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第2話 エスケープ

 私はスミルノフに連れられて、独房を出た。スティルス・ジャケットのおかげで透明人間になれたとはいえ、やはり不安は拭えない。スミルノフに連れられるまま、私はいつしか刑務所のある敷地内の駐車場に来ていた。

 駐車場に2トン車ぐらいのホバートラックが1台あり、ロシア系の看守は途中から運んできた、荷物を積んだ台車を転がしながら、そこへ向かう。

 透明人間状態の私も、その後に続いた。トラックの後部はボックスタイプの荷台になっており、スミルノフは荷台の後ろの扉を開く。そして電動リフトに台車を乗せると彼自身と私も一緒にリフトに乗った。

 長身の看守は荷物を荷台に積み、空になった台車と共にリフトに戻る。私はそのままボックス型の荷台に残った。スミルノフは電動リフトを元の位置に戻すと、外から荷台の後部ドアを閉める。

 中は真っ暗になった。私はスティルス・ジャケットを脱ぐ。そして事前にロシア系の看守から渡されたポケットライトで中を照らす。そこには私以外の人間の姿はなかったが、突如眼前に、マルティンが現れた。

彼もスティルス・ジャケットを着ており、今スイッチを切ったのだ。

「君も、いたのか」

 私は、小声で、話しかけた。マルティンは、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「こうやって、一緒に逃げられて光栄です。自分も元軍人で、この刑務所には民主派のデモ隊に発砲したという理由で入れられていました。だからなんだって言うんです。奴らが主張する多様性だの言論の自由だのって代物が、この国の堕落を生んだのです」

「心強いが、ちと声が大きいな」

「失礼しました」

 マルティンが、声を落とす。その時我々の乗るホバートラックが地上から浮上する。荷台の床の下にある噴射口から空気が噴射するのが震動と音でわかった。

「今スミルノフが運転を始めたところでしょう。これから宇宙港に向かいます」

 刑務所の近くに宇宙港があるのは知っていた。ホバートラックは1時間後に着地する。 時間がわかったのは、マルティンがリストフォンを腕にはめていたからだ。そこに時刻が表示されている。荷台の後部ドアが開いた。外は、まだ夜だ。

宇宙港の夜景が眼前に広がっている。ドアを開けてくれたのは、ロシア系の看守だったが、すでに看守の制服は着ていない。私とマルティンは開かれた後部ドアから、空港の敷地内に飛び降りた。

「総統閣下、お疲れ様です。これからあちらのスペース・プレーンに乗って、金星を出ます」

 スミルノフが着陸中の優美な機体を指し示した。




 30分後私達3人は、スペース・プレーンの中にいた。操縦席には私をここまで連れてきたロシア人の看守がおり、他の2人は客席にシートベルトを締めて座っている。機はやがて、滑走路を走りはじめた。そして普通の飛行機同様離陸する。

 一般の航空機と違うのは、目指すのが金星上の別の場所ではなく、宇宙だという点だった。 前の座席の背もたれの裏にホロモニターがあり、地上が映しだされていた。

 夜の宇宙港が見る見るうちに小さくなり、やがて金星と、宇宙港のあるアフロディテ大陸の輪郭が見えてくる。アフロディテは地球の南アメリカと同じぐらいの大きさだ。

 赤道にあるためテラフォーミング後の今は気候が地球の熱帯のようになっており、南米のアマゾンのような、広大なジャングルが存在する。それらは全て、地球から移植した植物群だ。

もっとも金星の気候や地質に合うように品種改良されている。一方地球のアマゾンの方は森林の過剰伐採で、今やあまり樹木は残っていなかった。そのジャングルも遥か眼下に遠ざかり、金星がやがて青い球体となってホログラムで映しだされた。

 スペース・プレーンは金星の軌道上にある宇宙ステーションにドッキングする。

「ここで、地球行きの宇宙船に乗り換えます」

 隣の座席に座っていたマルティンが説明した。

「段取りは全てイブラヒムさんがやってくださいましたが、地球の東アジアにある国が、総統閣下の亡命を受け入れる手筈になってます」

 マルティンが私に、国名を伝える。それは私が金星の統治者だった頃経済的な支援をしていた国だ。現在地球はほとんどの国が民主制だが、マルティンが話した国は一党独裁という理想の政治体制を敷いている。

 そのため地球の大半を占める民主制の国からは経済制裁を受けていた。だが国防のために核ミサイルを保有しているため、堕落した民主国家の連中も手を出せないでいたのである。

 私は地球や火星の多くのメディアからヒトラーやスターリンなみの独裁者呼ばわりされていた。だが、かれらが『虐殺』だの『人権侵害』だのと呼ぶ私の英雄的かつ必要な行為は金星の国内問題だ。

 なので私が地球に行っても地球の民主国家の軍隊も警察も、私を逮捕はできないのである。そもそも地球の民主国家群と金星は、犯罪引き渡し条約を結んでいない。それは私が総統になる前からだった。理由は金星が独立以来死刑制度を堅持しているからだ。

 太陽系第3惑星の民主国家群は死刑を以前から廃止しており、死刑があるという理由で、金星や火星政府とは、犯罪引き渡し条約を結んでいないのだ。全く間のぬけた話である。そのため私が地球に行けば、金星政府は私の引き渡しを主張できなかった。

「さすがはイブラヒムだ。彼は私の政権下で、能吏として、よく働いてくれた」

「そうなんです」

 マルティンが、笑顔で答える。

「元々今度の計画は、イブラヒムさんの発案です」

 我々3名はスペース・プレーンから降りて一旦宇宙ステーションを経由し、今度はやはりステーションにドッキングされた宇宙船に乗りこんだ。

 それは核融合エンジンを積んでおり、これに乗ってしまえば3週間で地球に着くとスミルノフから説明がある。

「この宇宙船の操縦も、私がやります」

 スミルノフが、説明した。

「君は、何でもできるんだな」

 私が褒めると、ロシア人は照れ臭そうな笑みを浮かべる。

「長いこと宇宙軍の軍人としてパイロットをやってましたから。看守になったのはイブラヒムさんの手配です。パイロットと言いましても、ほとんど自動操縦です」

 やがて3人の乗った宇宙船はステーションを離れ出発した。私は宇宙船のブリッジの窓から遠ざかるステーションと、青い金星を眺める。その時だ。金星の方から3隻の宇宙船が追ってくるのが見えた。

「武装した宇宙戦艦3隻が迫ってきます。こっちに向かってミサイルを発射しました」

 操縦席にいるスミルノフが、大声をあげた。




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