第1話 おじさん、世界から拒絶される
おっさんの冒険がここから始まる……。
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――――その日、神は言われた。
「このたび『ログドラシル オンライン』は、まことに勝手ながらサービスを終了させていただくこととなりました。これまでご愛顧いただきましたお客様には厚く御礼申しあげます」
すると、世界は闇に包まれた。
神はプレイヤーキャラ【PC】を天に戻し、ノンプレイヤーキャラ【NPC】を地に残された。
神が世界を創ってから、4654日目のことである――――
◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……。朝の鍛錬、終わりっと」
静かな森の奥にひっそりと佇む寂れた剣術道場にて、俺は毎朝の日課である素振りを終えた。
両刃のロングソードを模した木剣を腰帯に差して、相手もいないのに一礼をする。
礼に始まり、礼に終わる。それが剣術における基本中の基本だからだ。
「しかし……。今日は誰も転生してこないな」
俺の名は【タクト・オーガン】。
白髪交じりの黒髪と、ちょいワル風味な顎ヒゲを蓄えたアラフォーのおっさんだ。
故あってこの小さな剣術道場で、初心者冒険者を相手に稽古をつけている。
自分で言うのもなんだが元は凄腕の傭兵で、膝に矢を受けて引退。
田舎に引きこもり、新米に剣を教えながら余生を過ごしている……。
……という”設定”だ。
不思議なことに、俺はこの世界における自分の役割を客観的に把握していた。
世界とは、『ログドラシル オンライン』のことを指す。
『ログドラシル オンライン』とは”外の世界”で作られたVRMMOロールプレイングゲームで、俺はそのゲームに登場するノンプレイヤーキャラ【NPC】らしい。
転生してくる新しい勇者。
つまりは、新規のプレイヤーキャラ【PC】に戦闘の基本を教えるチュートリアルキャラ。
それが『チュートリアルおじさん』こと、タクト・オーガンの役割なのだ。
なのだが……。
その日、俺の目の前に神からの啓示が文字として浮かんだ。
『――――このたび『ログドラシル オンライン』は、まことに勝手ながらサービスを終了させていただくこととなりました。これまでご愛顧いただきましたお客様には厚く御礼申しあげます』
「……は???」
意味を理解するのに数秒を要した。
理解したあと、すぐに俺は”システム”にアクセスしようとしたが……。
「アクセス権限がありません」
と、音声によるエラーメッセージが返ってきた。
今までは透明なタッチパネルウィンドウを表示させて新人のステータスを把握したり、神からの啓示を受け取っていた。
先ほど表示された『サービス終了のお知らせ』も、神からの啓示――ワールドチャットを利用したものだろう。
しかし……。
「ダメだ。ウィンドウが表示されない。メッセージも応答しなくなった」
いくら念じても、誰ともコンタクトを取れない。
空中にウィンドウを出そうとしても空振りに終わってしまう。
これはつまり……。
「マジで世界が終わるのか……」
疑問、不安、焦燥、怒り……と様々な負の感情が押し寄せてくる。
だが、それ以上に俺の心の内側から湧き上がった想いは――
「道場から出られるかもしれない!」
神から与えられた俺の役割は、新人冒険者相手に剣の基礎を教えること。
ゲーム的に言えば、新規のプレイヤーキャラに戦闘のチュートリアルをたたき込むことだ。
それ以上の役割は与えられておらず、道場から一歩も外に出られなかった。
はずだったのが……。
「ひゃっほーーーい! 外だ! 外に出られる!」
俺は道場の外に踏み出して、諸手を挙げて歓喜の声をあげた。
村の片隅で10年近く己の役割を全うしてきたが、世界が終わるなら好きに生きよう。
今まではプレイヤーキャラが旅立つのを指を咥えて見つめるしかなかったが、これからはそうではない。
俺はギュッと拳を握りしめて、神がいるであろうお天道様に向けて突き上げる。
「神から与えられた仕事なんてクソ食らえだ! よ~し! おじさんも冒険の旅に出ちゃうぞ~!」
勇者候補……プレイヤーキャラがしている冒険というモノをしてみたい。
それが『チュートリアルおじさん』こと、タクト・オーガンが長年抱いていた夢だった。
初回は4話連続更新となりますので続けてお読みいただけると幸いです。