26.聖女は靴をお試しするの
十代の聖女――恐らく今までの聖女もサバを読んでいる。だってメンバーが若いもん。かといって若すぎるのもな。十七歳は――高校生か。何も考えてなかった。十九歳? なんか中途半端。というわけで未だに年齢を決められないまま、店に入る。
「――服がない?」
二区との障壁近くの街、ブルーホワイト。障壁までは歩いて残り十五キロ。アリスにとっては引くが、彼らには何ともない距離。
ただここまで近いと障壁に近いと魔物が出やすく、外壁は頑丈だ。ここから旅立つ者も補充する者も多いから、装備類は充実しているらしい。
その店の中でアリス達は服飾系を物色していたが、見事にアリス用がないのだ。
まずメンズとレディスにコーナーが分かれているのがアリスの世界と一緒。そして、それぞれに、戦士用、魔法使い用、などと職業? によって着用できる人種は違うらしい。
まずシューズを、となったが、アリスがどの職種に分類されるのかがわからない。
ユニバーサルデザインなんてこの世界にはない。
ヴィオラは魔法使いのレディス用の黒いネックブーツ、グレースは白地に金の刺繍がされた王侯貴族用のローヒールのブーツを履いている。
アリスはサイズの問題ではなく、足先を入れることもできなかった。
剣士用の硬い蝶番で留められたプレートシューズ、忍者用の足袋も駄目、道化用の先が尖り丸いポンポンがついた靴などは論外、試す気にもなれない。
「アリスには聖女用の服飾具かもしれないな」
最初はメンズ用コーナーで試着していたレジーがこちらに来て呟く。
「サラさんはどんなものを履いていたの?」
少し彼女のことを尋ねるのは悪い気がする。けれどレジーは表情に出さずに、考え込みグレースの靴を指さす。
「このような感じだった。雰囲気としては上品だが、歩きにくくはなさそうだった。防護の付加価値はかなり高いから、聖女用だと思う。確かに街中の店で見かけたことはないな」
追いかけてやってきたローランが手をあげて店員を呼ぶ。
「悪いが、聖女用の靴はないか?」
イヴァンはわずかに口を開きそのやりとりを見つめたが何も言わなかった。レオナルドは微笑する。ヒューは何も気づいていないが、店員の困った顔に、レジーが会話を取り成す。
聖女のことは、口に出さないほうがいいって全員で話したのに!
「すまないね。噂の聖女が召喚された、もう魔王退治に向かったのかと聞いて」
「いや、そうなんですかい!? 確かに噂では召喚されたと聞いたが一向にそれ以降とんと話は聞かなくて」
「けれど、この街は必ず通るだろう。そのためにはブルーグラス一大きなこの店で必ず装備を揃えるはずだ」
「そう、そうなんですよ!!」
店主が興奮気味に身を乗り出す。
「実はそれを見せてもらえないかな。私達も、聖女を探す一行でね」
そういって、ロイヤルは紙幣を握らせる。見えたのは十万ペイ。
「お会いした時に、何も装備がないのは失礼だろう?」
いかにも何かを企んでますという共犯を促す声と、自信を漂わせる貴人の顔。確か世間では聖女を皆が血ナマコになって探しているようだから、彼もそのブツを手に入れて聖女を隙あらば仲間にしたい、というのは間違いない。なんて機転の利くロイヤル。惚れてしまいそうだ。
「そ、そうですよね。どうぞこちらへ、少しだけですよ」
レジナルドはアリスにウィンクをして、女性陣だけ促す、男性までも入ったらさすがに目立ちすぎるからと、彼らは外で物色してもらうことにした。
「どうぞ、こちらが一度聖女が足を通した品物です。ミウミウですよ」
それは、厚底サンダルだった。ゴスロリが好みそうな黒いエナメルシューズの裏にはデカいヒール、これ九センチはあるんじゃないだろうか。ミウミウというから、またこの世界の特殊なモンスター系の言い回しかと思えば「miumiu」。
ちょっと待て! みゅうみゅうじゃないか。プラーダの子会社ブランドの。
「聖女が一度足を通したということは?」
「一度だけですよ。状態もいいですし、その分お安くできます。二十万ペイを十八マンペイまでにおさげいたします」
レジナルドは硬い顔をしているけどケチっているわけでもなさそう。アリスはなんと口を挟めばいいか。激戦区に赴くのにミュウミュウの中古十八万なんて買えないよ。
お高いブランド品は履きこなしには訓練がいるのだ。まずヒールを痛めないように、つま先だけで歩くモデルウォーキング。踵は地面につけないのだ。それからレストランや劇場まで歩いていくのではない、車で入口までつけてもらい、内部だけ歩くセレブ用に作られているのだ。
こんな実用的じゃない靴で、聖女は魔王を倒す冒険をしたのだろうか!? 否!
「中古品というのでは、聖女は気を悪くするだろう。何か理由は」
「そのう――」
そんな理由ではなかったようだ。
エナメルには傷がつきやすい、微かに白い筋が入っていて、自己申告よりもある程度使用したのじゃないと思った。メルカリックだって”自己申告未使用”で売ってても、使ってたりするもんね。
「つまり、命を落とされた、と」
さらにアリスはぎょっとした。ちょ。そんな不吉なものを、メルカリックさんでも売らないと思う……。
「いや、まさか。それでは回収はできませんとも」
「わかった。念のため、ここにいる仲間の一人に合わせてもいいかな? 新しいパーティで属性は不明、白魔法使いを目指している」
「白魔法使い?」
「ああ。回復魔法系だ、俺のいた二区では回復魔法は白魔法使いが担っていたんだ」
そう言えば、と思い出す。ワンファンⅠでは、魔法使いは攻撃系魔法、軽度の回復魔法、聖女、つまりのちに聖女となるグレースが回復魔法全般を担い、Ⅱからは黒魔法使い、白魔法使いにわかれたのだ。恐らくワンファンⅡは聖女が逃げてしまうから白魔法使いを作ったのだろう。
ここは一区だから馴染みがなさそうだけど、国境沿い、納得という表情でアリスを座らせて聖女用のブランド靴を差し出す。
(いやいやいや、お高いブランド靴でも死人の靴でもいいけどさ)
このゴシックハイヒールサンダルが履けてどうするのだ、闘いどころか、三百メートルも歩けないぞ。ハイクラスホテルのディナーでしか出番はない。
しかも十八マンペイ。でもレジナルドはチップで十万ペイも渡す人だし、金に糸目はつけないかも。
「ユニバーサルサイズですので」
つまりサイズは関係ないという事か。甲のベルトでサイズ調整をすればいいらしい。
ふかふかの偽物ビロードのローチェアに腰を掛けるとシンデレラよろしく店主が恭しく左側の靴を差し出してくる。
聖女だし、とりあえず足先ぐらいは入るかなと思えば……バチッとまるで静電気よろしく、痛みが走り思わず小さな叫び声をあげた。
「お客様、し、失礼しました」
「いいえ、私こそ」
青白い火花さえも見えた。主人とアリスが両方驚き、転がった靴をレジーが拾う。
「失礼した、ご主人。聖女のものを試そうなんてなんて恐れ多いことを願ってしまって」
いいえ、と複雑な顔に慇懃なお辞儀をする店主に、レジーがまた紙幣を握らせて話は終わった。これで靴が買えたんじゃないだろうか。




