第36話 ぶらり、おじさん旅情(いざ灰の都へ)
ここから5章 灰の都編です
会議の翌日。俺たちは身支度を調えて【灰の都】へ向かうことにした。
ギルドが手配してくれた馬車に揺られながら、俺は御者役を買って出てくれたシェルフィに声をかける。
「まさか騎士団長自ら同行してくれるなんて」
「お気遣いなく。みなさんのお邪魔をするつもりもありません。都の前で待機して馬車を護るのが私の役目です」
「助かる。灰の都からバイデンまでは距離があるからな。帰りの足を失ったら途中で野垂れ死にだ」
「お任せください。盾の騎士の二つ名にかけて、みなさんの帰る場所を死守します」
俺が礼を伝えるとシェルフィは馬車の運転に戻った。
幌の中で干し柿を食べていたリリムが何気なしに訊ねてくる。
「【リスポーン】のルールはどうなっておるんだろうな? ゲームだと死んだら宿屋に戻されたはずだが」
「NPCの俺らは死んだらあの世逝きだろう」
【リスポーン】とはゲーム用語で、再発生や復活という意味をもつ。
ログドラシル・オンラインでも、PCが死亡した際はセーブ地点からやり直せる。
伯爵の魔法で犠牲になった衛兵や、レッサーデーモンに変身させられた村人は蘇ることがなかった。NPCはこの世界の自然の理に従い、生きて死ぬ。
だけど……。
「試したことはありませんよ。自ら望んで死を迎えようとは思いません」
俺の視線に気がついたエリカは首を横に振った。
「【元PC】のワタシでもこの身で痛みを感じて空腹を覚えます。ワタシはこの世界で生きているんです」
「だな。エリカがまともな感性を持っててよかったよ。命を簡単に投げだそうとするヤツは護っても無駄だからな」
もしもログドラシル・オンラインの運営が続いており、エリカが【PC】だったなら死に戻りも有効だった。だが、サービスは終了して神は地上から去った……。
「ヒトとして生きてるんだ。もっとワガママを言って自分のために生きていい。俺もそうやって旅に出た。俺でよければエリカの夢を手助けするよ」
「タクトさん……」
「この世界には【死霊族】もおるがな。死んでアンデッドモンスターとして生きる。そういう人生もありなのだ」
「ややこしくなるから話を混ぜっ返すな……」
俺とエリカがいい空気を醸し出していると、リリムが余計な口を挟んできた。
一人で馬車を運転しているのが寂しかったのか、シェルフィが賑やかな幌の中を覗き込む。
「みなさん難しい話をなさってるでありますね。戦に臨む前から死ぬだのなんだの縁起が悪いであります」
「悪い悪い。もっと楽しい話をしようか。シェルフィって彼氏いるの?」
俺の発言を受けて、女性陣(俺以外だ)がため息をつく。
「はぁ……。タクトさん。それはセクハラですよ」
「さすがのワシさまもドン引きだ。タクトは戦闘以外はからきしだの。そんなんだから嫁がおらんのだ」
「うっせぇ。道場に引きこもる前はそれなりにモテてたよ」
「そういう話を聞きたいであります! 解説のタクト殿、もっと詳しく!」
「ワタシも興味があります。タクトさんはどのような女性が好みなんですか?」
「おおう……女性陣がグイグイくる……」
俺が振った話題と大差ないのに逆の立場だと恋バナに早変わり。
俺が答えに窮しているのを見て、エリカがクスクスっと笑う。
「タクトさんでもそんなふうに困った顔を浮かべるんですね。なんだか可愛らしいです」
「うっせぇ。大人をからかうんじゃありません」
元PCとしてではない。エリカ・ヨワタリ自身が望んだ冒険。
他愛もないこのひと時が、旅の思い出になってくれれば本望だ。
◇◇◇◇◇◇
それから3日をかけて、ようやく【灰の都】の入り口に到着した。
ちなみに恋バナは、巧みな弁論術で話題を変えて乗り切った。
――――【灰の都】。
古代都市の廃墟で、常に灰が舞い飛び視界を遮ることからその名前がついた。
嵐のように渦巻く灰燼が天然の防壁となっており、全容はわからない。
一部分だけ風の勢いが弱まった嵐の裂け目があり、ギルドではそのポイントを灰の都の入り口として指定している。
入り口には門番や魔法によるセキュリティもないため、入るのは容易い。
これまでも数多くの命知らずどもが、古代のお宝を求めて灰の都に入っていった。
だが、生きて出てきた者は誰もいない。
故に超危険地帯として探索を禁じられていた。
◇◇◇◇◇◇
「という設定のエクストラダンジョンで、プラチナ等級の冒険者ライセンスがないと入れないエンドコンテンツ。それが灰の都だ」
「ワシさま、ダンジョンアタックは初なのだ。さっそく乗り込むぞ!」
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