第8話 無職のおじさんと無職の魔王女
リリム「ここから第2章開始。ワシさまの大冒険が始まるぞい!」
「ありがとーーー。牡丹鍋美味しかったのだーーー!」
翌日。俺とリリムはサイショ村を出た。
ブンブンと手を振って、村長とミシャちゃんに別れを告げるリリム。
ミシャちゃんとは皿洗いを通じて仲良くなったのか、別れ際はお互いに涙を浮かべていた。
「うぅ……ニンゲンにもらったオヤツ、オデ大事にスル……」
「言ってるそばから食ってるけどな」
周囲に牧草地が広がる長閑な田舎道を、リリムと肩を並べて歩く。
リリムはメソメソと泣きながら、腹の足しにと渡されたクッキーをさっそく食べ始めた。
どうやらこの悪魔族。活動に必要な魔力を人間を食べるのではなく食糧を食べて補充しているらしい。
「ワシさまはバーチャルアイドル故にな。人を食べたらコンプライアンス違反で企業のイメージダウンにも繋がる。だから無闇に人を襲わないし、食べもしないのだ」
「それで腹を空かせていたのか」
仮に人を襲おうにも戦闘力不足で村人に負けていたと思うが、踏みとどまった事実が大事だ。世の中には倫理感が終わってる悪党も大勢いる。
その点、リリムは偉い。誰に言われるまでもなく自分を抑えられたのだ。この先も人間社会で上手くやっていけるだろう。
「ワシさまは生きるために食費を稼がねばならん。故に仕事を求めるぞ。この世界は可愛いだけでは生きていけぬ、ガチでヤヴァいサバイバルな環境だからな」
「同感だ。何をするにも金は必要だからな。俺も仕事を探そうと思ってたんだ」
「うにゅ? おぬしには師範の仕事があるのであろう?」
昨晩のうちに俺が話せるだけの情報はリリムに伝えていた。
無銘やヴィヴィアンの件も素直に話している。
同じ動けるNPCなのだ。
情報の出し惜しみをするより、協力してこの世界を生き抜く方が得策だ。
「俺は道場を捨てて旅に出たからな。今は無職なのさ」
「ぷぷっ。無職のアラフォーおっさんとか取り返しのつかないレベルだの。人生やり直したらどうだ?」
「うるせぇ、絶賛やり直し中だっての」
俺は仕返しにと、リリムが持っていたお菓子袋からクッキーを一枚奪い取った。
「あっ! ワシさまの命の源を返せ!」
「オジさまだってモノを食べないと死ぬんだよ」
問答無用でクッキーを口に入れる。
干した果物を混ぜてあるんだろう。酸味と甘みのバランスがちょうどよかった。
「おまえこそ第二の人生どうするんだ。生きるために仕事を探すとして、その後は?」
「もう決めておる。おぬしと一緒に世界を見て回るのだ」
「俺と?」
「嫌とは言わせぬぞ。ワシさまを助けてくれた礼がまだだ。今は金も職もないただの可愛いアイドル。だがしかし! いつの日か二人して楽して暮らせるくらい稼いでやる! だからそれまで一緒におるのだ!」
「どうして二人暮らしが前提なんだ……」
よくわからないが気に入られてしまった。
設定上は魔王の娘で自由に動けるNPCだ。
何かやらかさないように、近くで監視するつもりだったから別にいいんだけど。
「なんだその微妙な顔は。不服か?」
「いや……。おまえって魔王の娘だろ。父親の後を継がなくてもいいのか?」
「もしもサービスが続いていたら、そういう設定でこの世界に生まれたのだろうな……」
この世界にいた魔王はひとつ前の大型アップデートで討伐されている。
残ったのは統率の取れていない野良の魔物だけだ。
今にして思えば、サービス終了前にメインストーリーに片を付けたのだろう。
そういう意味でもここは終わったあとの世界だった。
だからこそ次回のアップデートで魔王の娘としてリリムが降臨する予定だったのだろう。そうなる前に神はいなくなってしまったわけだが……。
その辺りの事情もよく知るリリムは、俺の問いかけに寂しそうに空を見上げる。
「世界は終焉に向かっておる。誰もいない世界で王様を気取るほど、ワシさまは暇人ではない。それより、この世にある美味いものを探す旅に出たい」
「あはは。ホントに食い意地が張ってるな」
「文句あるか?」
「ないよ。世界征服よりも、よほど健全な願いだ。あ、そうだ」
俺はそこで袋からカチューシャを取り出して、リリムの頭にかぶせた。
カチューシャはネコミミのようなデザインをしており、頭の角を隠せる。
「このカチューシャは?」
「ミシャちゃんに頼んで作ってもらったんだ。角を出したままだと、いろいろと不便だからな」
俺はリリムの頭を撫でて微笑みかける。
「新しい人生を歩もうとする若人に贈るプレゼントだ。おじさんでよければリリムの旅を手伝おう」
「タクト……」
リリムは熱い視線をじっと俺に向けて。
「不審者っぽいから無闇に人の頭を撫でるな。通報されて騎士に捕まってもワシさま他人のフリするからな」
「……肝に銘じておきます」
ジト目で諭されてしまった。
ずっと道場に引きこもっていたから、年頃(?)の女の子との接し方がわからない。これからは注意しよう。
◇◇◇◇◇◇◇
それから俺たちは乗合馬車を使って、【商業都市バイデン】へ向かった。
バイデンは、サイショ村から西へ1日ほど進んだ先にある経済の中心地だ。
石の外壁に守られた堅牢な都市で、内部も花崗岩で作られた白色の建物が整然と並んでいる。
ここからがログドラシル・オンラインの本番だ。
チュートリアルクエストが終わって、ようやく自由に動ける。
けれど、何事にも定石はある。
西洋風ファンタジー世界のVRMMO・RPGの定番といえば……。
「冒険者ギルドだ」
リリム「このネコミミ……獣くさいのだが、もしかしてイノシシの毛で作ったのか?」
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