後編
咄嗟に突き飛ばすことでエディカを隠すことには成功したリベルだったが、一方で自身は隠れるのが間に合わず、その結果男に怪しまれ剣を突きつけられることとなってしまった。首には長い剣の刃があてがわれ、腕は大きな手に遠慮なく掴まれている。リベルの背中と男の腹が触れるような体勢だ。
「お前何者だ」
「ただの通りすがりだよー」
「嘘つけ!」
「どうしてー?」
「こんなとこ、一般人が通らねぇよ! それに刃物にびびらねぇとこもおかしい! 明らかに通行人じゃねぇ!」
リベルは斜め後ろを見るように頭部を軽く動かす。
「離してくれないかなー?」
彼の口から出る言葉は柔らかく、表情にも余裕がある。
だがそれが男の警戒心をより一層掻き立てることとなってしまっている。
「こっちは怪しいやつを見かけたら潰すようにって言われてんだよ!」
「怪しいとか酷いなぁ」
エディカは草の陰からはらはらしながら様子を窺っている。
本当に危なくなったら男を攻撃し素早く仕留める――その意思だけは既に胸に置いている。
「こいつを倒したのもお前か?」
男は視線で石に戻った化け物だったものを示す。
「そだねー、うん、急に襲われたからさー」
「やっぱどう考えても通行人じゃねえだろ! ただの通りすがりがこれを仕留められるはずがない!」
「そうなのー?」
「こいつは魔力で動く兵器だ、そう易々と壊れるもんじゃねえ! はは! なんたって、レフィエリ占領のための切り札の一つだからな!」
リベルは静かに目を細め「ふぅん」とどうでもよさそうな雰囲気で呟く。
「壊してごめんねー? 謝るよ。だから許してくれないかなー?」
「悪いがそりゃ無理だ、死んでもらう」
男が剣を握る手に力を加える。剣の刃部分がリベルの白く細い首にめり込み、もう少しで傷ができるというくらいにまで入る。それを見ていたエディカは、もう限界だ、と出ていこうとしたのだが――刹那。
「んーそっか」
笑顔でそう発したリベルの手から突如青黒い光が溢れた。
男は驚いて腕を掴んでいた手を離してしまう。
ぴったりと貼りつくほど近かった二人に一気に距離ができた。
「じゃ、死んでもらうね」
そう呟くと同時に右手を前へ伸ばすリベル。
一本、ぴんと伸ばされた人差し指から、青黒く光る何かが飛ぶ。
そしてそれは男の眉間を貫いた。
「エディカ、もう出てきていいよー」
男を仕留めたと判断したようで、リベルはエディカがいるであろう草の塊に向かってひらひらと手を振る。
その合図を受けて這うように出ていくエディカ。
「ったく、心配させるな!」
「突き飛ばしてごめんねー?」
「いや、それはいい」
「そうー? 良かったぁ。実はさー、後で怒られるかなーってちょっと後悔してたんだよねー」
苦笑してみせるリベル。
「ったく、無茶するなよな。何かあったらどうすんだ。華奢なんだから危険なことをするなよ」
エディカが深く考えずにそう発すると、リベルは少し黒い笑みを口もとに滲ませて返す。
「お嬢さんに心配されるほど弱くないよ」
意外な呼ばれ方に硬直するエディカ。
「でも情報は手に入ったねー、やったー」
「……アンタ何なんだよ」
もやもやしたような顔つきで立ち止まっているエディカに手を差し出すリベルだったが、エディカはそれを強く払った。
「ふざけんなっ、アタシはか弱い乙女じゃない!」
「照れないでよー」
「はぁ!? いい加減にしろよ!?」
「あはは、意外と恥ずかしがりさんなんだねー」
「くっそ馬鹿にしやがって……!!」
自身より明らかに小さく華奢な男になんだかんだで振り回されるエディカであった。
◆終わり◆