例え生まれ変わっても
『生まれ変わっても私の事好きでいてくれる?』
『ああ、俺はいつでもお前だけを愛する』
そんな会話をしたのは前世。
まさか本当に生まれ変わるとは思いもしなかった。
愛し合った恋人の名前も前世の名前も思い出せないが、一つだけ言える事がある。
私は彼を心の底から愛していた。彼以外のことなど眼中にないほどに。
それなのに今世では貴族に生まれたばかりに政略結婚に悩まされている。
まだ幼少期の頃は贅沢な暮らしを謳歌し、様々な教育を楽しんでいた。
前世は貧しい生活を送っていたし、その日を生きるので精一杯だったから教育なんて受けなかったからね。
でも、成長するにつれて両親から婚約の話をされる様になっていった。
出来る限り断っていたが、結婚しないという選択肢はないので先延ばしにしかならない。
そして遂に、絶対に断れない相手から婚約話を持ちかけられてしまい、今日初めて顔合わせをすることになる。
「ジェシカ、相手は伯爵家のご子息でとても優しいお方なのよ?どうしてそんなに不満そうなの?」
「別に不満というわけでは……」
私の家は子爵家で婚約者の家は伯爵家。それも私たちの寄親だから普通に考えれば最高の相手だと思う。だけどやっぱり私は前世のせいもあってか中々婚約に前向きにはなれない。
「きっと会えばジェシカの気持ちも変わるさ」
お父様は会えば何とかなると思っているみたいだった。まぁ変わらなくとも婚約するのは確定だろうけど。
これ以上思い詰めても無駄だろうし、私もいつまでも前世を引きずるわけにはいかない。
気持ちを切り替えて伯爵家へ向かった。
屋敷に着くや否やテラスの方へ案内され、テーブルで待つ様に言われた。
どうやら向こう側の準備が少し遅れていた様だ。
「お父様、私の婚約者様はどういうお方なの?」
「チャールズ様はとても聡明なお方でいてお優しいんだ。幼少の頃から既に頭角を現してね」
子供であれば普通はおもちゃやお菓子を欲するだろうが、チャールズ様は本を望んだらしい。伯爵家では神童と言われているそうだ。
「すまない、待たせてしまったね」
私たちに声をかけてきたのは30代くらいの男性。
その後ろに妻らしき女性と男の子がいた。
「いえとんでもございませんヨーク卿」
「ご無沙汰しておりますマリア様」
私たちのご両親が挨拶をしたので、それに倣ってカテーシーをした。
「初めまして、オートン子爵家が長女ジェシカと申します」
「チャールズだ……」
無愛想な返事をするチャールズ様は私に視線すら合わせてくれない。
癖なのか金色の髪をいじいじしていた。その仕草がどうしても前世で愛した恋人に似ていてもどかしい気持ちになる。
「まだ婚約は正式に結んでないがほぼ決まりだ。二人で一緒に庭園を回ってきてはどうだ?」
「父上!私はまだ婚約には――」
「チャールズ! すまないオートン卿、息子が迷惑をかけた」
ヨーク伯爵の謝罪をお父様が受け入れ、その一件は解決した。
しかしチャールズ様も私と同じで婚約したくないみたい。
結局二人で庭園を見て回ることになった。
お互い興味がないので会話なんて殆ど発生しない。
居心地は悪いが、これでもしかすれば婚約がなくなるかも知れないと思えば我慢はできる。
「この花って」
庭園を歩いているととある花を見つけた。
貴族が所有している庭園だけあって、バラや百合など見応えのある花ばかりであるのに、一つだけ浮いた花がある。
とても小さな青い花はそこいらの草原に生えているいわば雑草の様なもの。
「何だ、その花が気になるのか」
「はい、私はこの花が好きなので」
貴族らしくないと思われるかも知れないが本音をぶつけた。
前世からずっと好きだった花で嘘を吐きたくない。
私の言葉にチャールズ様はとても驚いていました。
「珍しいな、この花が好きだなんて。他の令嬢達はあちらの方ばかりに興味を示す」
あちらというのはやはりバラの事。私も嫌いじゃないけどやっぱりこっちのこじんまりとした方が性に合ってる。
それからまた沈黙が訪れつつ二人で庭園を歩いていく。少し休憩をするとのことで、庭園内にあるテーブルを見つけお茶休憩を挟む。
「ジェシカ嬢、先ほども言ったが私に婚約する気はない」
「はい、私もそのおつもりですから」
私の意外な回答に驚きつつ口にお茶を運んでいた。
カップを持つさいに小指だけが伸びているのを発見しまたもどかしい気持ちになる。
チャールズ様には私の愛した方の癖が多く見られた。
あの人もよくわからないで髪をいじっていたし、お酒を飲む際も何故か小指だけがピンとしていた。
「ジェシカ嬢は不思議な方だ。私の思い人と好きなものが被っている」
「それは……どういうことですか?」
先ほどから私が感じる違和感は何だろう。喉につっかえる魚の小骨の様なもどかしいこの気持ちは一体。
「先ほどの花もそうだしこの茶もそうだ」
「このお茶が?」
よく考えてみると貴族の家で出されるお茶ではなかった。黄色いお花を原料にしたお茶で、貧乏だった前世の頃によく好んで飲んでいたもの。
ごくごく当たり前の様に飲んでいたが普通ではない。
「ジェシカ嬢。この言葉の続きはわかるかな?」
「……一体なんでしょう?」
「生まれ変わっても私の事好きでいてくれる?」
「ああ、俺はいつでもお前だけを愛する」