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第4話 おじさん、バグ聖剣の威力が凄すぎてドン引きする


「出てきちまった、か……」



 光が晴れて気がつけば、元いた長閑のどかな森に戻っていた。

 【禁域】へ至る道も忽然と消えている。

 【無銘むめい】を手に入れたことでエクストラダンジョンが閉ざされたのだろう。



「ヴィヴィアン……」



 設定だけは彼女の存在を知っている。


 魔法使い系のプレイヤーキャラに基礎魔法を教えるチュートリアル役だ。

 初期設定で戦士か魔法職かを選べて、戦士だと俺が森に道場を構える。

 魔法職だと道場の代わりに、【ヴィヴィアンの占いの館】が出現するらしい。


 そんなヴィヴィアンが湖の精霊になった理由はわからない。

 俺も知らない未実装の裏設定があったのだろう。

 何かしらのフラグが立っていたら、俺も無銘を守る剣士としてエクストラダンジョンに固定されていたかもしれない。



「あんたの代わりに世界を見て回るとするよ」



 俺は無銘をたずさえて、ここにはいないヴィヴィアンに語りかける。

 ヴィヴィアンは最後に魔法的な加護を剣に与えてくれた。

 彼女の気持ちだけは一緒に連れていけるだろう。


 ヴィヴィアンのように未練を残すNPCや、サービス終了で戸惑う人々がこの世界にまだいるはずだ。

 勇者や救世主になったつもりはないが、彼らの話を聞いて手助けすることくらいはしてやれるだろう。宛てのなかった旅に目的ができた。



「当初の予定通り、【サイショ村】へ向かうとするか」



 禁域に至る道が消えたことで、分かれ道はただの一本道に変わっていた。

 道順に従い、サイショ村がある西の方向へ進んでいくと……。



「きゃーーーー!」



 絹を裂くような女性の悲鳴が森の奥から聞こえてきた。



「……っ!? クエストか!?」



 この展開は知っている。最序盤に発生するクエストだ。


 薬草を採取していた村長の娘がゴブリンに襲われるところを、間一髪PC(プレイヤーキャラ)が助けに入る。

 お礼に娘から薬草(回復アイテムを使うチュートリアルになっている)を受け取り、サイショ村まで同行するクエストなのだが……。



「まずい! この世界、サービス終了してるんだった!」



 娘を助けられるPCはもう存在しない。

 慌てて悲鳴が聞こえてきた場所へ駆け寄ると――




「ギギギギギ!」


「誰か助けてっ!!」



 案の定、エプロンドレス姿の村娘がゴブリンに襲われていた。

 敵の数は3体。それぞれに木の棍棒を手にしている。


 茶色い髪をした村娘は服がボロボロで、いまにも裸に剥かれそうになっていた。

 汚れを知らなそうな若くて瑞々(みずみず)しい肢体からだが、無情にも晒されている。



(お約束の展開だが、やっぱり目に余るな……)



 魔物相手に悪行を問いただすまでもない。

 見敵必殺。モンスター即斬。

 それがこの世界、ログドラシル・オンラインの鉄則だ。



「試し斬りといこう」



 俺は抜き身で持ち歩いていた無銘を両手で構える。

【ムーブ】を使って、一瞬でゴブリンたちに肉薄すると――



「【スラッシュ】!」



 斬撃系の基本スキルを使用しながら、無銘を振るった。


【スラッシュ】とは、近接攻撃の初期スキルのひとつで何の変哲もないただの横()ぎ攻撃だ。通常攻撃と比べて効果範囲が少し広がるため、集団戦で効果を発揮する。


 相手はゴブリンが3匹。

 俺の【スラッシュ】で一網打尽に――




 ――――ズバアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!




【スラッシュ】による横薙ぎ。

 その一撃だけで、周囲50メートルの森が一瞬で開拓された。



「…………っ!!??」



 これには俺も剣を止めてしまう。

 衝撃波に飲み込まれたゴブリンはもちろん即死。

 問題は村娘だ!



「大丈夫か!?」



 慌てて無銘を下ろして、村娘がいた場所に駆け寄る。

 村娘は呆然とした様子で地面に尻餅をついていた。



「は、はひ……、どうにか無事です」


「よかった…………」



 ゴブリンに襲われて地面にいつくばっていたので、衝撃波に巻き込まれずに済んだようだ。

 もしも立っていたら……やめておこう。想像するだけでもゾッとする。



(【スラッシュ】を使うだけでこの威力とは。不用意に無銘を使うのはやめよう)



 道中で無銘を振って使用感を確かめたときは、特に効果は発揮されなかった。

 剣術スキルを使用することで、威力を高めるブースト効果が発動するのだろう。

 今回のように他人を巻き込んだら大事になる。

 詳しい発動条件がわかるまでは、剣術スキルを使わずにおこう。


 俺は無銘を片手に持つと、空いた手で尻餅をついている村娘に手を伸ばした。

 羽織っていた外套がいとうも村娘に渡す。



「すまない。危うく巻き込むところだった」


「いえ。ありがとうございます旅の剣士さま。なんとお礼を言ったらいいか……」



 外套で肌を隠した村娘は、俺の顔を見た途端驚きの表情を浮かべた。



「タクトおじさまじゃないですか!」


「ん……? そういうキミは村長の娘のミシャちゃんか」



 脳裏で村娘の情報が更新される。

 サイショ村の村長の娘ミシャ。それが彼女の名前だ。

 こうして話すまで顔と名前が一致しなかったが……、きっと仕様だろう。



「ミシャちゃんが森に来るなんて珍しい。何か探していたのかい?」


「はい。お父様の病を治すため薬草を採りにきたのですが」


「不運にもゴブリンに襲われた、と」


「普段は森の奥に隠れているはずのモンスターが、最近よく村の近くまで来るんです。異変の前触れでなければいいのですが」



 ミシャちゃんはうれいを帯びた顔を西の空に向ける。

 サイショ村がある位置よりもさらに西。

 小高い山の上に、どす黒い暗雲が立ちこめていた。



「助けてくれたお礼に薬草を……」


「別にいいよ。どこも怪我してないから」


「ですが……」



 薬草を差し出すミシャちゃんが残念そうな顔を浮かべる。

 そこでヴィヴィアンが語っていた言葉を思い出した。



(未練を残したままのNPC……か)



 俺は考えを改めて、ミシャちゃんから薬草を受け取った。



「ありがとう。この薬草は大事に使わせてもらうよ」


「はい……!」



 俺が薬草を受け取ると、ミシャちゃんは見てわかるくらいにパァっと顔を輝かせた。



(こういうのも人助けになるのかな)



 本当ならここはPCが薬草を受け取る場面だ。

 NPCの俺がゴブリンを倒したことでミシャちゃんの役割が浮いてしまう。

 俺が薬草を受け取ることでミシャちゃんが救われるなら、それに越したことはない。


おっさんクエストを初クリア! やったぜ。


ここまでお読みいただきありがとうございます。読者さまの☆やブックマークが創作の後押しになります。少しでも面白い、先が気になると思われたら、応援よろしくお願いいたします。

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