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第1話 金星の愛国者

 私はテラフォーミングされた金星で生まれ育った。今の金星は宇宙から見ても、パッと見地球と変わらない青い惑星だ。金星は地球とほとんど同じ大きさで、重力も地球の90%ある。地球と大きく違うのは、衛星がない事だ。なので夜が訪れても、月は見えない。

 私は地球に行った経験がなく、代わりにメタバースで地球の月夜を味わったが、あれは不思議で魅惑的な光景だ。

 夜空にあれほど巨大な衛星が光り輝いて存在し、時には丸かったり、三日月だったりするのが信じられない。無論どうしてそう見えるのかの理屈はわかるが。金星のテラフォーミングは自己増殖システム(SRS=Self Replicating System)が行った。 

 SRSは、子を産み増えるロボットだ。遺伝子に相当するプログラムと、肉体に相当する代謝システムがある。

 このSRSが月の土を採掘して精製し電磁カタパルトで資材を運び、金星から太陽に向かって25万キロの位置に直径15370キロのサン・シェードを建設した。

 金星は地球より太陽に近く、過剰な太陽の入射エネルギーを浴びるのでそれを拡散させるためサン・シェードが造られたのだ。SRSは1年で倍に増え、18年で月面の2%を覆った。

 資源精製と加工に7年、投射に必要なエネルギーを蓄えるのに10年、サン・シェードが完成するまで35年が経過する。サン・シェードのおかげで金星は冷えてゆく。今のような青い惑星になって地球のように人類が住めるまで、さらに長い歳月が流れた。




 私の一族は、そんな金星に住む代々軍人の家系である。私も父と同じく士官学校に入り卒業後は順調に昇進し、参謀総長にまでなった。金星は独立以来民主制を採用したが、私はこの体制に疑問を持っていた。

 議会を通さなければ何も決められない民主制より、トップがスピーディーに物事を決める独裁制の方が効率的で、この金星をより強く、偉大な星にできると考えたのだ。そのため私は愛国者として、軍内部の有志と共にクーデターを決行した。

 幸いにも我々の企ては成功し、私は総統として、この惑星に君臨する。反軍政デモに参加した連中は片っ端から逮捕させ刑務所にぶちこんだり、銃殺刑にした。

 が、憎々しい事に兵士の一部が民主制を回復しようとする不逞の輩共と結託し、せっかくできた軍事政権を潰そうと、反乱の狼煙をあげたのである。

 私の勇敢な部下達は勇猛果敢に戦ったが、地球の支援を受けた民主派の軍隊との戦いに敗れ、我らの夢は潰えたのだ。

 私は刑務所に入れられ、裁判にかけられた。そして国歌反逆罪で有罪判決がくだり、私は死刑を言い渡された。

 私には、国庫に納められた税金のうちかなりの金額を横領した容疑もかけられ、それを調べるために脳をスキャンされたのだ。


「スミス総統の脳内をスキャンした結果はどうだった?」

 リー大佐は技術スタッフのクマール主任に質問した。

「国庫から税金を盗んだ記憶は残ってません」

 クマールが、説明をはじめる。

「ただし、記憶を消した形跡はあります。どうやって消したかの記憶は残っていませんが、スミスが横領した多額の金をどこかに送金した後部下に命じて自分の記憶を消させた可能性はあります」

「だとしたら、例え拷問にかけたとしても、吐くわけないな」

 リー大佐は、ひとりごちる。

「恐らくスミスは地球の銀行に量子テレポート通信で送金したと思われます。スミスが総統だった時地球の複数の独裁国家に資金援助をしています。スミスが地球への逃亡に成功したら、条件反射で記憶が蘇るようになっているかと」

 クマール主任が補足する。

「ギャングが、よく使う手だ」

 リーがつぶやく。

「スミスもギャングのような輩だしな」




 刑務所での食事中に囚人の1人が、スミスのそばへ来た。ラテン系の風貌をしたいかつい顔つきの男で、腕にはタトゥーが入っている。他の囚人が彼をマルティンと呼んでいるのを聞いた時があった。

 彼は小さく丸めた紙をテーブルに置いてゆくと、そのまま去る。スミスはすぐにその紙を、自分の手の中に握った。

 独房に戻ってからカメラの死角でそれを開くと、軍上層部の一部の者しか理解できないはずの暗号で『マルティンは、総統閣下の味方です』と書かれていた。スミスはそれを細かく破くと、水洗トイレに流してしまう。


 3日後の休憩時間。スミスは他の囚人達がサッカーに興じている姿を、グランドの端のベンチに座って眺めていた。気がつくと、ベンチの隣にマルティンが腰かけている。

「総統閣下を脱獄させます」

 マルティンはサッカーの試合を観ながら、小声で伝えた。普通の言葉ではない。一部の軍関係者しか知らない暗号言語だ。

「そんな事が可能なのか」

 スミスが聞いた。

「今は細かい方法を教える時間がありません。話に乗るなら、おいおい手段を伝えます」

「君をどこまで信じられるのか、わからないからな」

「信用できないなら、この話は終わりです。気が向いたら、声をかけてください。ただしその時は、私1人で脱獄してるかもしれません」

 この言葉は、私には重く響く。マルティンを100パーセントは信じられない反面、この機会を逃すと、死刑から免れないと考えたのだ。




 2日後に、イブラヒムが面会に来た。彼も私の総統時代の部下だったが、文民なのと地位が低かったため他の部下達と違い、裁判を免れている。私はイブラヒムに小さく丸めた紙を、見張りの者にわからぬよう渡した。

 そこにはマルティンから渡された紙と同じように、暗号で文章が書いてある。内容は『マルティンという囚人から脱獄を勧められた。信用できるか、調べてくれ』というものだ。3日後イブラヒムが再び面会に来た時に、今度は彼から小さく丸めた紙を渡された。

 見張りに悟られぬよう受け取り独房に戻ってから、カメラに見られない位置でよんだ。回答は『信頼できる』というものだ。




 翌日の休憩時間私がグランドに行くと、囚人達がバスケの試合をしており、端にあるベンチに、マルティンの姿が見える。私は自分から近づき、少し離れたベンチに座った。視線は、バスケからそらさないままだ。

「君を信用する。脱獄の手配をしてくれ」

 私は、小声で言葉を発した。どのみちマルティンを信じるしか選択肢がない。すでに私への死刑判決は出ており、執行の日は刻一刻と近づいていた。マルティンは私を見ずに、丸めた紙を置いてゆく。そして、そのままその場を離れた。

 私は再び紙を握りしめ、独房に戻った後で、カメラから見えない位置で読む。やはり文章は暗号で『看守のスミルノフが手配する』と書かれていた。


 それから4日後の夜。独房で寝ている時、突然独房のドアが開錠されたのに気づいた。 独房の通路側には鉄格子のはまった小窓があるのだが、その向こうにスミルノフの顔が見えた。

 独房は他の部屋とは離れており、通路の向かいに部屋はない。通路の壁があるだけだ。扉が開くと、スミルノフが1人だけ入ってきた。他の人間の気配はない。

 彼の身長は180センチぐらいあり、ラグビーでもやっていたのか、がっちりとした筋肉質の体型だ。青い目が、哀しげに私を見る。

「総統閣下、お慕いしております」

 スミルノフは、小声で続けた。

「自分は元兵士で、閣下のクーデターで軍政が成立した時は、拍手喝采しておりました。それが民主派の輩のせいでこんな形になり、残念に感じていました。現在カメラは切られてます。早速ここを逃げましょう」

「でも、どうやって」

「スティルス・ジャケットを持ってきました。これを羽織れば、光学迷彩で周囲から見えなくなります」

 私は早速それを着た。スミルノフは手回しがよく、私にハンディサイズのミラー・モニターを見せる。

 スティルス・ジャケットのスイッチを入れると私の姿は消失し、あとには独房の殺風景な室内だけが映っていた。

「代わりにこれを置いておきます」

 スミルノフは毛布を畳んでベッドの下に見えないように突っこむと、代わりに手に収まる大きさの立方体の機械を置き、スイッチを入れる。するとそこには毛布をかけて眠っている私の姿が現れたのだ。ホログラムだった。

「さあ、行きましょう。ご案内します」

 スミルノフは、ひそやかな声で私を独房の外へいざなった。



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