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第41話 バッタの生涯(加藤鷹司の末路)①

 小学四年生の秋。


 少年サッカーの帰り道、加藤鷹司は友人の東村忠之を見かけた。

 忠之が外で遊んでいるなんて珍しいな、と思った。

 いつも一緒に遊ぶ時には、もっぱらゲームなど室内が多い。

 彼は土手に座り、じっと何かを見ていた。


 声をかけようとして顔をのぞき込むと──忠之はニヤニヤと笑っている。

 たまに見る、印象的で独特な笑い方。


 イタズラや、ゲームで鷹司を罠に引っ掛けた時に見せる笑顔だ。

 

「何いつもの悪者顔でニヤニヤしてるんだよ! 怖えーよ」


「あ、鷹ちゃん。これ見てよ、これ」


 忠之が指差す方を見ると、ピョンピョンとバッタが跳ねていた。

 いや、正確に言えば、バッタは跳ねようとしていた。


「見たい物があってさ、接着剤で足を地面にくっつけたんだ。そしたらなんか、スクワットしてるみたいで。面白くない?」


「オメーひでーことすんなぁ⋯⋯」


 呆れながらバッタを見る。

 バッタはしばらくピョンピョンと脚を動かし、その場から逃げようとしていたが、やがて飛び跳ねるのをやめた。


 逃げるのをやめた訳ではない。

 脚だけがそこに残り、バッタはモゾモソとイモムシのように歩き出したのだ。


「これこれ! これ見たかったんだよ」


「えっ、何これ」


「バッタって、捕まると脚を自分でもいで(・・・)逃げるって図鑑で見てさ。自分で切るから自切(じせつ)って言うんだって」


「えっ、なんかかわいそう」


 嬉しそうな忠之と共に、歩く事しかできなくなったバッタをしばらく眺めていたが⋯⋯忠之は不意に立ち上がった。


「どうした?」


「いや、見たかったの見れたからもういいや」


 まるで壊れたおもちゃを捨てるように、忠之は興味を無くしたようだ。

 鷹司はなんとなく、その後のバッタがどうなるのかが気になったが、一緒に立ち上がる。

 忠之は歩き出しながら、思いついたように言った。


「そういえばさ」


「何?」


「自切って⋯⋯自殺に似てない? 言葉の響きがさ」 


 自分の発想を気に入ったのか、忠之はクスクスと笑った。


「いや、怖いってお前、自殺とか」


「まあ、両足取れたバッタの場合似たようなもんかもね。跳んで逃げられなかったら、蟻とかにも食べられるだろうし。まあわかってても切らなきゃいけない事もあるって事なのかな?」


 自分でやった事なのに、まるで他人事のように語る忠之に、鷹司は呆れながら言った。


「俺がバッタだったら、お前にだけは捕まりたくねぇわ」


「えーっ、俺が鷹ちゃんにあんな事するわけ無いじゃん」


「なんで?」


「友達だもん。友達にあんな事しないよ」


「友達じゃなくなったら、なんか平気でやりそう」


「まあ、友達じゃなくなったらやるかもね?」


「おい!」


「冗談冗談」


 鷹司は何となく振り返り、バッタを見ようとした。

 ただ、離れすぎたのか、もうバッタは見えなかった。


 忠之とはしばらくして別れ、風呂に入り、夕飯を済ませ、ゲームなどをしてからベッドに入った。

 寝る前、なんとなく、あのバッタがどうなったのか気になった。


 忠之の言うように、途中で蟻にでも食べられたのか。

 それとも、どこか遠くに逃げてしまったのか。

 明日見に行ってみようかな?

 うん、そうしよう。

 でも⋯⋯見つかるかな?


 ──しかし朝起きた時には、バッタの事など忘れていた。



 何年かに一度、鷹司は不意に思い出す。


 足を失い、イモムシのようにモゾモゾと歩いていたバッタと、それを見ながらニヤニヤしていた忠之の事。

 見に行ってみればよかったかな、という、後悔とまではいかない、ちょっとした好奇心。


 そして──バッタにとって、両足を自切するのは自殺に等しいという、忠之の、質の悪い冗談を。







 

 




 小学校の頃からサッカーをしていた鷹司は、中学に入ってすぐレギュラーに抜擢された。

 それが気に入らなかったのだろう。


 鷹司のせいでレギュラーから外された先輩も、最初は「なんでお前がレギュラーなんだよ」といった愚痴から始まったのだが、鷹司の「先輩の方が下手なんだから仕方ないじゃないですか」という一言から様子が変わった。


「お前、大体生意気なんだよ!」


 殴りかかってきた先輩を返り討ちにしたまでは良かったが、他の先輩たちからも囲まれ、多勢に無勢。


 上級生の手によって、鷹司はボロボロになってしまった。

 それでも、半分以上の先輩を殴り飛ばしたのだから、あまり敗北感はなかった。


 痛みと疲れから地面に寝ころんでいると、女生徒から声を掛けられた。


「あの、これ、使ってください⋯⋯血が出てます」


 見慣れない顔だ。

 しかし制服の襟についた校章の色で、同級生だとわかった。

 同級生のほとんどが、小学生時代からの知り合いだが、一部よその学区から来た生徒もいる。

 彼女もそうなのだろう。


「えっ、あ、うん」


 少女から差し出されたハンカチを受け取る。

 血を拭き取りやすくするためか、濡らしてあった。


「あの、それ、返さなくていいんで⋯⋯じゃあ」


 少女はそれだけ言うと、そそくさと立ち去った。

 礼を言うヒマもなかった。


 濡れたハンカチで顔を拭く。

 白い生地はすぐに赤く染まったが、ハンカチからはいい匂いがした。








「忠之、あの子知ってる?」


 全クラスが集まる朝礼中、ハンカチを渡してくれた少女を見かけた。


「あー、吉野さん? 詳しく知らないけど頭良いらしいよ」


「ふーん⋯⋯」


 吉野さんか。

 まだお礼言えてないんだよなぁ。


 何か話し掛けるのも気恥ずかしい。

 ハンカチは新しく購入し、常にカバンにいれてあったが、結局渡せなかった。





 中学三年。

 吉野さんは忠之と同じ高校に行くらしい。


「なあ、忠之。俺も同じ高校に行きたいからさぁ、勉強教えてくれよ」


「えーっ、今から? だけどあそこ、サッカー強くないよ?」


「いいんだよ、どうせプロとか目指してる訳じゃないし」


 香苗とともに忠之に勉強を教えて貰い、何とか同じ高校へと進む事ができた。



 高校二年。

 春のクラス替えで、初めて吉野美沙と同じクラスになった。

 中学時代から遠巻きに見ていただけ。

 休み時間になり、勇気を出して声を掛けた。


「あ、吉野さん」


「あ、加藤くん⋯⋯なんか、初めて話すね、同じ中学なのに」


 初めて、話す⋯⋯。

 そっか。

 自分にとっての大事な思い出が共有されていない事に、少し寂しさを覚えた。


「うん、そうだね⋯⋯でさ」


「あ、鷹司どうしたの?」


 忠之が話に入ってきた。

 吉野さんは忠之を見ると、ほんの僅かだが嬉しそうな表情を浮かべつつ、鞄から本を取り出した。


「あ、東村くん。これ、前に言ってた参考書⋯⋯」


「えっ、マジで持ってきてくれたの!?」


「うん、私もこれで凄く勉強進んだから」


「ありがとう吉野さん!」


「ううん、私も、東村くんが一緒の大学だと、なんか安心だし」


 忠之と一緒の大学。

 自分が今から勉強しても、流石に難しいだろう。


 勉強について話す二人の側で、鷹司は強い疎外感を感じた。







 ──やってしまった。


 高校二年の夏。

 香苗と二人で過ごしていた時に、何となくエロ話で盛り上がり⋯⋯手を出してしまった。

 

 忠之が香苗に惚れているのは知っていた。

 だが鷹司も思春期真っ只中。

 罪悪感を覚えながらも、それこそ猿のように、暇さえあれば香苗との情事に励んだ。


 香苗とそういう仲になって3カ月ほどした頃。

 情事が終わり、いつものように二人でベッドに寝ころんでいると、香苗から告げられた。


「鷹ちゃん」


「ん?」


「私さ⋯⋯忠之に告白されたの」


「えっ⋯⋯マジ? 俺達の事言ったの?」


「言えるわけないじゃん⋯⋯それで、どうしようって」


「どうするも何も⋯⋯」


 ──その時。

 吉野さんと忠之が、楽しそうに笑ってるのを思い出した。


 そっか、なら⋯⋯。


「まあ、別に付き合えばいいんじゃね?」


「えっ?」


 驚いた声をあげた香苗を見る勇気はなく、視線を外したまま言った。


「だってさ、俺たち別に付き合ってるわけじゃねーし」


「⋯⋯そっか」


 しばらくして、香苗が言った。


「じゃあ私、忠之と付き合う⋯⋯それでいいんだよね?」


「うん、アイツお前にベタ惚れだし」


「じゃあ、もう、こういう事しないよ?」


「まあ、仕方ないんじゃね?」


 そのまましばらく二人は黙っていたが⋯⋯香苗は身支度したのち、鷹司の頬を叩いた。


「鷹ちゃんの⋯⋯ばーぁあああか!」


 そのまま部屋を飛び出す香苗を、鷹司は追いかけなかった。


 もし、忠之と香苗が付き合ったら──吉野さんは、俺を見てくれるかも知れない。


 罪悪感と期待感の狭間で揺れながら、鷹司は叩かれた頬をさすった。



遂に始まった鷹司末路編

全四話になります!


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[良い点] やられキャラ以上に主人公がゲスいところ
[良い点] 香苗編の終わりがちょっといい感じふうなのが少し引っかかっていて、それを「まあ子供に罪は無いし……」みたいに誤魔化してたんですが、今話でほぼトントンくらいに解消してすっきりして良かった。 (…
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