【4】②
卒業直後の校舎内というインパクトに加え、『遺書』も存在した。
こんな美味しいトピックスを、マスコミが放っておく筈もない。しかし、何よりも凄まじい威力を発揮したのはネットの匿名の多数だった。
校長は定年まで少し残して早期退職し、逃げた。
今野と圭の二年生時の担任だった仁嶋は、共に精神的に病んだという『名目』で休職したらしい。
結局、仁嶋の方は三か月経たずに職を辞した。
家からも出られない状態になり相当「追い詰められた」結果のようだが、同情などする気もない。不適格な人間を教壇に戻さずに済んだことが幸いだと感じるだけだ。
その後の動向は不明だが、少なくとも万里子は翔太とはほぼ接点もない仁嶋になど興味の欠片もなかった。
そして名実共に主犯だった今野への、現実は言うに及ばず顔の見えない善意・悪意の第三者からの徹底した攻撃は、仁嶋の比ではなかったと容易に想像がつく。
瞬く間に氏名や住所等の個人情報は特定され、家族の写真までもが拡散された。
蛇蝎のごとく嫌われ憎まれていた彼を突き落とすためなら、喜々として情報提供する『教え子』は枚挙に暇がなかったからだ。
大きな声では言えないが、万里子も可能なら加担したかった。
思い止まった、というよりもその前段階で挫折したのが真相だ。
そもそも万里子は、今野の「陵」という名も知らなかった。家族を持っていたことも報道で初めて耳にしたくらいだ。
つまり、『暴露する情報』を一切持っていないわけでどうしようもなかった。調べる手間を掛けるのもくだらない。あの男に万里子の時間を割くに値する価値などありはしないからだ。
その分、十分すぎるほどに若く情熱に溢れる被害者たちが代わりに鉄槌を下してくれた。
守るもののある万里子は思うままに行動できない枷もある。翔太に迷惑を掛けることだけはできなかった。
それこそ親の義務だろう。
所詮「己の行いへの報いでしかない」にも拘らず、冷たい視線に晒され責められることに耐えられなかったのだろう。
仁嶋が辞めた数ヶ月後。
今野は妻と、父親のせいで学校にも行けなくなった息子を絞殺した上で、自宅マンション最上階の踊り場から飛んだ。
一般的には「一家心中」と呼ばれるものだ。
しかし万里子は、単なる彼の自業自得による身勝手な殺人だとしか考えていなかった。
人間は生きてきたように死ぬ、という見本のようなものだ。たとえ法律が許しても、人は許さない。
それだけのことをしたと、本人だけは理解しないまま罪人になり下がり、消滅した。
もし感想を求められたら、いい気味だと返す以外にいったい何がある?
この上ない朗報に、自宅の翔太の部屋に当時の被害者たちが集まって祝杯を上げていた。
高校生だったのでソフトドリンクではあったが。
「あんなクズ殺して人生台無しにするのバカらしいから、誰かがやる前に勝手にくたばりやがって最高の結果になったよな」
通信アプリのグループには、そういった歓喜の声だけが溢れていたという。
「死んだ」と聞いてショックを受けるのは人望があってこそなのだ。
二度と会えない友人への哀惜と、『加害者』の殺人犯としての惨めな最期への蔑みの高笑いと。
哀しみと喜びという相反する感情に、涙も流しながらの少年たちの会合。
「だけど、今野が死んだらこれ以上誰も殺されなくなる! 圭は戻って来ないけど……」
そう泣き笑いの表情で絞り出した友人の言葉を忘れない、と息子が呟いたのもはっきりと万里子の脳裏に刻まれていた。
時間が許せば交ざりたかったのはやまやまだが、自分の中だけに留めておいたのは言うまでもない。
いくら破天荒な性格でも、親が顔や口を出していい状況とそうではない場合があることくらいは承知している。
どこまでも常識人の夫が複雑な表情を見せている隣で、心の中では快哉を叫んでいたことも誰にも告げる気はなかった。
息子に直接訊かれる時が来ない限りは。
◇ ◇ ◇
「翔太、元気でね。あなたが独立しても、親子であることだけは変わらないのよ。どうしても困ったことがあったらいつでも頼って。一人で苦しむ方が親不孝なんだから」
「ありがとう。お母さん、お父さん。……僕はもう大丈夫だよ」
大人びて落ち着いた息子の微笑み。
──ねぇ、翔太。
私は結局、あなたのために復讐することはできなかったわ。Nemesisにはなれなかった。
母親ならもっと取り乱すものかもしれないけど。
でも、あなたの未来にはきっとその方がいいのよね。
だからお母さんは後悔していないの。
~END~




