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Neighbor

作者: Satanachia


 私の名前は、鈴原 花。

これは私と、あるアプリの物語だ。


小さい頃に、母の車で流れていた曲に一瞬で心を奪われた。

 その時に「歌」というものを知って、その時に「歌手になりたい」という夢ができた。

 両親はありがたい事にその夢に肯定的で、玩具のマイクを持って毎日歌う私をいつも笑顔で見守ってくれていた。

 幼稚園、小学校でもずっと暇があれば歌を歌って、小学四年生の時に歌のコンクールで金賞をとった事が自信になって、更に歌の世界にのめり込んだ。

 だから、両親も音楽の授業に力を入れている中学校を紹介してくれて、迷う事なく私もその学校を選んでいた。

 そしてそこで、私は出会った。

 私が金賞をとったコンクールで、私と僅差で銀賞をとっていた声の綺麗な女の子。その子と出会い、時間が掛かる事なく「親友」と呼べる間柄になっていた。

彼女は音楽の才能に溢れていて、三年間共に学び、共に過ごしていくうちに「親友」であると同時に私の「目標」になっていって、彼女も同じように私に対してそんな意識を持ってくれていたと思う。卒業と同時に彼女は親の仕事の都合で遠くへ引っ越してしまって同じ高校に行く事はなかったけれど、一生の友情と、いつか果たす「約束」を誓い合い、別れた。

 ……そして、高校二年生になって

「おはようございます。鈴原さん」

「おはようございます」

 部屋に入ってきた看護師に、上半身を起こして会釈する。

「体調はどうですか?」

「今日も、胸が苦しいです……」

 私の夢と約束は、心臓病に奪われた。


「……!」

 歌を歌おうとして息を吸った時に、違和感を覚えたのが始まりだった。少しだけ胸の中で何かが閊えたように感じた。

「気のせい……かな……」

 最初はそうだと思った。しかし、日を追うごとに確信に変わった。

「ぁ……」

 一週間後にはサビの前で胸が締め付けられるような感覚を覚えるようになって、

「ッ……はぁ……」

 その数日後には、大きく息を吸うと胸が激しく痛むようになった。

「ッ……!」

 そしてとうとう限界が来て……。

「花ッ……?」

「……お母さん、私……歌えない……」

 私は病院に運ばれた。

 検査をした後、お医者さんから現実を突きつけられた時間は、苦痛でしかなかった。

 心臓の回復は見込めずドナーが必要になる事、ドナーが見つかるまでは入院が必要になる事、そして、ドナーが見つからなければ一生歌を歌えずにそのまま死ぬ事。そんな現実がいきなり私を叩き伏せた。

 母は絶望し、父は言葉を失い、私は気付いた時にはすすり泣いていた。

そして私はドナーという淡い希望に縋りながら、ベッドの上で時間を浪費する事を余儀なくされた。病室が私の「自室」になり、ブレザーではなく入院患者の服と空色のパーカーが私の「制服」になり、聴くと、現実が突きつけられているようで嫌になるから音楽プレイヤーは使わなくなった。

そんな空虚な時間をかれこれ三か月続けて正直頭がおかしくなりそうだったが、依然ドナーは見つからなかった。


「……」

(何で……私なんだろう……)

 難病にかかれば誰もが思うであろう疑問が、常時頭の中に過る。そんな疑問が浮かばないくらい平和な日常をこれからも送りたかったのにと、私は表情を曇らせ俯いた。

「本当なら、今の時期は高文連に向けて毎日合唱の練習をしているのに……」

 私が所属する合唱部は今どうなっているのだろう?

 入院してすぐの頃は何度か部活の人達が来てくれていた。その時に自分がいなくなってどうなったのか、皆はどう思っているのかを教えてもらった。

 しかし、本番が近付くにつれて一人の欠員に構っていられる程の余裕はなくなっていくのか、最近は誰も来てくれないから今の合唱部の状況を知る事ができない。

「誰か来てくれたなら、少しはましなのに」

 そんな事を呟くが、余計に寂しく感じる。何処を見ても似たような単語が羅列された寄せ書きを見れば、一度人が来なくなった時点でもう誰も来ないであろう事は容易に想像できた。

 見かけでは心配するような顔をして、口先だけではドナーが見つかる事を願うような旨の言葉を紡いでいても、結局心の内側では「自分じゃなくてよかった」と胸をなでおろしているのだろう。私も病人ではない立場ならそうなってしまうだろうから、それに関して否定するつもりはない。普段当たり前に思っている健康の「重み」を人間が理解するのは、結局自分や、身近にいる人が難病にかかって死にそうになっている時なのだから。

「ただ……、寂しい……」

 時々、このままドナーが見つからずに、この何もない時間をリピート再生するテレビのような空間の中で一人で死んでいくのかと考えて怖くなる。

 結局人間というものは、最後には一人になるのだろうか……?

「こんな毎日を、あとどれくらい生きればいい……?」

 答えのない、仮にあったとしても自分の望む答えは返ってこないであろう問いを口にして、私は窓の外を眺め続けた。


 2


「……」

 時刻は十七時になっていた。ぼんやりと見つめる窓の外には赤くなった空が広がっている。

「鈴原さん、入りますよ」

 ドアの向こうから看護師の声が聞こえた。

「あ、はい。どうぞ……」

 私が返事をすると、彼女が入ってきた。

「宮本さん……」

「具合はどうでしょうか?」

「朝よりは楽です」

「それはよかった」

 彼女は私の担当看護師だ。仕事だからなんだろうけど、この人はずっと私の傍にいてくれる。だから、毎日が退屈だが彼女が来てくれる時だけは寂しさが紛れて少しだけ楽しくなる。彼女がどう思っているかは知らないが、毎日毎日楽しみが何もない病室での生活に耐えているのだから、この程度の楽しみは持っていても罰は当たらない筈だ。

 夕食の時間まで彼女と一緒に話をするのが日課で、今日もいつものように軽い雑談をしていた。

「そうだ、鈴原さん」

 そんな時、彼女がスマートフォンを取り出した。

「……?」

「これ、やってみない?」

 そう言って彼女が見せてきた画面を私は覗き込む。

「これは……、何かのアプリですか?」

「そう。『My Neighbor』っていうアプリなんだけどね、色々な人とSNS上で交流ができるアプリなんだ」

 画面にはシルクハットと蝶ネクタイを着けた二羽のフクロウが寄り添っているイラストと彼女が言ったアプリの名前が少しだけ太めの筆記体で書かれていた。

「でも、そういうアプリって他にも沢山ありますよね?」

「確かにそうだけど、他のと比べて結構使いやすいのよ。私も他の患者さんから教えてもらったんだけど、スイッチを押しただけで掃除機を壊すような私みたいな人でもなんとかなったわ」

 少し冗談交じりに笑いながら彼女は話す。

「そう……なんですね……」

「まぁまぁ、騙されたと思って使ってみて。少しは退屈も紛れるんじゃないかしら?」

「はぁ……」

 思わず微妙な反応をしてしまったが、何もしないよりはと、私はスマートフォンを起動した。


 夕食を終えて寝る準備を整えた私は、例のアプリを起動してみる事にした。

簡単なユーザーの設定を終えてアカウントを作成し、自身が興味のあるジャンルや言葉を検索してそれに付随した投稿やコメントを投稿しているユーザーを探す。

 確かに使いやすい。手軽に気を紛らわす手段として勧めてきた彼女の判断も分かる気がする。

 適当に言葉を決めて、出て来たユーザーを少し速いスクロールで流し見る。そんな事を暫く繰り返しているうちに、結構長い時間が経っていた。効果あり。お世辞にも楽しいとは言えないが、ベッドの上で無駄に寝転がっているよりはよっぽど良い。

「そろそろ寝よう」

 明日も眺めようと決めて、アプリを閉じようとした時、

「ん?」

 画面に映っていた、あるユーザーの投稿が目に留まった。

「これは……」

 青い帽子が乗せてあるシンセサイザーの写真をアイコンにしている『R』という名前のユーザーだった。主に音楽に関する投稿をしている人のようで、ジャンル問わず有名な曲を演奏してみる動画なども投稿していた。その人の最新の投稿が気になったのだ。

どうやら自分で作った曲らしく『まだ無題・いずれタイトルが決まる曲』というコメントが書かれていた。

「……」

 私は入院してから一度も音楽を聴いていなかった。それ故少しだけ躊躇ったが不思議と拒否感は感じなかった。

「聴いてみよう……」

 ベッドの横の引き出しからイヤホンを引っ張り出して準備を整えた。

「……」

 一体どうしたのか、何故急にこんな事をしているのかが自分でも分からなかったが、心の中のどこかにどうしても聴くべきだと思っている自分がいるように感じた。

「よし……」

 ほんの少しだけ覚悟を決めて、私は動画を再生した。


「っ……!」

 結論から言うと私は今までの人生の中で初めての衝撃を味わった。

 バラード調の前奏から始まる静かで穏やかな曲だったが、低音域のサウンドにその深みを消し去るどころか十二分に引き立てる中音域と控えめなパーカッション。そして何よりも高音域の美しすぎる旋律。何処を取っても悪い部分が見当たらなかった。

「本当に……これを一般の人が作ったの……?」

曲が終わる頃には体中を熱く迸る情熱に似たものが循環しているような感覚を覚えた。

「なんて、素敵な曲……!」

 それは、歌手という夢が初めてできた時に抱いた気持ちに似ていた。

「この人も……音楽が好きなのかな……」

 気付いた時には、私は指を動かしていた。

『とても素敵な曲ですね』

 沢山のコメントの中に埋もれてしまうであろう至極普通のコメント。それでも何か気持ちを伝えたかった。

「寝よう……」

 スマートフォンを充電器に刺し込んで、私は横になった。

 いつもは胸が苦しくて寝つきが悪いのだが、その日は何故かぐっすりと眠れた。


「気に入ったかしら?」

 夕方になって、宮本さんがアプリの感想を聞いてきた。

「そうですね。いつもより有意義な時間の使い方ができている気がしています」

「それはいい」

 そう言って彼女は笑う。

「そうだ、ネイバー機能を使ってみない?」

「ネイバー機能……?」

 彼女はアプリを起動すると、私のユーザーを見つけてから画面を見せて来た。

「ここのアイコンを使うと、任意のユーザーと一対一で会話できるんだ」

「一対一で……」

 宮本さんが画面にある二羽のフクロウが隣り合わせになっているアイコンをタッチすると、新しい画面が表示された。

「いくよ」

「え?」

 宮本さんがスマートフォンを操作すると、数秒後に通知音と共に『こんにちは』というメッセージが彼女のユーザーのアイコンと共に表示された。

「ほら、やってみて」

「あ、はい」

 私も『こんにちは』と送ってみる。

 数秒後に同じ通知音が宮本さんのスマートフォンから聞こえた。

「面白いでしょう?」

 彼女は笑った。

「もしも、誰かと話したくなったら使ってみるといいわよ。見ず知らずの人に対して使うと、返事が来るかは運次第だけど」

「……あ」

 宮本さんの話を聞きながら、私は昨日登投稿した「届くか分からないコメント」を思い出していた。


 いつもよりも早く寝る準備を整えて、私はアプリを起動した。普段九時には電気を消すが、誰かにメッセージを送りたい時は早い時間の方が良い筈だ。

「届くかは……運次第……」

昨日のコメントもそうだが、今から送るメッセージも届くかは分からない。

「それでも……」

 伝えたかった。昨日の感動は間違いなく本物だったから。

 アプリを起動し、『R』のユーザーを探す。

「あった」

 そして、「ネイバー機能」を使用した。


『こんにちは』

「……どうかな」

 それからいくつかのメッセージを送ってみた。少し不安だったが、暫くするともう勝手に指が動いていた。

「……!」

 そして、十六個目のコメントをしたところで我に返った。

「流石に、やりすぎた……かな」

届く保証のないメッセージを長々と一方的に送った事に少しだけ羞恥を覚えた。

「これはちょっと……怖がらせてしまうかもしれない……」

 苦笑いをしながら私はアプリを閉じた。そして、そのままスマートフォンを充電器に刺し込んで横になる。

「……寝よう」

 リモコンで病室の電気を消して目を閉じた。


「……!」

 その時、スマートフォンから発せられた通知音を聞いて一瞬で目が覚めた。

「っ……!」

 思わずコンセントから充電器ごとスマートフォンを引っこ抜いた。

「あ……」

『メッセージありがとう。曲を作るのは初めてだったけれど、そんなに喜んでくれる人がいたなら嬉しいな』

 そんな言葉が返ってきた。

「あ……あぁ……」

 いきなりの出来事に私が面食らっていると、『R』は続けてメッセージを送ってきた。

『貴方も音楽が大好きなのね。送ってくれたコメントからそれが凄く伝わってきたよ』

 恥ずかしい。

 今となって十六個もコメントを送った事に羞恥心が物凄く刺激された。『R』がそのコメント全てを一つ一つ見た上であの返信を送ってきたと考えると耳まで赤くなってしまう。

 しかし、私が人生最大の羞恥に悶絶しているのをよそに『R』はコメントを続ける。

『もっと話そう。貴方の事、もっと知りたい』

「……!」

 スマートフォンを起動してからのこの数十秒で、何度も驚くような事が起きて私は困惑する。

「……でも」

 願ってもない展開に喜びを覚える自分も心の中にいる事に、とっくに気付いていた。

「痛い。夢じゃない……」

 頬を思いきり抓って現実を認識した時、既に私が次すべき行動は決まっていた。

『喜んで』

 少し堅苦しい返事だったと数秒後に指摘されてまた赤面する事になるが、私は『R』にそう返した。


 3


 『R』との交流を始めて一週間が経ち、色々と知る事ができた。

 『R』もとある事情によって入院している女性であり、例の曲は入院前に作ったらしい。不謹慎だと思って詳しい事は聞かなかったが、実は確実に私よりも先に亡くなってしまうらしく、彼女曰く残り少ない余生を謳歌しているらしい。辛い現実が嫌になったりしないのかと気になったが、彼女は逆に一生懸命生きるきっかけになったと、顔が分からなかったが少なくとも文章からは悲観的な感情が伝わってこなかった。

彼女の常に前向きで明るい言葉を見ていると少しだけ心が楽になった。確かに人生に絶望している人に、あのような曲が作れるとは私には思えなかった。

彼女と話している時間がとても楽しく、毎晩彼女とやり取りができる午後八時からの一時間を、私は楽しみに待つようになった。

その時間は、胸の痛みも死への恐怖も少しだけ紛れた。


「最近気分が良いみたいね」

「そうですか?」

「一週間前に比べて顔色も良いし、笑顔が増えたわ」

 宮本さんに言われて、私は自分が笑っていた事に気付いた。

「ネイバー機能……ですかね……」

 その機能で知り合った存在との時間がきっと私をこうも変えたのだろう。

「そう、役に立ったようでよかったわ」

「はい。宮本さんのおかげです」

 満足気に笑う彼女に、私も笑顔を見せた。

「宮本さん」

「何?」

 私は『R』の事を宮本さんに話した。ネイバー機能で知り合った、似ている境遇の音楽が好きな女性の話。いつも以上に興奮気味に話してしまったが、宮本さんは聞いてくれた。

 そして、長話に夢中になっているうちに宮本さんが他の仕事で離れる時間になった。

「よかった。貴方が少しでも前向きになるなら、あのアプリを勧めた甲斐があった」

「はい。おかげさまで」

「じゃあ、後でね」

「はい」

 宮本さんを見送る為に、私は身を乗り出した。

「よかったわ……順調そう……」

「え……?」

 その時、彼女が小声で呟いた言葉が気になった。

「宮本さん?」

「あ、いいや、何でもないの……」

明らかに動揺する彼女に違和感を覚えたが、

「ッ……!」

「鈴原さん……?」

「うぅ……」

 そんなものは胸の痛みに消し去られた。

「まずい……!」

 慌てて病室を飛び出す宮本さんの背中を見ながら、私は目を閉じた。


 ぼんやりと見つめる窓の外では雨が激しく世界を殴りつけていた。なんとか峠は越えたものの、胸の中で地獄の業火の残り火のように留まり続ける痛みに擦り減る私の心の中を反映しているようだった。

「はぁ……」

 雨の音しか聞こえない静かで真っ暗な部屋の中で私は溜め息をついた。最近微かに忘れかけていた死への恐怖や、自分が立たされている状況への悲観が一気に呼び戻された気がしていた。

「私は、あの人みたいに強くないよ……」

 私は、何処までも前向きな『R』の言葉を思い出していた。

「あ……」

 時計を見ると八時半で、スマートフォンにも幾つか通知が来ていた。

「……」

 正直言って誰かと話す気分ではなかったのだが、何も返さないのは失礼だと思ったので私はアプリを起動した。


『どうかしたの?』

いつもは私の方から連絡を入れるため、八時を過ぎても何もない事に『R』も不思議に思っていたらしい。

『すみません。体調が悪化してしまって』

 充電が切れていたとか、人が来ていたとか、そんな嘘で誤魔化そうとも思ったが、私は素直に事実を書いた。

『そうだったの? 大丈夫?』

 数秒後に彼女から返信が来た。

『心配ありませんよ。もう大丈夫です』

『そうなの?無理しないでね』

『ありがとうございます』

 彼女は心配していたようだが、私がなるべくいつも通りを心掛けていると、彼女も察したのかいつものようなやり取りを展開してくれた。彼女は本当に優しい人だと思う。

 

 十五分ほどやり取りをしていた時、『R』がメッセージを送ってきた。

『そういえば、新しい動画を作ったんだ。少しでも元気になってくれればと思うんだけど、今から送っても大丈夫かな?』

「!」

 願ってもない話だ。

『はい。是非』

『わかった』

 数秒後動画が送られてきた。『R』が作ったあの曲に歌詞がついている動画だった。「友情」や「愛情」をテーマにしているのか、大切な存在へ向けた感謝と誓いのような、健気なラブソングのようだった。

「素敵な歌……」

 普段の彼女の言葉遣いとは大きく変わった寂しげで献身的なフレーズに少しだけ驚いたが、お洒落な吟遊詩人が紡いだような芸術的な言葉の羅列から彼女の才能が窺えた。

「本当に凄い人なんだな」

 彼女の才能を認識すると共に、私は再びこの曲に魅了された。

『最高です。とても元気になりました』

『よかった。作詞なんて初めてだったからちょっと不安だったんだ』

 そうして彼女と話していると、一つだけ疑問が浮かんだ。

『実際に歌ってみる動画は作らないんですか?』

 すると、彼女の返信が止まった。

 

(もしかして、聞いちゃダメな事だったかな……)

『ごめんなさい。変な事を聞いてしまいましたか?』

 慌ててそう入力して、私はコメントを送ろうとした。

『実は、この曲を歌って欲しい人がいるの』

 しかし先に『R』が返信してきた。

「歌って欲しい人……?」

 私は入力した文を消去して、彼女の返信を待つ事にした。

『本当は作詞をするつもりはなかったけれど、貴方と友達になって貴方の事を色々知ったら、貴方の歌を聴いてみたくなったんだ』

「え……」

 目の前の文章に私は驚いた。

『私は貴方にこの歌を歌って欲しい。もしもドナーが見つかって、元気になってまた歌手になる夢を目指す事ができたなら、私はその夢を応援したい』

 彼女の言葉に戸惑いながらも私は必死に指を動かした。

『私なんかで本当にいいんですか?』

これだけの才能を持った人が、淡い希望に依存して将来を滞らせている自分のような人間を歌い手に選んでいる事が信じられなかった。

『貴方しかいない。私と同じくらい、もしかしたら私以上に音楽が好きな貴方みたいな人の為に、私は曲を作りたい。私が歌うよりも、きっと貴方みたいな人がこの歌を完成させる事ができると思う』

「あ……」

 私は似たような言葉を、以前も聞いた事がある事を思い出した。

 中学を卒業して別れた私の「親友」が、未完成の曲のスコアを握り締めて私に言った「約束」が、そんな内容だったのだ。

「そうだった……」

 私にはまだ、やらなくちゃいけない事が残っていた。

『まだこれからどうなるのかは分からないです。ドナーが見つかるのかも、私の夢が叶うのかも』

 私は続けて指を動かす。

『それでも、もしも何もかも上手くいったときは、私も貴方の曲を歌いたいです』

 私の「親友」は、曲が完成したら必ず会いに来て、「私が歌う」歌として渡すと言っていた。それに対して私は、その歌に見合うような素晴らしい歌手になって、安心して彼女が歌を渡せるようにすると約束した。

「そうだよ……」

 その約束を果たす為に、多くの人達が「私」に歌って欲しいと歌を作るような、そんな存在になろうと歌い続けていた自分を思い出した。

『大丈夫。きっと何もかも上手くいくよ』

「はは、無責任だなぁ」

 彼女の返信を見て、私は自然に笑顔を浮かべていた。

「もう少しだけ、頑張ってみよう……」

 蘇っていたマイナスな感情を再び思考の中から追放して、私は目を閉じて眠りについた。

 依然外では激しい雨が降っていたが、もう何も気にならなかった。


 4


「ドナーが……見つかった……?」

 母が目を見開いてそう聞くと、お医者さんは頷いた。

「はい。一週間ほど前に娘さんのドナーを了承して下さった方がいたのですが、検査の結果娘さんと適合しました。手術が可能です」

「よかった……」

 その言葉を聞いて母は涙を流して顔を覆った。

 私もつられて泣いてしまいそうだったが、それよりも重要な事がある。

「その人やご家族に、会う事は出来ますか?」

 私が聞くと彼は首を横に振った。

「申し訳ございませんが、ドナー本人の希望によりそれはできません」

「そう……ですか」

 少し残念に思ったが、私はしっかりと彼の目を見る。

「では、その人に〝ありがとう〟と伝えて下さい」

「はい。わかりました」

 私の言葉に彼は頷いた。


 夕方になって、私の病室の扉が開くなり目を真っ赤にした宮本さんが入ってきた。

「よかった。これまでよく頑張ったわね」

 彼女は笑顔でそう言うと、両目の端を指で擦って涙を拭いた。

「いえ、宮本さんや、この病院の皆さんのおかげです」

 私が答えると彼女はまた笑顔を見せた。約三か月の間ずっとずっと後ろ向きだった私に根気強く向き合ってくれていた人だ。この笑顔は今までの彼女の行動が報われた事も意味していると思う。それくらいに眩しい笑顔だった。

「でも、喜ぶのはまだ早いわね」

 しかし、そう言うなり彼女はすぐに真剣な表情に貼り換える。このあたりの切り替えは流石プロである。

「真に喜ぶのは手術が無事成功してからだものね。鈴原さん。最後にもう少しだけ、頑張ってね……!」

「はい」

 私は彼女の顔を見ながらゆっくりと頷く。

手術は明日の午前十時からと決まった。窓から見える夕日を背に、覚悟を表情に填め込んだ私を見て宮本さんも頷いた。

「さて、湿っぽい雰囲気はもういいわね」

 私のベッドの横に椅子を出しながら彼女は言った。

「今日は、沢山お話ししましょう。できれば、前向きな話題で……」

 彼女の表情には少しだけ不安な様子が見て取れたが、笑顔のままで私を見つめていた。大きな手術を目前にした私を少しでも勇気づけようとしてくれているのだろう。

 ありがとう。それはもう十分伝わっています。

「はい。じゃあ、思いきりいきますね」

「楽しみだわ」

 思えば、こんなにも声を出す事を楽しむのはいつぶりだろうか?

 私はずっと、喋り続けた。


「八時……」

 私は時計を確認し、スマートフォンを起動した。

「最後にもう一度、勇気を貰おう」

 私は『R』のアイコンをタッチしてネイバー機能を使う。

『こんばんは』

 すると、画面が開くと同時に彼女からメッセージが来た。

『こんばんは』

 私も返信する。そしてその後にドナーが見つかった事を伝えた。

『よかった。もう一度夢を追いかけられるね』

「もう、まだ早いよ」

 私は笑う。手術が成功するまでは真に安心はできないが、その辺の事もすっ飛ばして喜ぶのはいかにも彼女らしい。

『明日の午前十時から、手術です。』

 私がそう送ると、『R』は予想外の返事を返してきた。

『なら、お互い頑張らないとね。私は今夜の十時から手術なんだ』

「え……」

 私はその場に凍り付いたが、すぐに彼女は続けた。まるで私がこうなる事を見越していたかのように、四部休符よりも短いスピードで送られてきた。

『大丈夫だよ。貴方のよりも大変な手術じゃないから』

「そんな事……」

『それに、貴方が頑張るなら、私も勇気を出さないと。もう、作り笑いで虚勢を張るのはなしにしたいんだ』

「……!」

 私はようやく理解する。やはり彼女も恐れていたのだ。残り少ない時間を生きる事の辛さを、きっと彼女は私以上に知っていたのだ。

「……」

『私は、貴方から勇気を貰いました。明日の手術にも恐怖なんて微塵も感じてません』

 私は指を動かし続ける。

『貴方との約束を生きて果たすと決めた時から覚悟は決まっています。だから、頑張ってください。私も頑張ります』

「……」

 その二つのメッセージを送って、私は手を止める。私が思う事を全て伝え終わったから。

「……あ」

 数分後に『R』が返信した。

『ありがとう。頑張るね』

「……うん」

 私は笑う。画面の向こうで、彼女もそうしていると思ったから。

「……最後に」

 私はメッセージを入力して、送信した。

『どれだけ辛い運命さだめの中でも、私は貴方の隣で立っている』

 それは彼女が作った歌のフレーズで、最も私の印象に残っていたものだった。なんとなくだが、これが彼女が一番伝えたい想いだと思った事と、私が今一番送るべき言葉だと、そう思った。

「私も、隣の人に……勇気を与えられる人でありたい」

『やっぱり、貴方に渡してよかった』

 最後にそう返して、『R』は画面から退出した。

「うん」

 私は、もう一度笑う。

 画面の向こうで、彼女もそうしていると思ったから。


「……」

「鈴原さん……時間よ……」

「はい」

 宮本さんに呼ばれた。緊張を顔に張り付けた彼女を見ながら私は準備を整えた。

 いよいよか……。

 私はスマートフォンを起動して、アプリを開く。通知は来ていなかったが、『R』との過去のやり取りを見ているだけでも心が落ち着いた。

「大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です」

 今一度覚悟を決めて私は宮本さんを追いかける。

「花……」

 病室から出ると、母が呼びかけて来た。

「しっかりね」

「うん」

 彼女は不安な表情を浮かべていたが、私はもう何も怖くなかった。

 そして十分後、午前十時を告げる声を聞きながら、私は目を閉じた。


 5


「……」

 次に私が目を覚ました時、もう夕方だった。

「病室……」

 頭がぼうっとする……。

 私が周囲の様子を見ていると、病室の扉が開いた。

「……!」

 入ってきた女性が私と目が合うなり病室を再び出ていった。

「……」

 そして、大勢の足音と共に病室に人が入ってきた。

「花……」

「……お母さん」

 まだ焦点が定まらない目で彼女を認識すると、私はそれだけ口にする。

「手術は成功しました」

「もう大丈夫よ。鈴原さん」

「っ……!」

お医者さんと宮本さんの言葉を聞いてようやく私の意識は正常になった。

「ああ……そうですか……もう、大……丈夫ッ……!」

 私は思わず泣きじゃくった。もう、怖い思いも、痛い思いもしなくて済むのかと、やっと前へ歩き出せるのかと、ようやく実った切望が私の涙腺を絶えず刺激していた。

 そんな私を沢山の笑顔が見守ってくれた。


「え……」

 午後八時、私はアプリを起動して驚愕する。

「どうなってるの……?」

『R』のアカウントが何処を探しても見当たらない。名前を入力しても、関連する言葉を検索しても、彼女のアカウントを見つけ出す事ができなかった。

「な……なんで……」

 私が困惑していると、病室の扉が開いた。

「鈴原さん……」

「え……宮本さん……?」

 普段彼女が来ることがない時間だったので、私は驚いた。

「ど……どうしたんですか……?」

 私は彼女に問うと同時に、何か不安な気持ちが過るのを感じ取る。

「貴方に、話しておかなければいけない事があるの……」

 そう言って、彼女はポケットから青いスマートフォンを取り出した。

「……?」

(普段宮本さんが使っていたのは、黒だったけど……)

「それは……」

「私のじゃない……」

 彼女はそこまで言うと俯いた。

「あの……」

 彼女がその先を言うのを一瞬だけ躊躇ったように見えた。

「……」

 しかし、真剣な表情でこちらを見つめると、彼女は再び口を開いた。

「これは、『R』のスマートフォンよ……」

「……!」

 私は我が耳を疑った。彼女の発言が信じられなかった。

「ど……どういう事ですか……?」

「私が、彼女から預かったの。彼女の手術前に……」

「え……」

 理解が追い付かなくて私は混乱した。

「……!」

 しかし、私はすぐにアプリを勧めて来た時に宮本さんが言った事を思い出した。

「私も他の患者さんから教えてもらったんだけど……」

 他の……患者さん……?

「まさか、彼女もここに入院していたなんて……」

 信じがたい事実に驚愕していると、宮本さんが口を開いた。

「貴方にアプリを勧めたのも、ネイバー機能を教えたのも、全部彼女に頼まれたからなの」

「……!」

 まだ脳内がこんがらがっていたが、私は重要な事に気が付いた。

「彼女は……どうなったんですか……?」

 宮本さんが『R』とも面識があったというのなら、彼女の手術の結果も知っている筈だ。

「宮本さん……」

「……」

「っ……」

 宮本さんの反応を見て私は、彼女がどうなったのか、そして彼女のアカウントが急に見つけられなくなった理由を理解した。

「亡くなったわ……」

「……!」

 言葉を失う私を宮本さんは悲観に満ちた目で見つめていた。

「預かる時、貴方の手術が終わった後にアプリをアンインストールするように言われたのよ。彼女は、自分が死ぬ事を……分かっていたから……」

「死ぬ……?」

 私は彼女の言葉を一瞬理解できなかった。

「なんで、そんな事……」

 しかし、すぐに一つの仮定が確信に変わる。

「ッ……!」

 そんな……まさか……

「私の……ドナーは……」

「以前から彼女は貴方の事を知っていたらしいわ……」

 そう言うと、彼女は青いスマートフォンを起動し、フォトのアイコンをタッチし、動画のアルバムを開いた。

「手術前に、彼女に頼まれて私が撮影したの……」

「っ……」

 動揺する心を何とか押さえつけて、私は画面を覗き込んだ。


「……!」

 画面には車椅子に座った青い帽子の女の子が映った。帽子を深く被っている上に体中を包帯で包んでいたため、顔までは見えなかったが同じくらいの年齢に見えた。そして、彼女の被っている帽子は間違いなく『R』のアイコンに映っていたものだった。

(この人が……)

「いいよ」

 宮本さんの声が聞こえた。それを合図に『R』はカメラに目線を向けた。

「……え」

 顔も半分くらいが包帯で隠れていたが、彼女の顔には見覚えがあった。

「花ちゃん。手術成功おめでとう」

 彼女の声はとても綺麗な声だった。そしてその声が、私の記憶を呼び起こした。

「凜ちゃん……?」

 どうして気が付かなかったのだろう。よく考えれば彼女と分かる要素は沢山あったのに。私の目の前には、高校入学前に分かれた「親友」が映っていた。

「どうして……」

 私の発言を大方予測していたかのように彼女は話し続ける。

「私、つい最近交通事故に遭っちゃって入院したんだ。お父さんもお母さんも死んじゃって、私も生きているのが不思議なくらいにボロボロになっちゃってね。臓器も大半がやられちゃったし、体中後遺症だらけで、夢を追いかけるどころじゃなくなちゃったんだ……」

 明るい口調で笑顔も崩さなかったが、無理して笑っている顔だというのは見ればわかった。本当に作り笑いで虚勢を張っているようだった。

「そんな時に、花ちゃんも入院していると知った時は驚いたよ。それにドナーが必要だって聞いて私、居ても立っても居られなくなったんだ」

「そんな事……」

「幸い心臓だけは無傷だったし、花ちゃんと同じ血液型だったから、ドナーになれるかもと思ったの」

 私が伝えてもらった「ありがとう」という言葉を、彼女は一体どんな気持ちで聞いていたのだろう?

「ごめんね花ちゃん。花ちゃんは優しいから、きっと私がドナーになると知ったら納得しないと思って伝えなかったの。こんな事をしたらきっと苦しむのも知っている。でも、私は花ちゃんの夢を応援したかったから……」

「凜ちゃん……」

 言う通りだった。彼女がドナーになると言っても、きっと私は断っただろう。私の為に大切な友達が死んでしまうのは嫌だったからだ。

「本当にごめん。約束を守れなくて……」

 笑顔から一気に寂しげな表情に変わった顔で、彼女はそう言った。

「……」

 私は彼女の行動を咎める事は出来なかった。彼女も、ついこの間までの私のように辛い出来事に耐えられなかったのかもしれない。私も同じ立場ならきっと生きるのが嫌になると思う。だから、「死ぬ理由」が欲しかったのかもしれない。

 肯定はしない。否定もできない。でも、理解できる。これが彼女なりの決断なのだろう。

「私の判断は、正当化できないただの身勝手な我儘なのは分かっているし、現実に挫けて最後の最後に夢への道から逃げた私にこんな事を言われるのは嫌かもしれない。でも、後悔はしていない。花ちゃんが元気になってくれるなら……」

 そこまで言うと彼女は真剣な、それでいて申し訳なさそうな顔でカメラに目線を向けて口を開いた。

「もしもこんな私を花ちゃんが許してくれるなら……」

「……!」

「どうか、素敵な歌手になって欲しい……」

「凜ちゃん……」

「生きて……」

 その一言を最後に動画は終わった。

 少しの間、私は何も言えなかった。


「私が『R』に、いや、凜ちゃんにドナーが見つかったと伝えた時、素直に喜んでくれたと思っていました……」

「鈴原さん……?」

「きっと、あの動画の凜ちゃんの様子からして、私が生きていく事を本当に喜んでいたと思います」

 私は宮本さんの反応も待たずに口を動かし続ける。

「昔から凜ちゃんは、私の事を過大評価していたんです。私が、友達を死なせて生き延びたという事実をも乗り越えて、真っすぐと生きていけると本気で思っていたから、きっとドナーになったんです。そんな子だったから……」

 私の手に雫が一つ右目から落ちた。

「ほんと、何処までも前向きなんだから……」

「鈴原さん……」

「私、これから真っすぐ歩いて行けるのかな……。凜ちゃんが望んだように、乗り越えられるかな……」

 罪悪感と寂しさが、心を支配していく。

(本当に、これでよかったのかな……?)

「……」

 黙り込む私を、宮本さんはずっと見つめていた。

「ねえ、鈴原さん……」

 そして、徐に口を開いた。

「……はい」

「彼女はアルバムにもう一つ動画を残していたの。見てくれないかしら……?」

「もう一つ?」

 宮本さんに言われて確認すると、確かにもう一つ動画があった。

「鈴原さん、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかしら?」

「え……?」

「この動画を見れば多分、分かるんじゃないかしら?」

「はぁ……」

 言われるがまま、私は動画を再生した。

「!」

 すると、聞き覚えのある前奏が流れた。

「この曲って……」

私が、「完成」を約束したあの曲だった。

「彼女はずっと信じていたわ。貴方がきっと夢を叶えると。貴方は彼女の応援に応えるだけでいいんじゃないかしら?」

「凜ちゃん……!」

「きっとなれるよ。それを信じて彼女は自分の夢とその歌を貴方に託したんだと思う」

「凜ちゃん……凜ちゃん……!」

「生きて……鈴原さん」

 綺麗な戦慄の中で泣き崩れた私の背を、宮本さんはずっとずっと擦っていた。

                *

                *

                *

「続いては初登場のこの人です!」

 司会を務めるお洒落なヘアスタイルの女性の言葉を合図に、キラキラと光り輝くステージに青い帽子を被った女性が歩き出す。

「よろしくお願いします」

彼女がそう言うと、司会者の女性が横に立つ。

「さて会場の皆さん、彼女の事を紹介します。今人気の大型新人、鈴原 花凜さんです」

「こんにちは。鈴原 花凜です」

 鈴原 花凜と呼ばれた女性は控えめな笑顔を作り、一礼をした。

「今日歌うのは、デビュー曲との事ですが、この曲はどんな曲ですか?」

「はい。私が学生時代に壁にぶつかって歌手になる夢を諦めかけていた時に、大切な親友が私を自分で作ったこの曲で励ましてくれました。だからこの曲は、私の夢を守ってくれた宝物です」

「友情に感謝している訳ですね?」

「本当にそうです。だから今日は、会場の皆様だけでなく、彼女に捧げるつもりで歌います」

「なるほど、そんな優しい彼女の歌をどうぞお聞きください。それではいきましょう。鈴原 花凜さんで『Neighbor』!」


 青く、静かな照明の中で鈴原 花凜は胸に手を当てた。彼女は歌を歌う時、そうするようにしている。

 自身の〝胸の中〟で生き続けている親友と繋がっている気がして、勇気が湧いてくるからだ。

「どれだけ辛い運命さだめの中でも、私は貴方の隣で立っている……」

 そして、絶対にこの言葉を唱えるのだ。


(見ているかしら、凜ちゃん。私は夢を叶えたわ。貴方が望んだとおり……)

 そんな事を考えながら、美しい旋律の中で彼女は大きく息を吸い込んだ。




 あとがき


「果てしない道でも一歩一歩 諦めなければ夢は逃げない」

 ある曲の歌詞から引用したフレーズですが、とても素晴らしい言葉だと思いませんか?

 夢という、容易に辿り着く事ができないゴールに前向きな気持ちで進んでいく勇気と意志はきっと大きくて重要な一歩となり、その一歩がどんどん歩幅を広げてくれるから、絶対に諦めない心は報われるのだと歌っているように感じます。

 夢というものは大なり小なり人間誰しもが持っている「芯」であり、「終着」であると、僕は思います。

 夢というものは決して容易に掴み取れるものではないから、それを叶えようとする心が芯となり、それを叶えようと費やす時間がその人の歴史になっていく。そうして費やす時間と軌跡の先にあるのが、夢という終着なのでしょう。

 でも、もしもその道の中に大きな壁が現れて、一歩を踏み出す事が難しくなったら、貴方はどうしますか?

 諦めないで一歩一歩進みますか?

 それとも、その壁に背を向けますか?

 この物語は、それでも歩を進められるのか、それとも足を止めるのか、そんな岐路に立たされた者の話です。


「辛い現実をも乗り越えて、最終的には夢を叶える事を選んだ」花というキャラクターと、「歩く事を辞めて、誰かに終着への到達を託す事を選んだ」凜というキャラクターを通して、夢を叶える人とそうでない人の違いを僕なりに解釈して文にしました。

 最初に書いたフレーズには続きがあって、それがこの解釈を伝えるために最も重要になってきます。


「隣にあなたがいてくれるから 逆境も不安も乗り越えていけるよ ありがとう」


 夢への道を歩いていくと、必ずそれを否定してくる人も出てきます。物語の中では深く言及する事はしませんでしたが、凜はその否定に耐えられなくなり、最終的に誰よりも自分の夢を否定してしまうようになったのではないでしょうか?

 ですが、花の方は、宮本さんや、『R』もとい凜という、自身の夢を肯定してくれる存在が「隣に」いてくれたことで、再起しています。二人の相違点は、自身を応援してくれる存在に気付けたかどうかでしょう。

 ここからは僕の持論ですが、否定されたからと言ってUターンするような人は、例え「新しい夢」という逃げ道を見つけても必ずまたUターンするでしょう。ちょっと認められなかっただけで、歩を止めていたら多分夢は逃げます。

 例え、九十九パーセントに否定されても、自分の夢を肯定し、応援してくれる一パーセントの存在の声に応える為に頑張れる人が「夢を叶える人」だと思います。

もしも、夢を追いかける過程で悩む事があったなら、まずは周囲を見てみて下さい。多分、貴方の夢を肯定して応援してくれる人が、隣にいてくれる筈です。


 この物語が、貴方が夢への一歩を踏み出す後押しをしてくれる隣人になる事を願っています。

 上手な文章ではなかったかもしれませんが、ここまで読んで下った皆様、ありがとうございました!




                                        Satanachia


































































































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