【4】①
「お母さん、最後にどうしてもひとつだけ」
「何?」
翔太が改まってまで告げたい内容に予想もつかなかったが、万里子はどうぞ、の意を込めて息子を促す。
「中学の時お母さんが全力で闘って守ってくれたこと、今でも感謝してる。『学校なんて行かなくていい』って、僕はあれで本当に救われた。……あ、お父さんにも他のことでいろいろ世話になったと思ってるよ!」
「そんな今更。親が子を『守る』のは当たり前。義務なの。なあなあで流そうとする奴の方がおかしい。感謝なんて必要ないわ」
そう、義務だ。
一般論は別として、万里子は自分自身のことは流したとしても我が子のためなら牙をむくのも厭わない。
「中学の時のあいつらみたいな腐った人間にはなりたくないって、それだけ心に決めてたんだ」
高校時代から、翔太は折に触れ自分に言い聞かせるように話していた。
二十四歳になり、大学院の博士前期課程を修了して就職しようとしている息子。
研究員として採用された彼は、研修後遠方の研究所勤務になる。
そのため三月中に家を出るに当たって、家族三人で食卓を囲んで別れの挨拶を交わしていたときのことだった。
「ううん、それでも。『あのとき』被害に遭ったのは僕だけじゃなかった。だけど、僕以外はみんないやいや学校に行ってたんだ」
登校を再開した友人たちが、とりわけ部活顧問の今野に「お前たちのせいで」と怨恨を向けられていた事実ものちに知ることになった。
一歩外に出れば犯罪でしかない行為も、何故か学校の中では問題にもならないらしい。
教員という輩は、人間として最低限の尊厳や矜持というものも持ち合わせていないのかと侮蔑しかなかった。
その結果として、当時息子と同じく熱中症で倒れた生徒の中のひとりが卒業後まもなく自ら命を断った。クラスは別だが、同じ部活で翔太と仲も良かった島口 圭。
進学予定の高校も決まっていたのに、三月末に中学校の校舎内で。
休日で無人だった中学校の門を乗り越え、校舎の入り口と二年生時の教室のガラスを割って入り、カーテンレールに持参のロープを掛けての縊死だった。
彼は卒業証書の裏に、校長と二年時の担任である仁嶋、部活顧問と養護教諭の四人の名を極太マジックで書いた上に大きくバツ印を付けて、「こいつらを許さない」と書き添えた『遺書』を残していたという。
告別式から帰った息子は、部屋でひとり声を殺して泣いていた。
どれだけ騒いでも暴れても構わないのに。
──もう言葉を発することさえ叶わない友人を慮った、わけではないのだろうが。
亡くなった圭の両親が互いを、自分を責めて、その直後に離婚して双方とも転居して行ったことも聞いている。
「万里ちゃん、俺、──とんでもないことしそうになってた……!」
翔太の友人の自死を知った毅は、当時蒼白になって万里子に謝って来た。
もし判断を間違えていたら、自分たちも彼の両親と同じ立場だったかもしれないと。
それが決して的外れではなかったことを、万里子は今この瞬間に確信したのだ。
実際にはあり得ないと断言できるのだが、万が一あのとき万里子が折れて学校に行くことを強制していたら翔太は生きてこの場にはいなかった。
だからといって、万里子は毅をただ弱気な小心者と見下しているわけではない。
穏和で心優しい翔太の性質は、紛れもなく父親から受け継いで育てられる中で個性として定着したと感じていた。
母親である自分が激し過ぎるのを自覚しているからこそ、穏やかな父親の存在も翔太には必要な場面もあっただろうと理解も納得もしている。
毅が言えない、できないことは万里子がすればいいだけだった。
そして、夫が保身や世間体だけで妻を止めるような人間ではなかったことで、夫婦として家族として続いてきたのだと考えている。
もしそうなら、彼は意地でも引かなかったはずだ。
毅も父親として息子の将来を心配していたのだと信じている。




