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ランドリーで推論を  作者: 片宮 椋楽
第3話 見えない犯人~白昼に犯行相次ぐ、連続空き巣事件。容疑者は、片桐!? 無実を証明するため、美波と光莉は真犯人を追う……姿なき犯人の正体と大胆過ぎる手口とは?~
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5.ランドリーで反証を

 時間は刻々と減っている。


 善は急げ、と光莉はすぐ片桐の背中に回ると、両手で無理矢理押した。


「なっ、なに!?」怯える片桐。背中のほうへと力を入れて抵抗する。


「いいからっ」


 櫻木へ聞かれないように距離を離そうという一心で、光莉は両手にさらに力を込める。


 そのまま、洋服が多くて締まり悪い箪笥を無理矢理入れる時みたいに、片桐をカウンターの中へと押し込むと、光莉はすぐさま視線を移す。


「ごめん。浜音さんも、ちょっといい?」


 そう美波の目を見つめながら光莉は、こっちへ来て、という手招きを二、三度する。


「は、はい」恐る恐るな表情のまま、美波は駆け足でカウンターの中へと向かった。


 今度は三人で半円の形で、櫻木に背を向ける形で、顔を近づける。そして、光莉は小声で話し始めた。


「現実問題、こんな短時間でどうにかできそう? 手がかりなんて無いに等しい状態で」


 美波は口を真横に伸ばし、悩ましそうに少し考えた後、「ごめんなさい、正直なところ、分かりません」と話した。


「いやいいの。そういうことじゃなくて。一応は、アタシも分かってはいるつもり。いなくなった刑事さんの、あの相当な苛立ち様じゃ、断言めいた言い方じゃないと、時間稼ぎすらできなかったと思うから」


「空き巣事件、これまで相当な捜査員を動員してるってのに、手がかりすら掴めてないらしいからね。尚更、あの目撃証言が、一縷の望みなんだよ。否定されれば、また振り出しってことになっちゃうから、潰しておきたいんでしょうなぁ」


 他人事のように淡々と返事をする片桐。


「いずれにしろ、何かしら打開策見つけないと、連行どころか逮捕までまっしぐらなんてことにもなりかねませんよ。片桐さん」


「だよねぇ」口元を歪める片桐。


「なんで他人ごとなんですか」


「いやいや、他人ごとだとは思ってないよ。切羽詰まり過ぎて、実感が薄れてきただけ。一周回ると、我に帰らなくなるんだね」


 良いのか悪いのかよく分からない現象は一旦無視する光莉。「とにかく、時間も無い今は、全員で協力して考え……」


 言葉半ばに話すのを唐突にやめた光莉。代わりに、ハッとした表情になる。そのまま人差し指を天に向けた。急に何か閃いた、そんな所作だった。


「もしかしてですけど、被害者以外の住人全員(・・・・・・・・・・)が犯人の協力者なんじゃ?」


「おおう?」片桐は妙な唸り声を上げる。「つまり、住人みんながグルってことかい??」


「はい。そうだとしたら、これまでに目撃者が出てこなかった、っていうのも……」


「いやぁー、流石にそれはちょっとあり得ないでしょ?」片桐は首を傾げる。


「そうですかね?」


「例えばね、警察がどこの誰を尋ねるのか、何人に聞き込むのか分からない状態だ。そんな中で口裏合わせたってわけだよね? 仮に上手くいけたとしても、せいぜい一回か二回が限度。これまでの被害件数はそれよりも遥かに多い中で、一切疑われることなくするにはちょいと無理がある。それに、みんながみんな、口裏を合わせる動機が分からない。被害者の共通点とかは警察が洗い出してる中で、何も出てこなかったことを考えると、それぞれ別の動機を持った住民集団が同時期に、それこそ、偶然、同じ空き巣事件を、ってことになるけど、まあ模倣犯的な考え方もできなくはないだろうけど、それは流石にドラマチック過ぎ。現実味がない」


 なら近所の人とか、と光莉は言おうとしたが、口をつぐむ。一件であれば、その可能性もあるけども、複数件起きている時点で途端、破綻するからだ。

 仮に、犯人が引っ越しをしていたとする。となれば、かなり短期間に繰り返していることになるが、時間的な間隔のことを考えれば、さっき以上に無理がある仮定だと、光莉自身もすぐに分かった。


「だったらこれは」だから、光莉はまた別の案を出した。候補の最後だ。「怪しまれないように、近くで見張っていた人がいたんですよ。ほら、目撃されそうになったら、合図とかして、見つからないようにしたみたいにして」


「監視役がいた、ということですか」黙っていた美波がふと反応を示す。「成る程、確かに考えられる可能性ではありますね」


「やったっ」小さくガッツポーズをする光莉。最近、推理小説を読むようになった賜物であった。


「あのぉ……」櫻木からのか細い声が遠くから発せられる。だが、三人の耳には聞こえておらず、会話は続いていく。


「となると、実行役と監視役で、二人組かな?」光莉は問いかける。


「いえ、複数人でのグループで犯行に及んでいるかもしれません」


「というと?」光莉が尋ねる。


「いくつか事件が起こり、犯行の手口などから、警察は連続性のある事件だと判断していますよね。どの事件の時にも、周囲で監視していた人物がいたのだとすれば、捜査が進む中で、その監視をしている人物が怪しい、という証言が出てくることでしょう。その上、同じ風貌の人間が全ての被害現場にいたとなれば、警察はその人物に対し、一気に疑いを深めるはずです」


「けど、実際にはいずれもそうはなっていない」光莉は少し俯き、呟いた。


「ええ。そのことから考えますと、犯人側は、目撃されてもいいように、全ての犯行時に監視役を変えていた可能性があります」


「だから、グループだと思ったわけね」光莉はうんうんと縦に頷く。「人物の共通点が無くなれば捜査は難しくなるから」


「うーん……」片桐は口を閉じたまま、喉だけで唸る。どこか納得のいっていない様子。


「……やっぱ無理ありますか?」心の片隅にあった思いを吐露する光莉。


「いや、無理というかね。気になるんだ。二人だろうがそれ以上の複数人だろうが、まず前提として、怪しい人物を誰も見ていなかったわけじゃない? ミナっちゃんも言ってたけど、そこがさ、モヤモヤするんだよ」


「確かにそうなんですよね……」光莉は腕を組み、うーん、と深く首を垂れる。


「あの」美波は手を挙げた。「お二人に一つ確認しておきたいことがあるのですが」


「なになに、遠慮なくなんでも聞いて」すがる片桐は前のめりだ。


「刑事さんたちはこれまで、犯行時刻の前後に、現場近くで怪しい人物を見かけなかったか、という聞き込みをしていた。それで間違いなかったですよね?」


「うん、確かにそう言っていたよ」


 視線を落とす美波。「なのに、作務衣姿の男を見た、という直近の一件以外、怪しい人物の目撃証言がなかった……」


「そう、だね」


 美波は顎に手を添えた。「なら、こう考えたほうが合理的かな……」


「あのぉ……」またも櫻木の声。これも、集中する美波とその言葉に希望を感じていた残る二人の耳には届いていなかった。


「えっ、なになに?」「勿体ぶらずに教えてよ、ミナっちゃん」


 二人からの呼びかけに、美波は顔を上げた。「あっいや、勿体ぶってはいないですが」


「半端な状態でも構わない、もう既に行き詰まってるから。とにかく、取っ掛かりが欲しいんだ」


「では」咳払いする美波。「例えばのお話ですが、お二人の家の周りをうろうろされている方がいたら、どう思われますでしょうか?」


 光莉と片桐を交互に見る美波。その問いかけに、片桐は「どうです、って、そりゃあー」と目線だけ天井にあげ、光莉は「当然思うよね、変な人だなぁって」と答えた。


「では、少し聞き方を変えましょう。ある人がお二人のご近所さんの家の周りであり、その人はごく普通の顔をしていて、なおかつごくごく普通の格好をしていて、うろうろはせずに十分から十五分程度立っていただけ、という場合であればいかがでしょう」


「アタシだったら、それでも変な人だなーとは思う、かな」


「僕も同じ」


「お二人の反応からも分かる通り、前後に何も起こらなかったとしても、普段と違うことが起きただけで、本当に怪しい人物かどうかは関係なく、ただ単純にその人物が怪しいと感じるはずです。事件が起きている時ならば、そういう人物の目撃証言が、一つや二つ出てきても、何らおかしくありません。いや、むしろ出ないほうが、やはり妙なのです」


 光莉は顎に手を添える。


「けど、あの刑事さんの話では、犯行時刻の前後、怪しい人物はいなかったと聞いた誰もが答えていた……警察が嘘をつくとは思えないし。第一、嘘つく意味がない」


 ええ、と美波は首を縦に振った。


「だとすれば、そもそも怪しい人物がいなかった、という仮定そのものが間違っているのかもしれません」


「考え直す?」


「こういうのはいかがでしょう」美波は人差し指を立てた。「犯行現場には、目撃されても(・・・・・・)怪しまれない人物(・・・・・・・・)、がいた」


「目撃されても」と片桐、「怪しまれない人物……」と光莉。それぞれリレーのように呟いた。


「刑事さんたちの聞き方も、怪しい人物を見かけなかったか、というものであったと伺いました。ならば、そもそも怪しまれていない人物ならば、刑事さんの問いかけに対して、カウントされないのではないでしょうか」


 美波はどこか自信げな微笑みを浮かべていた。


「あっ、僕のことを信じてくれて、とかじゃなかったんだ。ははは……」


 片桐は哀しみと憂いを帯び、静かに俯いた。


「あっ、いや」その表情を見て、美波は途端に動揺を見せた。「もちろん信じてます。信じた上で、刑事さんに向け、どう反証すればいいかと考えた結果、こ、この結論が出たわけで。なので、片桐さんのことがどうだとか、そういうことではないです、全く、はい」


 慌てたせいもあり、救おうとしているのか、よく分からない回答になってしまう美波。


 光莉は首を傾げた。「そもそもそんな人、いるのかな。目撃されても、怪しまれない窃盗犯なんて」


「出てこなかったのかもよ」片桐は続ける。「刑事から根掘り葉掘り聞かれるのを面倒に思って」


「勿論その可能性もあります。しかし、これまで数件起きているというのに、最近の一件以外、誰一人として出てきていない。となると、怪しい人物を見たけど面倒で出てこなかったのではなく、誰も本当に怪しいと思う人物を見ていなかった、と考えるほうが自然のように思えます」


「あのぉ……」櫻木のか細い声三たび。結果は変わらず。


「とはいえ、今のところこれ以上は浮かびません。なので、納得させるにはまだ弱いかと思います……すみません」


 美波は眉間に皺をためて、頭を下げた。


「いや、ミナっちゃんのせいじゃないんだ。謝ることなんかないよ」


 片桐はそう声をかけ、励ます。


 一方、光莉はふと気になり、ランドリーの壁時計を一瞥する。


「あと、十三分弱、か……」


 その呟きは自然と出た。意図しない、ふと漏れたため息のようなものだった。

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