28.聖女は証明書をどうするの?
「――考えたが、アリスが証明書を失くしたのは好機かもしれない」
昼食の席でレジーが言う。今回はピーピーの卵のオムライスだ。かけた卵がふわとろ、ケチャップライスに入っているのはくちゃくちゃの燻製肉、嫌な名前。どんな動物なんだろう。
なんでもこちらでは家畜を飼わないらしい。人間が家畜を飼うようになったのは、安定供給を維持するため。ところがここいらは当たり前のように魔物が出る、それを売りに来る冒険者がいる。
家畜は飼っても、魔物に食べられるし、金もかかる。ならば業者が食べられる魔物肉を買い上げて売るというのが成り立っているらしい。
――すなわち、肉は全て魔物。皆が腹を壊さず食べているのだから、我慢しよう。まだ見ていないし。見たら、食べられないかもしれない。
レジーの言葉に顔を向ける。
「魔物は気配で寄ってくるが、人間たちは些細な噂でアリスをかぎつける。ならば隠しておいた方がいい」
「でもよ、証明書がなければどうすんだよ」
「決戦までにとりもどせばいい」
レジーはアリスに微笑む。どっちみち、魔法は使えない。ならば聖女と公言する必要はない、と。
「戦えないのは俺達が守るから――」
「そういえば! 俺は考えたのだが」
珍しくローランが唐突に声を出す、ごめん存在を忘れてて。
「……聖女証明書の発行はどうすればいい? なければこのパーティは教会での祝福を受けられない」
レジーが顎に手を載せたまま答える。
「――なしのまま進もう。アリスは聖女の魔法を使えない。あっても意味はない」
「けれど!」
ローランが反論して声を荒げる。
「むしろ“ない”ことを逆手に取る。俺が気にしているのは、それを手に入れた者が聖女を名乗ることだ」
「……」
「教会に落とし物として届ける可能性もある。けれどここまで皆が聖女探しに明け暮れるならば、むしろ手に入れて悪用……聖女を騙る可能性がある」
――たしかに、落としてきた場所は教会の支所。信心深い聖女の清らかな人の方が多そうだけど、だまって拝借して自分は聖女だと触れ回るかもしれない。
場が静かになり皆が考え出す。
アリスの疑問は、最初に戻る。それをしてそのパーティはどうするのだろう。
聖女だと、上へ下へとおもてなしがされるらしい。でもそれがなんだ。確かにごちそうや、寝心地の良い寝具は魅力的だけれど。
聖女を中心に魔王討伐パーティを作る? そんなに魔王を倒すという役目を果たしたいのだろうか。アリスの疑問を横にレジーが続ける。
「――もちろん、いるだろうね」
レジーが静かに頷く。
「でも、それさえもうまく使える。何しろ聖女がいると公言しても、魔王を倒す力は与えられないからね」
「――標的になってもらえるってこと?」
顔を青ざめさせて、察しのいいグレースが問いかける、彼女は優しい。
「身代わりになる意図がわからない。最終的にははじかれる。なのに、なるってことは……」
「うまい汁だけ吸っておこうということか」
アリスにとっては複雑だった。聖女という称号を持つ女性を欲しがる世界。自分のことを見て、とまでは望まない。でも誰も自分を心配して大切にはしていない。
「アリス、この後は服を買いに行きましょう?」
沈んだ顔のアリスに、恐らくすべてを察してグレースは優し気に声をかける。それにアリスは気落ちしながら頷いた。
***
衣服は先ほど靴を買ったのとは別のお店に行った。さすがに二回目の来訪は怪しまれるし、あちらに行ってこちらにいかないのは、恨まれると。既に金払いの良い客というのは、噂になっているだろうというのはレジー談。それも見越してのチップだったという。
聖女を探しているのは秘密と店主に伝えてあったが、それも漏れているだろうと。秘密と言われれば人は漏らすからね、と。
「聖女を名乗る女性、もしくは存在達がこちらに接触してくれれば相手の出方がわかるからね」と彼はウィンクして答えていた。
さすがは知将。アリスがほげーと聞いていたら、イヴァンの機嫌が悪い。スニーカーで歩けるようになり背負わなくて済むようになったから、お荷物じゃなくなったのに、むっつりしている。
「あのね。イヴァンは背負いたかったんだよ」
ヴィオラが耳打ちしてくる。ちがうよ。それ!!
「猿だって自分の子が他の母猿に攫われたらいやだよね、それだよ!」
ヴィオラ、それ違うよ。
「『ごめんね、また背負って』って言ってみなよ」
ブリザードのような視線が返ってくるよ。赤い目で。何かを含んだような悪戯気な視線で楽し気な笑みのヴィオラは勘違いしている。何が勘違いかというとアリスにも説明できないけど、彼は別にアリスに好意をもっていない。それだけはわかる。
じゃあ何の感情なのかわからないけど不機嫌なイヴァンを見かねてレジーがイヴァンを護衛に、女性だけで服を(防護用)買ってくるようにとクリスタルクレジットカードと共に送り出してくれて、アリス達は女性用の服飾店にいた。
ヴィオラが先ほどから、ずぅっとそのクリスタルクレジットカードを撫でたり裏返したりと眺めている。カードは透明で本物のクリスタルらしい、名刺の薄型に加工も大変だし、そこに名前を彫り、本物の金を流している。
無駄に豪華だな。
好きなだけ買っていいと言う限度額プライスレス。
レジーと付き合いたい。でも買った装飾品は、その職業じゃないと身につけられないならイマイチつまらないよね。
ドレスも、ビスチェも、レオタードも水着も、首飾りも腕輪、髪飾りまである。全てアビリティをあげてくれるらしい。アリスはまた“何でもない人用”なのだろうか、と思ったけど、とりあえず見てみるだけはしてみよう、とぷらぷら店内を物色する。




