27.聖女は靴を装備したの
売り場の客用スリッパで出てきたアリスを皆が迎える。
「これなんてどうかな? 可愛いよ」
街中の花売り娘用を提示するヴィオラに、イヴァンは渋い顔をした。
「なに?」
ヴィオラにイヴァンは言いにくそうに目をそらして、ぼそっと口を開いた。
「花売り娘ってのは娼婦用なんだよ」
「そうなの!?」
男性達は何も言わない、気まずそうな雰囲気が漂う。そうか、どの街だって娼婦はいるものね。
「ジョブチェンジすれば履けるかもしれないけどな」
アリスは首を大きくぶるぶるとふった。いや娼婦はまだかなり……早い。金を稼げなくなければそうするしかないかも。
「聖女靴は入らなかったのか?」
話を聞いたイヴァンは呆れたように口を開く。
「ああ。おそらく、だが。――聖女証明書を失くして、コイツは何にも属さなくなったのかもしれない」
「何もないのか!?」
驚くヒューをよそに、イヴァンは靴を眺める。
「アリス。この“何でもない人”用のスニーカーを履いてみろ」
(何でもない人用……)
オレンジ紐に黒地、厚底ゴム、趣味じゃない色だけど仕方ない。弾力が効きすぎるが、履けないわけではない。
「歩きにくくはないかい?」
「わからないけど……靴下履けば平気かな?」
レジーに首を傾げる。スニーカーを履く習慣がない。お洒落な靴か履きなれたローヒール靴。その上、この緑のネグリジェに合わない。
「価格は一万九千八百マンペイか。それにしよう」
イヴァンの断言に皆が仕方がないかと頷いた。
「ちょっと待って!」
アリスは懐からお金を取り出したローランドに待ったをかける。ずっと心苦しく思っていたこと。それは生活全般――金銭面の面倒をみてもらっていたこと。
もちろん背負ってもらっていたことも気にはしていたけど、それはイヴァン達が自分を連れて行きたいと言ったからで、やましく思う必要はない。
「なんだい、アリス?」
実に善人、という顔で店主にお金を渡そうとしていたローランドが振りかえる。手のひらにお金が乗ろうとした段階の店主が怪訝そうに見ている。
値切られる、そう思ったのか眉をひそめている。
「――そうじゃなくて、そのお金。――出世払いで――いいでしょうか?」
一宿一飯の恩、という言葉があるが既に一宿ではない。それに加えて魔物から守ってもらっている。服も買ってもらって、その上で別のパーティへ移りますーなんて後に言えなくなりそう。
フェアでいたい、けどお金を返せない。ペイを持っていないのだ。
「出世払い?」
そんなのいいよ、そう言ってもらえる期待もあったかもしれないけど、それ以前に「何その言葉」という顔でみんながアリスを見ている。……確かに出世払い、なんてないのかも。
会社で偉くなり給料が上がったらお返ししますよ、なんてアリス達の世界の共通認識だけかも。
「それは、レベルアップして貢献するよ、という意味でいいのかな?」
「そう、そうです、けど」
レジナルドが笑いをこらえて聞いてきた。実に楽しそうでからかいもあり、ユーモアあふれる笑い声に恥ずかしさに顔が熱くなりながらも、胸がときめいてしまう。やだ、すき。
「サラがそう説明していたよ。最も俺達の世界にレベルアップなんていう言葉はなくて、それは“強くなる”ことと言い直していたけどね」
「……レベルアップ、はないのですか?」
「サラはそれも聞いていたけど。ないね」
サラさんの名を呼ぶ時のレジーは少し哀愁漂う。愛していたのだから仕方ない。アリスというファンが持つ“推し”と、現実世界での生身の人間位に対する“片思い”は違うのだ。
でもゲームの中とは言え、推しが推しじゃないキャラとくっつくのは納得いかないのが常。そんな時オタクはどうするのか。答えはスルー、見なかったふり。
レジーとサラさんのカップリングは無視。
話を戻そう。
サラさんも“出世払い”“レベルアップ”を使っていたのは、同じ現代から来たある程度ゲームをやったことがある人ということだ。
もっとも、それ以外何の情報も得られていないけど。
「それじゃあ、これで頼むよ」
そんな会話をしている間に、ローランドさんが会計を済ませてしまった。
「あ、箱はいりません。履いていくのでタグは切ってください」
箱に入れられそうになってアリスも慌てて口をだす。皆がお代はいいというので(言われてはいないけど)、甘えてしまおう。
別れ間際に今までかけた金返せ、という男はいないわけではないけど、そうしたら新しいパーティに交渉してもらおう。
それにしても、ランニングシューズかあ。なんつーか、黒地に蛍光ピンクの紐で派手だな。なんでこんなに派手なんだろう? 夜間走っていた時に車に轢かれないため?
でも、中のクッションはふかふかしているし、軽い。たぶん、足への負担がないのだろう。街歩き用の他のスニーカーよりは頑丈で作りは立派だけど、ランをしたことがないから、対魔物用に一番向いているスポーツシューズがわからないな、とアリスは思いながら履いた。
そして姿見で見た自分は、見事にグリーンのネグリジェとは合わなかった。




