第3話 地球への旅
飛んでくるミサイルは、今にも我々3名が乗った宇宙船に当たりそうに感じたが、その前に我々の宇宙船が光速に近いスピードまで加速し、ミサイルを振り切ったのだ。
抵抗のない宇宙では慣性の法則でミサイルの速度は落ちないが、さすがに亜光速で飛ぶスターシップには追いつけない。私の唇に、自然に笑みがこぼれてくる。順調に行けば、後3週間で地球に着くのだ。
「ミサイルも、戦艦3隻も振り切りました」
スミルノフが説明する。
「我々の乗るスターシップは元々軍艦として建造された物で、太陽系では最速を誇ります。ミサイルは無論の事、戦艦3隻も今から加速しても追いつけません。あのタイプの艦は防衛用で、亜光速まで加速できませんから」
SFを扱ったメタバースによく出てくるワープ航法などという代物は未だ実用化されてないし、いつされるかもわからない。亜光速で推進するスターシップに追いつける艦はない。
そもそも私の政権下で亜光速まで加速できる軍艦を配備したが、民主制が復活してから『亜高速で推進する軍艦は、侵略目的である』として、全てエンジンをスピードの出ない物に変えたのだ。この例1つとっても民主派がいかに馬鹿なのかがわかる。
もっとも民主派の懸念も当たらずとも遠からずで、私の政権が続いていれば、亜光速推進の軍艦で月面にある独立国家ルナ・ポリスへの侵攻を考えていた。
ブリッジの後部の窓に映る青い金星は、徐々に遠ざかる。しばらく故郷を離れざるを得なくなるが、これも神が与えた試練なのだろう。今は忍耐の時期だった。脱獄できただけでもよしとせねばなるまい。
やがて腹が減ったので、操縦を自動に切り替えたスミルノフと、マルティンと3人でメシを食った。
その後2週間以上起きている時は船内のジムで運動をしたり、他の2人とビリヤードに興じたり、自分の部屋でゲームをしたり読書をしたりメタバースを体感したり、ホロムービーを観たりする。
夜は自分に与えられた寝室で寝た。ブリッジの後部窓から観る金星は、やがて宇宙に光る星の1つとなる。一方ブリッジの前部窓に観えていた星の1つが少しずつ大きくなって、金星そっくりの青い惑星になっていた。
人類の故郷の地球である。地球はさらに大きくなり、その周囲をめぐる月の姿も見えてきた。その時である。月を観ていたら唐突に、封印されていた記憶が脳裏に蘇ったのだ。
私は自分の政権が崩壊する直前民主派の軍勢の進撃により首都が陥落する前だが国庫にあった金の一部をヨーロッパの銀行に送金したのである。一部と言っても、巨額の金だ。
私を含めてその件に関わった人間は、送金に関連する記憶をメモリー・コントローラーで人工的に消した。その記憶は、私が地球に逃亡できた時戻るように設定したのだ。正確に表現すると、地球の月を動画ではなく実際に観た時蘇るよう設定した。
その時ブリッジには、スミルノフとマルティンもいたのである。
「今良い話を思い出したぞ」
私は、地球と月が見える窓から後ろを振り返り、他の2人にそう告げた。
「何についてです?」
マルティンが、私に聞いた。
「私が金星の国庫からヨーロッパの銀行に送金した金の件だ。多額の金だよ。当然ながら君達にも今回の件で、その中から報酬を払おう」
その時である。マルティンとスミルノフが互いに顔を見合わせた。2人共嬉しそうだが、様子がおかしい。金を貰えるから嬉しいという反応ではなさそうだ。むしろ私を馬鹿にしたような笑みである。
「一体どうした。何がおかしい」
私は、2人をどなりつけた。
「あれを見ろよ、スミス」
マルティンが突如タメ口で、宇宙船の進行方向にある地球が見える窓の方を指さした。私は慌てて再びそちらに顔を向ける。そこにはやはり地球と月の姿があった。が、宇宙に浮かぶ月の方が突然消えて、地球だけが残されたのだ。
いや、残されたのは地球ではない。大きさの似た青い惑星だったので気づかなかったが、それは金星だったのだ。月が近くにあったため先入観から地球だと思いこんでいたのである。
「残念だったな、スミス」
今度はスミルノフが嘲笑混じりに言葉をつないだ。私は再び奴の方に振り向いた。
「この船は出発して1週間半後あんたが寝てる時180度方向を変え、再び金星を目指したんだよ。その窓には細工があって、金星を地球に見せかけるためホログラムの月を浮かべたってわけさ。あんたは本物の月を見た時記憶が戻るよう設定したんだろう。ホログラムが精巧にできてるから、本物を見た時のように記憶が蘇ったのさ」
「貴様ら民主派の手先だったか」
私は激しい怒りのために、全身が火山のように熱くなった。
「その通りよ」
今度はマルティンが口を開く。
「リー大佐の命令で、あんたが横領した税金をどこへ送金したか、記憶を呼び覚ますためにやったのさ」
私は絶望のあまり、全身が鉛のようになってしまった。このまま金星に戻れば、送金先を吐かされた後銃殺刑になるのだろう。死刑がない地球の民主国家群を、初めて私は羨ましいと感じていた。