできない。そういうと、彼は首を振る。
「違う、違うんだ」
「ローラン、またにしましょう」
イヴァンに背負われたままローランはかぶりを振る。
「今ここで言わせてほしい」
「――おい、ローラン」
イヴァンの静止を彼はきかない。
「俺が聖女を擁立したいわけを。聖女メンバーになり、魔王を倒した時、聖女は一つだけ願いをかなえてくれる」
「……」
山道を歩きながら、その隠れ家に向かっていた足を思わず止める。周りのみんなの顔を見られなかった。
「俺は、昔魔王軍に囚われて、実験で狂戦士にされた。そんな呪われた存在で、そしてたくさんの者を殺した」
「……」
彼が何を言いたいのかわかる気もした。それを治してくれ? でも彼は自分を厭っている。まるで存在を消してほしいとでもいうように。
「俺のしたことは消えない。けれど、もし、この戦いが終わり役目を果たしたら。どうか聖女の力で――」
治してほしい、そう言ってほしかったのに。
「――俺を殺してほしい」




