第7話 日誌
華山
「ふぅん。じゃあ見つけたら空手部に来るってんだな?」
正直誘導されているとしか思えないが相手から突飛な要求を出されたのだ。呑まなければ余計嫌な想いをするのは間違いない。雲母が目を細めて華山を見ている。華山は左の口角を上げながら話を続ける。
華山
「正直お前らは俺を疑っているだろうが、俺は本当に日誌なんて知らない。だから出来ることは1つだな。…オイ!!」
華山は大声で怒鳴った。クラスメイトの大半が華山に注目する。
華山
「ホースケが今日日直なんだが、どうやら日誌を無くしちまったらしい。今朝書いていたようだが、もしかしたらどこかに紛失しちまったのかもしれない。それは管理が出来てないコイツの落ち度かもしれねぇ。だがもし日誌をどこかで見ただとか、誰かが取っただとか、もし知ってるなら今のうちに言えよ」
教室が沈黙する。華山が机を蹴飛ばした。
華山
「お前らさっさと自分の机を探してみるとかしろよ! 授業が始まっちまうじゃねぇか!」
周囲からため息が漏れる。無くしたのは法助。だがどこかの誰かが取ったか無くしたか分からないヤツの仕業でクラス全員がこの乱暴者に疑いをかけられている。渋々その怒鳴り声に従い机の中や掃除ロッカーの中を探してみる。しかし日誌は何処にも見つからなかった。雲母も自分の机の中や鞄の中を探してみる。
雲母
「…!?」
雲母は驚いた。【自分の机の中に日誌が入っている。】訳が分からない。自分が取った覚えは全くない。なのに何故か自分の机の中に日誌が入っている。法助に資料を渡した時入れ違いで日誌を取ってしまい、誤って机に入れてしまったのか? 故意に誰かが自分の机に入れたのか?そしてこのややこしい状況、どうすれば解決するのだろうか。
女子生徒2
「…常盤さんどうしたのー?」
動きが不自然な事を後ろの席の人物に悟られてしまった。この人は昨日桐邑と華山の一悶着の仲裁に入ろうとしていた箱柳苗生。どうする? 今この場で言ってしまえば私はあらぬ疑いを一身に受けてしまう。今は隠し、後ほど法助に渡す事も考えた。しかしその後に見つかれば法助が悪いと考えるクラスメイトも出てくるかもしれない。それこそこれをやった人物の思う壷、と考える事も出来る。先生に言ったあとの事を思えばホームルームで言ってしまうのも良くない。結局教師の威を借りあらぬ疑いをクラスメイトに掛け、不必要に事を荒らげた自分、という尺図が頭に出来上がってしまう。雲母は固唾を呑む。
雲母は自分の机の中の日誌を取り出せば机の上に出した。
雲母
「私の机の中に入っていました」
雲母はハッキリとクラス中に聞こえるようそう言い放った。私は法助を、友達である彼を救おうと思った。ならその行動から逸れることがあってはならない。もし私の机に入れたものがいるのならその者の思う壷になってしまうのも癪に障る。だからこれが1番いいと思う選択肢なのだ。教室中からどよめきと人騒がせな奴らだと事を荒らげた3人に対しての落胆の声がチラホラ聞こえる。
華山
「ほー。どうやら見つかった見てぇだな?」
法助
「…な、なんで!?」
華山
「どうだ? 俺のおかげで見つかった。そう捉えられるかもしれないが、どうなんだホースケ」
法助は沈黙した。さらに訳の分からない状況へと転じてしまう。自分はどうすればいいのか。
雲母
「…法助、これ」
雲母は法助に日誌を渡した。彼女を見た時、唇を噛み締め何らかの感情を抑えている事が見て取れた。程なくして次の授業が始まる。
放課後。
玉菊
「常盤さんの机の中に入ってた?」
玉菊が目をまん丸にして雲母を見る。
雲母
「…はい。自分は入れた覚えがないんですが、私の机の中に入ってました」
玉菊は頭をポリポリ掻いた。
玉菊
「まぁ、見つかってよかったじゃない。ホームルームで言う前で水鳥くんも助かったでしょ」
雲母
「…水鳥くんは、華山くんに探すことをお願いしたんです」
玉菊
「ああ、そういう話だったわね」
雲母
「それが良くないんです。華山くんは怒鳴ってクラスメイト全員に探すよう呼びかけたんです」
玉菊
「…彼らしい方法だわ」
雲母
「華山くんは水鳥くんに空手部に体験入部を条件に探すことを協力すると…。水鳥くんはその条件を呑んで空手部に体験入部するつもりなんです…」
玉菊は顎に手を添えて考えた。
玉菊
「常盤さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
雲母
「はい…? なんでしょうか」
玉菊
「もう少ししたら部活が始まると思う。だから今から書く手紙を空手部の梵部長に渡してくれる?私は今から用事があるから様子を見に行くことは出来ないのよ。頼まれてくれるかしら?」
雲母
「…はい。大丈夫です」
雲母は玉菊から手紙を受け取れば空手部の部室へ向かった。
空手部部長
「うん? これを俺に? もしかしてラブレターか?」
雲母
「玉菊先生からの手紙です。ラブレターなら靴箱に入れると思われますが?」
空手部部長
「なに、直接渡してくれるくらい情熱的な女性なのかと思ってさ」
雲母
「そんな事あるのですか? 月に2、3枚は私の靴箱に入ってますので、直接ラブレターを渡すような女性はかなり稀だと思います」
空手部部長
「まぁラブレターなんて普通シャイなヤツが書くのに直接手渡しするやつはそうそう居ないだろうな。言われてみれば納得した。わかった読んでおくよ」
雲母
「…もう少ししたら水鳥法助という男の子が体験入部に来るんです。ですがそれは本人の意思での体験入部ではありません。もし理不尽に迫る部員が居たら彼を守ってあげてください」
空手部部長
「あー? うーん、そうなのか? 何かワケありみたいだな。ま、こんな美人の言う事なんだ。無下にする訳にもいかないな。わかったよ。水鳥法助くんはちゃんと面倒みてやる。安心しててくれ」
雲母
「はぁ、安心しました。ありがとうございます。わざわざこんな事を言いに来て申し訳ありません」
空手部部長
「ああ。大船に乗った気持ちでいてくれ」
雲母は一礼して空手部の部室を後にする。
雲母
「…部長さんもああは言ったけど、まだ安心できないな」
胸に残る拭えない不安を抱きながら今後についての事を考えた。自分は確かに生徒会の資料を法助に渡した。しかし法助の机の上から何かを回収した覚えはない。そしてもし自分の机に日誌を入れた人がいるのなら、何が目的でそれをしたのか。
自分と法助を陥れようとする人物がクラスメイトの中にいるのではないか。そんな想いを抱きながら雲母も部活へ向かう。