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【3】

「翔太。学校なんて行きたくなければ行く必要ないわ。誰がなんて言っても、あなたのことはお母さんが守るから安心して」

 何とか体調は回復したものの、学校指定の鞄を前に溜息をついていた息子に告げる。


「え? それはちょっと……。中学は義務教育だよ、行かないと──」

 翔太に対する万里子の言葉に、毅が慌てて反論して来た。


「子どもに学校行く義務なんてない。義務があるのは親と国よ。だから()を『就学義務違反』で市なり学校が訴えたいならそうすればいい。受けて立つわ、いつでもね」

 気圧(けお)されたように口を噤んでしまった毅には構わず、万里子は翔太に顔を向ける。


「お母さん、……本当にいいの?」

「当然よ。責任は(お母さん)が取るから、行きたくないなら行かなくていいの」

 不安そうな息子を宥めるように、優しく語り掛ける。

 ふっと身体の緊張を解いたかのような翔太に、万里子は彼の目を見つめて笑みを浮かべた。


 夫へのものと同じ台詞を、万里子は深夜の自宅前公道での「加害者」たちとの話し合いでも一言一句そのままに繰り返した。

 正論にやはり何も返せなくなった奴等を鼻で笑って追い返した万里子に、結局その後の向こうからの反応は何もない。


 万里子にとって言葉は武器だった。

 もともと口数は少ない方で、自分から喧嘩を売るような真似もしたことはない。時間と労力の無駄遣いだとしか感じなかった。

 ただ、必要とあらばいくらでも暴言を吐ける。敵と見做した相手には、どれだけダメージを与えるかだけを考えて罵声を選ぶ余裕もあるのだ。

 翔太を苦しめた教員連中を許す気はない。絶対に。


 翔太は中二の夏休み前の『事件』以来、ただの一度も中学校の門を(くぐ)ることはなかった。修学旅行も卒業式さえ拒否している。

 その分、家で一人で勉強はしていた。息子は特別成績がいいわけではないが、生真面目なのだ。


 高校は翔太とも話し合った結果、県立の単位制を選んだ。

 経済的には公立校に拘る必要などないが、息子自身が見学に行って気に入ったためだ。通うのは本人なのだから異論はなかった。

 もちろん、併願の私立校も受けるけれども。

 教員も、県立高校の教諭として採用された者なのは変わらないが、単なる異動(転勤)ではなく独自の『選考』を課している。

 学科はもちろん、まるで新規採用試験かのような指導力を問うための面接や模擬授業までが行われているのだとか。

 県がかなり力を入れて設立した謂わば『モデル校』で、他県からの視察も多いらしいというのも調べるうちに知った。

 だからこそ威信を賭けて、指導力も人間性も兼ね備えた『優秀』な教員を揃えたいという意気込みを感じたものだ。

 たとえ「比較」に過ぎないとしても、万里子でさえ他の公立教員とはレベル(・・・)が違うと認めざるを得なかった。

 所詮教員風情ではあっても、程度の低い同僚と関わることに耐えられない「上澄み」の集まりなのだろう。


 公立高校の合格率を下げたくない中学校からは、募集人数も少なく倍率も二倍は軽く超える、……つまり『不合格』の可能性も決して低くはないその高校を受けることへの反対もあった。

 しかし結果的に息子の母校となった高校は、所謂内申を一切必要としない。

 学科試験と面接のみで合否判定されることになっていた。

 中学校時代に不登校でも、──県の立場上も明言などはできないのだろうが『内申制度を利用して、学校や教員から不当に低い評価を受けた』生徒でも、中学校側の恣意が入る余地もなく実力のみで挑める。

 不合格を受け入れる心積もりさえあれば、受検に「在籍中学校の意向」など無関係なのだ。


 当然ながら、校長や会ったこともない名ばかりの担任など無視して翔太の意思を押し通して受検し、幸い合格できた。

 これまでの経緯からも翔太、というより万里子と真っ向からやり合いたいと思うような教員はおそらく存在しない。

 実際に出願は中学校からという決まりではあったのだが、「出願させない権利があるなら根拠を示せ。校長名の公文書(・・・)で」と迫るとあっさり受け入れられた。



    ◇  ◇  ◇

『卒業証書を受け取りに来ていただきたいのですが……』

 校長からの恐る恐るといった口調での電話に、万里子は「わかった」とだけ答えて切った。


 もともと万里子は、普段仕事でも化粧さえしない。服装も、仕事中は白衣を羽織るのだからまったくの普段着だ。さすがに部屋着と分けてはいたが。

 もちろん特別な会議などは別で、場に相応しいそれなりの格好はする。

 故意に、可能な限り適当な服装で中学校を訪ねた。

 かろうじて普通の服を選んだのは、あくまでも万里子が「寝間着で外に出たくなかった」からに他ならない。気分的には寝間着で行ってやりたかった。


 正門を通り抜けて正面玄関のインターホンで名乗った万里子に、怯えたような態度で応対した校長に無言で右手を突き出す。『卒業証書を寄越せ』という意思表示に、彼は万里子が校舎に一歩も踏み入る気はないというのを察したようだ。

 隣にいた初めて見る担任らしい女に、「証書をお持ちして」と指示して取りに行かせる。

 小走りで戻ってきた女に渡された卒業証書と黒筒を差し出す校長から、破かないように一応は静かに受け取った万里子は即背を向けて正門を目指した。


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