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ランドリーで推論を  作者: 片宮 椋楽
第1話 不思議なすれ違い~ラジオから流れるは、パラレルワールド体験談!? 「あくまで私の推論ですが」——コインランドリーで繰り広げられる密室“推論”劇!~
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4.パラレルワールド・アイスクリーム

〈続いては、ふしおたっ〉


 コインランドリーでずっと垂れ流され続けていたラジオがボリュームアップ、そしてエコーの効いた言葉が唐突に聞こえてくる。静かな空間のせいで、より耳に届いてきた。初めて聞くけれど、どうやらコーナーが始まった、ということについては伝わってきた。


 光莉は音の聞こえる方へと顔を向ける。銀色のポータブルラジオが、店の隅の天井近くについている後付け感溢れた三角の形をした木板の上に乗っけられていた。

 伸縮可能なアンテナとチューニングするための丸い調節つまみがあるラジオだけを聞くための機械。今ではあまり見る機会のないタイプに、光莉は物珍しさを感じる。


 光莉は小耳に挟みながら、先程買ったアイスを食べようと、レジ袋からカップアイスと木のへらを取り出した。単純に美味しい物を食べる、というだけではない。今はむしろ、小っ恥ずかしさで嫌な火照り方をしている身体を冷やすべく、という方に重きを置いていた。


〈毎度お馴染みの人気コーナーですが、一応モリモトちゃん、説明ヨロシク!〉


 普段は聞くことのないラジオでも聞きながら食べよう。光莉はまず、一旦膝の上にアイスを置いた。次に、木のへらだけを手にする。白地に赤の文字で書かれた包装している紙の袋の先端をおもむろに破る。見えたのは木のへらの咥える部分。そこを唇で押さえ、紙の袋を下に引く。持ち手の部分まで全て姿を現す。ゴミとなった包装紙は、くしゃくしゃと手で丸めてから、レジ袋へと入れた。


〈はい、マスオカさん。このコーナーはね、身の回りで本当に起きた不思議なことをリスナーの皆さんに送ってもらう、不思議なお便り、略してふしおたのコーナーです〉


 そのまま蓋を外す。少し溶けており、表面が液化している。蓋の溶けたアイスが滴って着ている服を汚さないよう、急いでコンビニのレジ袋に入れる光莉。


〈ちなみに、本当にあった実体験のみ、お送り下さい〉


 早速、アイスを掬う光莉。見た目かなり柔らかくなっているのではないかと思っていたが、実際に掬ってみると、程良い硬さが残っていた。

 口に運ぶと、チョコミントの味わいとほぼ同時に、小さな粒の炭酸キャンディが口じゅうで幾つもパチパチ弾け出す。続けて、シュワシュワと音が鳴る。聞こえてくるぐらいの音と感覚と味わいに思わず、美味いっ、と唸りそうになる。


〈はい、ということでね。今週も沢山のお便りありがとうございますねー〉


 すぐに二口目へと移る。もうここまで来れば、考えることは要らない。木のへらでアイスを掬って口へと運ぶ、という、単純作業の繰り返しをしていけば、美味しさと嬉しさを享受していける。


〈でぇわぁー、早速……こちら参りましょうかね。じゃあこれいきましょうか〉


 がさごそと音が聞こえる。届いたメールの紙を渡しているのだろう。


〈はい。ラジオネーム、フットボーラーさん。マスオカさん、モリモトさん、こんばんわ。これはつい先日、私の身に起きた不思議な出来事です。私は夜、友達と……あっ、これ、大丈夫ですかね?〉


〈ん? どうしました?〉


 どこか引っかかる気がしていたこともあり、光莉はラジオへ顔を向けた。木のへらを咥えたまま。


〈ホテル名が書いてありまして……〉


〈えぇ……おっと、一応、避けておきましょー……かね〉


 CMスポンサーにホテルが入っているゆえの対処のか、それともちょっと怪談チックな物語であるから企業イメージを損なわないように意識したがゆえの対処なのか。マスオカは読み上げないように、と指示した。


〈そう、ですね。では、改めて続きを読み上げます。私は夜、友達と都内のホテルの3階で、待ち合わせの約束をしていました。

 その階には、サッカーの試合を見ながら食事のできるバーがあり、ワールドカップが開催されている今、フィッシュアンドチップスやお酒でも飲みながら盛り上がろうか、と試しに予約してみたのです〉


〈フィッシュアンドチップス、ね。有名だからね〉


〈あっ、ここそうなんですか〉


〈うん。あっ、ごめんね。続きをどうぞ〉


〈えー……、その日の私はどうもツイておらず、スマホは落として画面割れるわ、上司には理不尽に怒られるわ、嫌なことばかり続く日でした。

 その上、ホテルに向かう時、予報にはない雨が降り始めました。普段なら持ち歩いている折りたたみ傘が何故かバッグに入っていなかった私は濡れながら1階のエントランスからホテルへ。少しだけ早く到着した私は、電車で来る友人を待っていました〉


 時折聞こえてくる洗濯機の音がどこか、雰囲気を醸し出していた中、光莉は食べる動作を続ける。次から次に休むことなく口に運び続けていたせいで、いつの間にかアイスはもう半分無くなっていた。


〈ホテルのバーの前で待っていました。そこは、エスカレーターなどを目の前にしていて、その上、どの方向から来ても見晴らしのいい場所でした。

 なのに、待ち合わせ時間を過ぎても、会うことができません。というか、来る気配がありません。待てど暮らせど連絡すらもありません。もはや私は心配になり、スマホを見ました。

 しかし、充電が切れていたせいで、連絡することができません〉


〈あー、これまたツイてない〉マスオカが反応する。


〈結果的には友人と会うことはできて、無事楽しく食事することができました〉


〈あっ、できたんだ〉マスオカがまたも反応。


〈出会えた時、友人にどうしたのか尋ねると、友人からも同じくどこにいたのか、と尋ねられました。なんとその友人も、3階にずっといて、私のことを探していた、というのです。しかも、私がホテルに着いた時間とほぼ同じタイミング〉


〈ほぉ〉


〈しかし、私もスマホの充電が切れたこともあり、友人のことを辺りを歩いて探していました。互いに動いていれば、見晴らしのこともあり、すれ違わないなんていうことは考えられません。

 とはいえ、「疑うならスタッフに聞いてみて」と発言する友人からは、嘘をついている、ということはなさそうでした〉


〈ふむふむ。互いに本当のことを言っていると〉


〈食事している間、私は頭の中でよぎったことがあります。それは、数日前にネット……えへん〉


 モリモトは唐突な咳払いをすると、何も無かったように、続ける。


〈某動画配信サービスで見たホラー映画のことです。それは、同じ景色だけどどこか違う世界、いわゆるパラレルワールドに行ってしまった主人公とその友人たちが恐ろしい現象に巻き込まれ、命を落としていく、という映画でした。

 何の気なしに見た映画でしたが、もしかしたら私も同じく、パラレルワールドにいたのかもしれない。そんなことを思うと、今でも少し怖くなります……ということです〉


〈何の気なしに、とはいうけど、いわゆる虫の知らせみたいなことだったのかね〉


〈ですかね〉


〈いやぁー、初っ端からなかなかのが来たね。こう、ゾッとする話というか、幽霊が出てこなくても怖い話というか〉


〈そうですねぇ〉


 話がひと区切りついた頃、光莉はちょうどアイスを食べ終えた。


 嬉しいだったり楽しいだったりの時間はあっという間に終わってしまうもの、ということを、光莉は改めて強く感じながら、残りは洗濯時間を確認してみる。あと十分だ。


 ボソボソと小さい声が聞こえた。見ると、回している洗濯機前のベンチにかけていたあの女の子が俯き、人差し指と親指が唇と顎に触れるように置いている。

 まるで考える人のポーズのような格好で、何やらぶつぶつと呟いていた。少し離れたところであるため、何を言っているのかまでは分からなかった。

 横顔の可愛らしさにより、光莉は不思議と、妙な人、という感情こそ抱かなかったものの、どうしたのだろうという疑問については抱いていた。

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