30.聖女はヤバい性癖を教えられるの
「お客様はのコーディネイトは合っておりません」
なんで!? 何でもない人用で揃えているのに。
「まずそれは街の娘用。街をでないという方と臍を出していいのは、そういう商売の方か成人している方であり、二十三歳以上でございます。お客様はそれより若いと存じ上げます」
「私は! 成人しています!」
「では証明書を」
なんでこんなに子ども扱いされるんだ! 嬉しいけど嬉しくないっ。しかも、そういう商売じゃないと臍をだしちゃいけないなんて。
「私は二十歳……二十三です!」
ちょぅとサバ読んだのに、店主どころかグレース達にもまあって顔される。その顔が余計に嘘ついたぽくなってしまった。若く見られて嬉しいはずなのに。
「到底信じられませんね。もしくは、主人かそれに値する者の証明がありませんと」
「主人?」
……旦那? この世界、妻は夫に従うの? 昔のゲームとはいえ随分時代錯誤な。ヴィオラがちょいっといとイヴァンを指している。
「イヴァンをいっそご主人様にしちゃう?」
いやだ。
「聖女の騎士ならば主人のようなもの、だけど……」
グレースの小さなため息は、幸い店主には聞こえなかった。けれどイヴァンには聞こえているらしくて、ほら見ろ、という顔で下からねめつけている。――しないからね!
そもそも、聖女の主人が騎士とか力関係が逆だ。絶対にここを乗り越えてやるぜ。
「そして、ローブは旅人用、コーディネートがあっていません」
なんでダメだし。
ローブは日光を遮り、虫よけでもある。今後は必須で唯一アリスが羽織れたもの。これは絶対になくせない。
「……じゃあ、“何でもない人”が、旅に出る人はどれが着れるんですかね! ビキニ以外で」
アリスは切れ気味に聞いた。だったらおススメしてよ。先ほどの店主はちらりとビキニアーマーを見た。まさか本気で勧めたいのじゃないでしょうね。
アリスが睨むと慌てて、反対のコーナーを指さした。
「後は属性をつければ。例えばM属性。そうすれば主人を守られるステータスつき首輪や尻尾がつけられます」
固まったアリスにずらずら説明を続ける主人。……しかも、主人を守る側か。
「S属性を付ければハイヒールに編み込みストッキング、バニー耳。レオタード。これなら主人に守らせることができます」
「……」
考え込むイヴァンの頭をかち割りたい。検討してんじゃないでしょうね。
「お前はM属性だな」
「アンタを守ってどうすんの!」
「そこは要検討だ。少なくとも着られる装備が増えた」
ちがう、SやMになりたいわけじゃない。ぎいいと店主を睨むと彼は慌てて別方向を指さす。
「あちらのレオタードならば一般の方向け。子ども用Sサイズならばお嬢様に向いているかと」
子ども用!? 慌てて行ってみれば、子ども用コーナーはジョブがついていない。
そうか、子どもはまだ職業持っていないのか。確かに日本人は海外ではお子様にしか見えない。サイズもしかり。けど、この世界でも、子ども用のSがぴったりとか凹むしかない。
ちなみに子ども用ワンピースを試してみたが、ひらひらの一枚Aラインのそれでも、デコルテや脇から胸元が覗けてしまう。ああ、海外の衣服は、子ども用でもサイズがでかい。
レオタードしかないのか……。
まじまじとお勧めされた一点ものをみる。
最初にイヴァンが言っていたジャージは、常夏の国へ向かうのは向いてない。脱水で死んじゃうので却下だった。レオタードは白で、へそ下から胸元までファスナーを上へとあげる水着っぽいな。
ファスナーについた金の輪を引っ張られたらポロリして危険じゃない?
靴下、運動靴、レオタード、ケープ。マニアには受けるかも知れないけど、そんなマニアいるのか?
「ジャージは、売ってないのか?」
まだこだわるんだ、イヴァン。もうジャージフェチだよね。昔の聖女様がジャージだったのかな?
「ここから先は暑いですからね。この地では売っておりません」
よかったような、気もするけど。自分は家の中はジャージ派じゃないし。常夏では無理でも旅には無難な気がする。
「聖女様は、ジャージがお好みの方もいるので、中央のお店では揃えているところもあるでしょうが」
聖女の名が出た!
「え!」
「前代の聖女様がお好みだったので、聖女様コーディネートとしてジャージや運動靴も一時期は流行りました、何しろ聖女様は流行の最先端をいきますからな。ジャージや運動靴が量産されたのもそのせいですよ」
いつか、私のように、レオタードに運動靴も銅像になるのかもしれない。それともネグリジェと裸足かな?
「お客様のように運動靴ならば、ジャージもコーディネイトがぴったりです」
褒められている気がしない。ジャージと運動靴で魔王に闘う聖女。周りはドレスの王女さま、ヴィオラはおへそがみえるビスチェと魔法使いらしい黒いローブなのに。
「もういいです。……レオタード着ます」
そのうち、聖女証明書を取り戻して、聖女らしい清楚なドレスをきてやるんだ。
それで銅像を作らせる。流行りを作ってやる。
――レオタードでも肩を覆うケープを羽織ってしまえば、なんとなくRPGの世界のキャラのように見えるから不思議だ。とはいえ体型は、かわらない。
宿屋に戻り、女性達の三人部屋で一人、服装を姿見の前でチエックしていたアリスは何となく凹んでいた。
足は太く見えるし、胸は生地に押さえつけられてペタンこに見える。これならば、胸を寄せて上げるビキニアーマーのほうがよかったのかも。V字で微かに谷間とデコルテが綺麗に見えるので、それだけが救いだ。
ノックの音に慌ててローブをかき寄せて顔を覗かせればイヴァンだった。
「――これを」
イヴァンが差し出したのはブローチだった。マント留めというものらしい。アリスの肩でドレープを作りながらローブの端と端を止めたイヴァン。
ブローチは不思議な花の形をしていた、花びらが上を向きで蓮の華に似ている。
「――先ほど、これを物色していて、助けるのが遅くなった」
「……ありが、とう」
店で奴隷用グッズを見てしまっていた時のこと。時々優しいんだよな。時々すごく怖いけど、ストーカーかDVまがいみたいで。
「お前がどこにいてもわかる。お前の命の危機には必ず助けてやる。お前がどこに逃げようと地の果てまでおいかける」
「……外してもいい?」
「俺じゃなきゃ外せない」
「……お風呂や就寝時はどうするの?」
「俺が外して、寝具に付け直してやる」
――この人、根っからのストーカーだ。もうご主人さまごっこは始まっている。
「じゃなきゃ、お前の危機に気づかないだろう?」
「……あなたが一番危険」
「諦めろ、受け入れれば楽になる」
どっかで聞いた言葉。ストーカーの? 悪人の言葉だ。
「……あのビキニアーマー着せたかったとは思ってないよね?」
「お前にはまだ早い」
「……いつかは?」
「そうじゃない」
イヴァンは少し言葉を考えるように選んでいた。
「聖女の成長具合によって、装備は変えるものだ。清楚に育てば、可憐で祝福を受けたドレスを。戦闘を好めば、武装を好むようになり、たまには、ああいうのを好む聖女に育つのもいる」
「ちょっとまって!!」
アリスは何度目かわからないちょっと待ってを口にした。なんか育成ゲームみたいだぞ。プレイヤーの意向次第でヒロインの性格が変わってしまう、みたいな。
「誰かが私を育てるの? ううん、私がそうなっていくの?」
「そうとも言えるし、自分でも選ぶ道によってそうなっていくだろう」
「性癖? 性格? よくわからないよ!? 生き死にというかエンディングだけじゃないの!」
「……」
イヴァンは何も言ってくれない。なんでここの人達聖女に関して隠すの!?
「誰がって、まさかあなたが“教育”とかっていうのも、そういうのも含んでいるの?」
「そうとも言える。ただ、殺させはしない。もう絶対に」
相変わらずイヴァンはだんまりだ。もう絶対に、まるで死なせたみたい。レジーと同じでそういう過去があるのだろうか。
「私をそういう性癖にさせないでよね」
イヴァンはフッと笑った。音に聞こえるほど、確かに喉を笑わせていた。微かに頭を俯けて笑っている、黒髪が揺れて揚げた顔は赤い目が愉快そうに緩んでいた。
「お前は既にそういう性癖だ」




