31.聖女は主人公を疑うの
やだ怖い。バッドエンディングルートどころか、お色気裏ルートに進んでいるような気がする。これ、アダルトゲームじゃないよね。エセワンファンのゲームに入っちゃったの?
昼間のイヴァンの言葉が不吉過ぎる。
清楚聖女の正規ルート、武闘派ルート、まさか私は……ドMの調教ルート……。
「いやいやいや。全然、そんなことありませんとも!」
そう呟き着替えたアリスはそれぞれが装備を整えた夕方、作戦会議に参加していた。この後夕食だ。
「ね、ヒュー。アリス可愛いよね」
新しい装備に変えたアリスを見て、さっそくヴィオラが椅子を鳴らして立ち上がり、満面の笑みで指す。なのにヒューの言葉。
「――ぺたんこ」
「なぐってやる」
「何で、そんなの選ぶんだよ!」
ヒューが顔を逸らしながら、アリスに叫ぶ。確かに伸縮性のある生地で押さえつけられるから、ペタンこになりますけどね。ボリュームアップ効果はあのえっちいアーマーの方がありましたけどね。
「アリス、詰め物抜いちゃったの?」
ブラや水着に入っている詰め物のスポンジのこと。このレオタードにも入っていた。グレースさん。王女様なのに意外にはっきり聞いてくる。
「……なんか邪魔で」
子ども用だから、ちょっと窮屈なのだ。詰め物を入れると、ファスナーが最後まであがらなくなる。
「だめよ、衝撃緩和効果があるんだから入れなさい。魔物の爪や牙だって多少は防げるのよ」
真顔で言われてこんなところで種明かしができず、頷いてしまった。
それにしても、グレースと言いヴィオラといい、魔物と闘うからか手足に筋肉がついている。自分も助産師だったから立ちっぱなし、お産のお母さんの身体を支えるから二の腕の筋肉も発達しているけど、やっぱり負ける。
闘いに出るようになればつくのかなあ。今後つけるとして、でも今露出が恥ずかしいのは、ふとももや二の腕のたるみ。隠すようにケープを巻き付けると、勘違いしたのか、ヒューが「別にみてねーよ!」と顔を逸らす。
子供か!? でも見てたよね……。胸と顔。目が合ったからあわてて逸らすんだもの。
「別に見てもいいよ」
アリスはぽそっと呟いた。
「は……」
「目の前にあるんだもの。どこ見てもいいよ。ただ、評価は口にしないでね、傷つくから」
「……べ、べつ、に」
レジーがヒューの肩に手を置く。薔薇が背後にありそうな笑顔でアリスの目を見つめる。
「とても似合っているよ、アリス。君の国では着慣れないから少し恥ずかしいかもしれないけど、堂々としていて欲しい、とても魅力的でヒューは照れているだけだ」
レジナルドさんの評価は嬉しいけど、魅力的なのはあなたです。その前にいる自分が恥ずかしいです。幼稚園児のような水着姿をさらしてごめんなさい。
見下ろせばムチムチした太腿で凹む。痩せよう。いや、この世界で闘えばきっと痩せるはず。
「お、おれは……」
「ヒューの口は反対なの。いい時にはけなすし、悪い時にもけなすの。でもだんだん違いが分かるようになるから、こっちが大人になるしかないの」
ヴィオラのきっついツンの言葉にヒューがしゅんとなる。最初はヒューとヴィオラだっったハズなのにこのところ仲が悪い。もしかしてストーリーがかわってきちゃってる?
「そんな……の」
ヒューってやんちゃだけど、優しい人だったんだよなあ。今のままだとただの子供だ。
何かを言いかけるけど言葉が出てこないヒューに兄のような眼差しを向けたレジーは、みんなに振り向いた。
「さて、作戦会議を始めよう」
その視線を変える瞬間、奥の席で俯くローランが顔をあげる瞬間、仄暗かったものが夕日を受け怪しく輝いたように見えアリスはなんとなく慌てて目を逸らした。
***
男性陣が情報収集してきた結果をレジーが話す。ローランはこのところ静かだ、もともと発言力はないが、キラキラして穏やかで優し気な笑みを浮かべているので、癒しでもある。もうそんな役でもいいのかなーと思ってしまうのは、まだ戦闘をみていないから。
(一応主人公なんだよね……?)
それともまさか、自分が主人公? いや、そんなわけがない。
「一区と二区の障壁には、魔物総勢二百が配備されたと聞いた。恐らく、聖女が蘇ったとの情報からだろう」
一区からの魔王城へ至る道はヒューの鬼獣国があったが、国もろとも蹂躙されて使えない。ならば二区を通り魔王城へ向かうと踏まえての配置だろうとこと。
まさか聖女が魔法を得るために教会へ向かうという目的のためと思われていないのは幸いだが、そこに至る魔物がパねえというのが辛い。
「しかも、そのために配備されているのは――元人間の可能性が高い」
「……あっ!」
何かもやもやとしていたアリスは、地図を眺める皆がその声で顔をあげるのを見て慌てて首を振った。
「なんでもない、話を続けて」
ヒューの妙に突っかかる態度、ローランの暗い顔、その意味が分かった気がする。ヒューは国を失い、民も魔物にされている。
道がトンネル状で繋がり自分の国を思い出さないわけがない。ローランだって人間と闘わなきゃいけない。お気楽に重荷を背負っていないのはアリスだけだ。
一区と二区の人間、そう知らされれば聖女やその仲間たちが倒すのを躊躇う。だが、倒すしかないのだ。沈痛な表情が満ちる。それは障壁越えのため二百に及び魔物を倒すことより、様々な葛藤を含んでいる思いが場に満ちていた。
(こういう時、聖女なら何かを言うのかな?)
とはいえ、何も思いつかない。彼らの苦労も知らない、部外者だから。部外者だからこその救いとなる存在でさえもいられない。
――あの教会は腐敗していた。イヴァンに助けられなければ、襲われていた。けれど、聖女としての存在にはなれたのかもしれない――。
(でも。もしも、はないしね)
アリスがもし、今後聖女としての知識を身に付ければまた変わってくるのかもしれない。今はないものをねだってもしかたがない。
――気が重い沈黙の後、ローランが口を開いた。
「――二日後には、満月だな。その晩に障壁越えをしよう」
「ローラン!?」
一番に声を荒げたのはグレースだった。机に両手をバンと置き、白い顔をさらに蒼白な顔をしている。そして否定の言葉。
「あなた、ダメよ」
「いいや、方法を選んではいられない。むしろ好機だ。ただし勿論、皆は俺に見つからないように非難していてくれ」
グレースの態度はまるで彼が生贄になるかのようだった。
皆は知っているのか表情はかたい。対してローランはことさら明るく、そして決意を込めて口調だった。
口端が上がって無理に笑みを作っている。改めて思う、彼は美形だったのだと。その白皙な美貌が何かを決意し、はかなげ。ただし男性特有の力強さも宿している。
「アリス、聖女の君には見せたくない醜い姿だ。そして俺の醜く恥ずべき内面もわかってしまう。それを見た上で、離れていくのならば――いや、俺はメンバーから外れようと思う」
そんな決意を見せられて、ただ事じゃないのはわかった。ただ、何をするのかは教えてくれなかった。
皆も黙り、その晩の夕食は、誰もが自分の故郷を思い出したのか、妙な沈黙の中で食べることになった。




