29.聖女はヤバい装備をみつけたの
「なに、これ」
ビキニアーマーというのを目にしてアリスは呟いた。知らない名称だけど、水着のようにビキニ型の甲冑で、女性用なのに男性がよく買う人気商品らしい。仲間に着せるのだろうか?
「お客様、それはつい先日入った新商品です」
揉み手をしながら男性店員が側に寄ってくる。なんで嬉しそうなの、こういう時は女性店員だよね、と思ったけど先ほどの店も男性の店主だったから、こちらは男性の店員も多いのかも。
「この商品はフリーサイズですので、お客様のような方――どのような方でも着用ができます。サイズアップのアビリティがついていますので」
つまり、小さくても寄せて上げての機能がついているってことだね!! お客様のような方――あえて言えば、普通サイズの私でも着られるという事だね!
「硬そうですね――」
なんか硬そうな素材、一応アーマーと書いてあるし、直接着たら痛いんじゃないと思えば、愛想のいい店員は相変わらず、とんでもございませんと首を振る。
「甲冑と同じく軽量で、柔らかポリマーが使われておりますので、直接お召しになられても問題はございません。なにしろ肌の下に何かをつけては興ざめでございますし、お客様のように白い肌を傷つけてはとんでもない」
「ふーん?」
ベースは深紅、白銀の光沢、綺麗で色のセンスは悪くないけど、甲冑は継ぎ目が弱点と聞く。なんか微妙なこと言っていたけれどとりあえず流す。
というより、戦闘用の防御服だよね。こんなに肌の露出が多くてどうするんだろ。他の肌に露出があったら意味がない。
どうせ女戦士用だろうし、自分は着用できないと興味本位で尋ねてみる。
「確かに軽量かもしれないけど、なんでこんなに肌が露出してるんですか?」
「大事なところを隠して、あとはまあなんとか、というためのものですよ」
さすがになんか違う。大事なところ=“いやん”、なところ?
普通、命にかかわる大事なところは、心臓を含め内臓、頸部、頭じゃないの?
自分の知るゲームだと胸当てとか……。
「これとセットで、首輪もありますよ、お嬢様」
さすがにぎょっとした。えっ、と絶句していると店主は悪びれない抜群の笑みで続ける。
「もちろん痛いのがお好きな方には、肌に食い込む型も用意がございます、少しサイズが小さくすればより食い込みが目立ちますが……」
「いえ、いえ! 私はその……そういう職業ではなくて……」
「もちろんまだ奴隷でなくても、どの方も着られます。鎖帷子やシースルーのローブ、マントを羽織るという手もあります」
やばい。やばい。一歩下がると、イヴァンの苦虫を嚙みつぶしたような顔に見下ろされた。
「お前は、ちょっと目を離すと、何をしているんだ」
「ああ、これは“ご主人様”ですか。今、こちらのお嬢様にお似合いそうなものを勧めておりまして。まだうら若く未発達なお身体とお顔のようですが、そういう方こそこのように束縛型の少々きつめのアーマーで服従させてみるのはいかがでしょうか?」
うら若いは、いいけど! 未発達って何!? というかご主人って。服従って……。ちょっと気が遠くなりましたと倒れ込みたい、じゃなくて、思いきり反撃しようとしたアリスの口をイヴァンは手の平で塞ぐ。
「間違えてこちらに来てしまったようだ。まだ調教していないから、あまり刺激的なものは勘弁してやってくれ」
「――それは、それは残念です。御入用の際はぜひごひいきに」
相変わらず慇懃無礼に頭を下げる店員から、引きずるようにイヴァンはアリスをそのコーナーから急がせ、そして口をようやくはずした。
あやうく大きくて硬い手の平に噛みついてやるところだった。アメリカの牛筋肉のようで、噛みきれなそうだけど。
「お前、噛みついたら、本気で教育したぞ」
ばれてたか。いつもいつも教育って、マジで私奴隷あつかい? それを言おうとした時、彼がおもむろに指して告げる。
「あちらは、そういうコーナーだ」
そして追加のように彼は説明した。
「国では表立っての奴隷制を廃止している。それでも、私的な関係では許されていて、道具がないわけではない」
アリスは顔を赤くして、それから恨めし気にイヴァンを見た。文句は言いたいが、勘違いをさせたのはアリスだ。
「助けて……くれて、ありがとう?」
「何で語尾があがってるんだ?」
いえ、その。いつもなんかどSな発言されてますから。王子様よろしく助けてもらった気がしないから。
「それより、お前に着られそうなものをグレース達が探している」
彼が顎をしゃくる先には、水着コーナーらしきものがあった。
(ビキニアーマーとビキニはどう違うのだろう?)
「アリス! こちらは“何でもない人”用のフリーサイズだって」
ヴィオラ、その呼びかけが胸に痛いよ。水着ってのは、プールや海で着るからかわいんだよ。平地で着たら変態だよ。でもヴィオラはビスチェだしなあ。ゲームの世界は女子がそういうのを着ていても違和感がない。
「これって、何か付加価値あるんですか?」
付加価値? と不思議そうに首を傾げられて慌てて言い直す。財産じゃないんだから。
「えーと。能力強化とか」
「――ないですね、ただのビキニです」
店員に言われて凹む。
「二区は常夏だから、涼しい格好のほうがいいわよ」
緑のネグリジェは暑いと言われる。でも水着も生地は張り付くから暑いんだよ、あくまでも水の中に入るのを想定しているから。
「せめてフリーサイズのワンピースを」
グレースのように、ひらりと風を含むようなドレスじゃなくてもいいから。彼女は既に買い替えたのか素敵だ、上にアップした髪も、そこに挿した金の髪飾りも綺麗。
「魔物も、蛇や虫系が多いから皮膚を守る効果がついてるほうがいいわね」
ビキニって何もついてないじゃん!
「ローブは一般人用を探しましょう。日光を遮るものがあるはず。アリス、どうしても二区へ向かうと露出が激しい服になるのよ」
「……私は、ひらひらワンピースは着られないのかな? その下にジーンズとか」
グレースが残念そうに首を振る。
「ジーンズは暑すぎるわ。意外に厳しいのよね、職業がないって」
なんでビキニが“何でもない人”なんだろう。いっそ、ビキニアーマーにする? 乾いた笑いが漏れそう。
「アニス、あとはビスチェとか?」
ヴィオラがコーナーをひっくり返して叫ぶ。
「これ、“なんでもない人用“だって」
耳が痛いよ。ヴィオラ。でもようやく光が差す。黒い三重の肩紐に、くしゅくしゅのゴム状の生地、下をリボンで結んで締めるタイプ。本当は下にシャツを着るものだけど、そのシャツがないから、おへそがみえる。この世界、どんな人が着ていいか基準があいまいだ。
「あとは、短パンかな。Sサイズならあるよ! あと靴下」
一つ見つかれば、後は簡単だ。ようやく元の世界のような恰好ができてホッとする。それに薄手のローブを腕にかければ完璧。
イヴァンは何も言わなかった。文句を言わないというのはいいこと。問題は――会計だった。




