第71話 HAVOC
琥珀
「さぁ、覚悟してくれたまえよ」
琥珀は赤熱した鉄のような怒気を放ちながら2人に詰め寄る。雲母と法助は両サイドに別れて避ける。すぐさま法助の方を追う。体勢を低くし飛びつくように移動すれば法助を見失う。
琥珀
「どこだ!?」
雲母が琥珀に向かって黒板消しを投げつける。バフっ、と顔に当たれば嫌そうに顰めた。
琥珀
「雲母。何をしているのか、わかっているのか?」
雲母
「それはこっちのセリフだよ琥珀兄さん。どっちが間違いを犯してるかなんて自明の理だよね」
琥珀
「僕を貶めるということは自身の身内を貶めることと同義だという認識には至らないのか? そこまで落ちぶれてしまったのかい?」
雲母
「やかましいね琥珀兄さん。私に乱暴する気で向かって来てるんじゃないの?」
琥珀
「ふぅ、話し合う余地はないか。ならば体に教え込むまでだな」
琥珀は雲母にターゲットを移す。雲母と距離を詰めようとすると法助が琥珀の足に【ホウキ】を引っ掛けた。コケそうになるも机を掴み堪える。
琥珀
「法助君、男らしくないねぇ…。空手部に入ったんだろ?僕に拳で挑む気はないのかな?」
法助
「僕の拳は人を殴る為のものじゃない。それに生徒会長に勝てないのは分かってる。僕は雲母と一緒に生徒会長に勝つ!」
琥珀
「法助君。雲母じゃなくて常磐さん…だろ!? 何度も何度も何度も同じことを言わせないでくれないかな!?」
琥珀は机を持ち上げれば法助に向かって投げつける。【ホウキ】を槍のように構えて突き、威力を軽減すれば足を掴み、そっと地面に置いた。琥珀は投げつけた後に机ごと飛び蹴り加えようとする。それを飛び退くように回避する。
雲母
「法助! こっち!」
法助
「わかった!」
呼ばれれば法助は回り込み、教室から雲母と共に離脱する。
琥珀
「…逃げるなっ!」
琥珀もその後を追う。2人は美術室に逃げ込んだ。
琥珀
「…どこに隠れた?」
琥珀が美術室を見回す。しかし2人の姿が無い。すると突然声が聞こえた。
銀子
「なぁ海鼠」
海鼠
「はい、銀子隊長! なんです?」
琥珀
「…香炉君と、海鼠君か!?」
琥珀が声のする方向を探る。
銀子
「電車の中で刃物を持って暴れる奴がいるとする。海鼠ならどうする?」
海鼠
「え? 怖いから逃げるです。逃げるが勝ちです。全速力で逃走あるのみです」
銀子
「そうだな。危ないから逃げるよな。だが人間戦わなきゃいけない時が誰しもあると思うんだ。違うか?」
海鼠
「そうですね〜…。中々難しいところです」
銀子
「そんな時、どうするか教えてやろう」
紙袋を被った何者か達が一斉に立ち上がった。
銀子
「【みんなで石を投げつけりゃあいいっ! そうすりゃあ目に当たろうが頭に当たろうが誰が投げた石なのかわかりゃあしねぇだろ!!】」
琥珀
「何っ!?」
何者か達は一斉に琥珀に向かって石をなげつけた。琥珀は堪らず頭を抱えて地面に伏せる。
琥珀
「うぐっ!!」
ガツガツと琥珀に向かって石がぶつけられる。一頻りぶつけ終われば琥珀は立ち上がった。
琥珀
「貴様らぁっ!!」
紙袋を被った者達はバタバタと外へ逃げていく。琥珀はそれを追おうとすると背後から石を投げつけられた。
法助
「生徒会長の相手は僕達だ!」
琥珀
「思ったより人数が多いらしい…。だがいずれ暴いてやる。この腐ったミカンどもを1つ1つ生ゴミとして処理しなくちゃいけないようだな!」
琥珀は法助に向かっていく。すると雲母が机の下から出て来て琥珀を突き飛ばした。
琥珀
「ぐっ!」
琥珀は石を踏みつけそのまま転倒してしまった。背中に石が突き立てられれば苦痛に呻く。
琥珀
「ぐ、がはっ!」
その隙に2人は美術室から抜け出す。
琥珀
「…はぁ、はぁ、小癪な連中だ。どいつもこいつもふざけやがってからに…」
琥珀はゆっくり立ち上がれば大きめの彫刻刀を持って美術室から出る。そして消化器の入っているドアに彫刻刀を突き立て思いっきり蹴りを入れる。ガコッと鍵が破壊されれば中から【収納されていた斧を取り出す。】クルクルと回し重さを確かめる。
琥珀
「…僕も焼きが回ったな。だがこうでもしないとわかってくれない連中ばかりなんだ。脅す道具としては十分だろう」
琥珀は壁に斧を当て擦りさせながら2人を追跡する。
法助
「…!?」
2人は琥珀を見れば驚愕する。斧をもってこちらへ来るではないか。
雲母
「琥珀兄さん、なんであんなものを…」
法助
「消火栓の所に入ってたやつかな…? 誰かが怪我する前に取り上げないと」
琥珀
「ホースケくーん。どーこーだーい?」
外はザァザァと雨が降っている。斧を壁に擦る音はかき消されているものの火花が散っているのがここからでも確認できる。
法助
「こっちだよ!」
琥珀
「!」
琥珀は法助を確認すれば早足で距離を詰める。
琥珀
「法助君、これは偽物じゃないよ! 大人しく僕に捕まらないと誰かが怪我をするかもしれない。いいのかい法助君!?」
法助は家庭科室へ入る。琥珀が家庭科室へ入れば2人が待ち構えている。斧を肩に乗せて2人を睨みつける。
雲母
「琥珀兄さん、思いとどまって」
法助
「それは幾らなんでもおかしいです」
琥珀
「おかしいことなんて無いさ。君たちは2人じゃないだろう? 僕は僕の身を守るために斧を持ってる。君たちが何人で来るか分からないからね」
琥珀が2人と距離を詰めようと歩み寄る。
琥珀
「それに君が怪我したところで直ぐ口封じ出来る。誰が何人口裏を合わせようと無駄さ。この学校では僕が正義なんだから」
深郁
「生徒会長」
その声に琥珀はギョッとした。悠郁が瞬時に連想されれば其方を振り向く。
琥珀
「…!」
違う。こいつは妹の深郁だ。転校へ追い込んだ連中達を想起させられた。
深郁
「ケーキはお好き?」
琥珀の顔にホールケーキを思いっきり投げつけてぶつける。ブンッと逆刃で斧を振るも深郁は回避した。どうやら注意を引くことのみが目的だったようだ。
琥珀
「ぶは、んぶ…!」
琥珀の顔はケーキのクリーム塗れになっている。
紙袋を被った何者か達がまた現れればクリームパイをひたすら琥珀に投げ続ける。家庭科室の床はクリーム塗れになる。足元が不安定になれば深郁に突き飛ばされる。琥珀はそのままずりっ、と滑って転んだ。その拍子に斧を手放してしまう。深郁はそれを奪い取れば家庭科室から逃げ去っていく。
琥珀
「…くそっ! ペッ、どれだけ仕掛けられてるんだ!」
雲母と法助はそのまま家庭科室を脱出する。
琥珀
「斧を奪われてしまったか…」
琥珀は包丁が無いか探す。しかし見つけられなかった。下手に手が塞がれば逆に不利になってしまう気がする。連中は殴るつもりも痛めつけるつもりも無い。石は投げられたが事前に発言した後のことだった。
思惑が不明だ。なんのつもりなのだ? そう疑問に思いつつも琥珀は2人を追跡する。階段を上がれば三階の端っこ、今度は音楽室に入ったようだ。
琥珀
「追いかけっこは終わりだな。ここは3階の端。逃げ場はないぞ」
琥珀は音楽室の鍵を閉める。
雲母
「法助、ここで決着を付けるよ」
法助
「…わかった」
雲母と法助は手を繋いでいる。
琥珀
「覚悟は決まったようだな。僕ももう疲れた。早く終わらせてシャワーでも浴びたいところだ。こんなに汚されてしまったからね」
琥珀は肩を竦めながら2人と距離を詰める。バッと動けば【法助を掴んだ。】
琥珀
「捕まえたぞっ!」
琥珀が力を入れると法助の体勢が崩れる。
法助
「…!?」
琥珀
「あの2人、華山と梵君は強かった。しかし僕に掴まれればあっという間に本来の力を発揮出来ず、なすすべなく僕のサンドバッグに早変わりさ。君もそうなる運命だよ!」
琥珀が殴りかかろうとする。しかし雲母が琥珀の腕を掴んだ。
琥珀
「…!? 雲母、離せっ!」
しかし力が入らず【逃がされてしまう。その力はそのまま法助に伝わる。】法助はその力を利用し、グンっとワルツを踊るように体を回転させる。
琥珀
「なっ!」
ぐるぐると3人は回る。琥珀は抵抗しようとするもそれは叶わず、そのままなすがままに動かされてしまう。
琥珀
「どういうことだ!? 体が言うことを効かないっ!?」
そのまま回転させられればドラムに向かって思いっきり頭を突っ込ませられた。穴が開けば琥珀は中に入り込んだ。下から頭だけが出る形になる。
琥珀
「くそっ! 何がどうなって…!?」
琥珀が抜け出そうとする。しかし雲母が後ろから押さえつける。法助が思いっきり銅鑼を叩く。琥珀耳を塞ぐことが出来ず諸に音を聞いてしまう。
琥珀
「うがっ!」
2人は耳栓をしている。そのまま続けて銅鑼を鳴らす。けたたましい音と衝撃が伝われば琥珀の頭はグラングラン酩酊しだした。
ジャアアアン! ジャアアアアン! と何度も何度も鳴らし続ける。
琥珀
「…やめろっ! 頼む、やめてくれっ!」
琥珀の顔が青ざめている。さらに銅鑼を叩き続ける。
琥珀
「うぐっ! あぐっ!」
雲母は次第に琥珀から力が抜けていくのがわかった。そのまま琥珀を解放した。
法助
「…」
雲母
「…」
琥珀
「…はぁ、はぁ…」
雲母
「琥珀兄さん、もう諦めて。じゃないと更に追い詰めることになるよ。もうただじゃ済まなくなる」
琥珀
「…わかった。僕が悪かった…。だが、聞いてくれ」
琥珀が項垂れながら話し続ける。
琥珀
「…僕は、雲母を愛している。10年、想い続けた。たとえ従姉妹であっても、それは変わらないものだったんだ…」
法助
「それでも、ちゃんとしたやり方があったはずです。その方法を放棄したから雲母からの理解が得られなかった。そうじゃないですか?」
琥珀
「…分かっている。僕の愛が歪だってことは。だが僕にとっては雲母と結ばれる方法はこれしかなかったんだ。雲母に寄り付く男を排除し、雲母を虐げるクラスメイトを遠ざけ、穢れなく清らかに大人になってほしかった…」
法助は雲母とワルツを踊った時のことを思い出す。
雲母
『法助、あなたは何も心配いらないよ。私が導いてあげる。あなたが進むべき道も、これからの人生も。私は裏切ったりしないし、心が折れたりもしない。私たち2人で歩むの。きっと上手くいく。私を信じて?』
或いは雲母と琥珀のあり方が違えば、雲母は琥珀になりえたのかもしれない。そう思えば悲しげな表情で琥珀を見据えた。
琥珀
「僕は雲母の事だけを想い続けた。その為だけに今までやってきたんだ。生徒会長になったのも、生徒間同士でパイプを作って情報共有したのだってそうだ。出来ることは全てやろうと努めた。法助君、僕の気持ち、わかって貰えるか…?」
法助
「…生徒会長が雲母を想う気持ち、僕にもよく分かります。だけど、そこには雲母の気持ちが介入する余地がない。ならばそれは一方的な愛でしかないんです。生徒会長、雲母のことを愛しているのなら…彼女のことを想っているのなら」
法助は琥珀の前に膝を着く。
法助
「僕と一緒に雲母を幸せにしてください。僕達、ここから一緒にやり直せませんか…?」
琥珀が顔を上げて法助を見る。
雲母
「…法助」
雲母は眉を下げて2人を見つめる。
琥珀
「…ああ、わかった。僕と法助君。2人で雲母を幸せにしよう。約束する」
法助
「…ありがとうございます」
法助が琥珀を引き起こす。
琥珀
「鳥栖君!彼を拘束しろ!」
琥珀がそう呼びかけると潜んでいた鳥栖が法助を取り押さえた。
鳥栖
「暴れないで!」
琥珀はすぐさま雲母を拘束した。
雲母
「きゃっ!」
琥珀
「はははははっ! 誰が一緒に雲母を幸せにするだって? 巫山戯るなよ!? 雲母と一緒になるのは僕なんだよっ! お前じゃないっ! 水鳥、最後の最後で詰が甘かったな! 鳥栖君にマスターキーを取りに行ってもらっていたんだよ!」
琥珀が雲母の上着を破る。そのまま下着の上から胸を揉みしだいた。
雲母
「ああっ! や、やめて」
鳥栖
「えっ!?」
琥珀
「今から僕と雲母は2人で深い関係を持つ。くくくく、君達の教室でヤリたかったが贅沢は言えまい。当初の目的通りだ」
琥珀は雲母の頬をベロッと舐めた。
琥珀
「はぁ、はぁ、ようやく僕のものになってくれたね雲母。長かったよ、本当に長かった。僕が君を想い続けたのは本当の事さ? あのクソッタレの父から僕を救ってくれた雲母にどうやって恩返しをしようか考えていたんだ。こういう形になってしまって申し訳ないが、雲母が悪いんだからね…。少しの辛抱だ、直ぐに僕のことを愛するように上書きしてあげる。水鳥の事なんて記憶の片隅にも置けないほど丁寧に、丹念に、念入りに刷り込ませて貰おう。ああ、ああ、ワクワクで胸が破裂しそうだよ…!」
雲母
「琥珀兄さん、お願いやめてっ!」
法助
「生徒会長ぉっ!! やめろぉぉっ!!」
琥珀
「君はそこで見ているといい、僕と雲母の2人だけの情交をね? 混ぜてなんてやるもんか。鳥栖君、君ももう帰っていいよ。見ていたいなら別に構わないが? なんなら法助君と2人で傷の舐め合いでもするといい。丁度よくカップルが2つ成立したじゃないか。ああ目出度いなぁ〜」
鳥栖
「…ど、どういうこと…!? 雲母さんは従姉妹なんじゃ…?」
琥珀
「五月蝿いぞ! 従姉妹同士でも結婚出来るだろうがっ! ちゃんと勉強してないのか!?」
法助が緩んだ鳥栖の拘束から逃れれば雲母に手を伸ばす。しかし法助の手を琥珀が掴んだ。
琥珀
「はははは、馬鹿が! 水鳥、お前はもう終わりなんだよ!このまま腕をへし折ってやるっ!」
琥珀が法助の手を捻り、へし折ろうとする。すると琥珀の肩が誰かにポンポンと叩かれた。
琥珀
「…!?」
我に返り後ろを振り返る。
「僕の名前は、水鳥憲助」
1秒。
ドグッ。背中を貫通するほどの威力で琥珀の腹は殴られる。
琥珀
「ぐ、はっ!?」
憲助
「弟がお世話になったようだな」
パンパンッと鼻の真ん中を2発殴られる。世界が濁り、鼻から血が吹き出す。鼻の骨は呆気なく折れてしまった。
2秒。
琥珀
「憲、助…だとぉっ!?」
琥珀が憲助を掴もうとする。すぐさま拳が飛んでくる。メキッ…。メキッ! 人差し指と中指をへし折られた。指の中で針のむしろが刺さったかのような強烈な痛みを感じる。
琥珀
「あぎゃっ…!」
堪らず引っ込める。足が震え出す。
3秒。
憲助
「法助の肋を折ったらしいじゃないか」
ドゴッドゴッと脇腹に強烈な連撃を加えられる。目で負えない、体で追えない速さで。
琥珀
「ぶっ!?おご、げほ、げぼ…!」
琥珀は嘔吐した。前のめりになる。メキッ…と鈍く音が伝われば肋が何本か折れてしまった。
4秒。
憲助
「どうだ?噛み締めているか?一方的に蹂躙される気持ちを」
髪の毛を掴み引き起こされる。
琥珀
「はぁ、はぁ、やめろっ、やめてくれ…!」
べき…。拳が飛んでくれば前歯がへし折られた。琥珀は確信した。この男には絶対に敵わない。情け容赦なく自分の事を痛めつけるだろう。自身の内にある尊厳も心の在り方も全て踏み躙り壊してしまうだろう。琥珀はまるで自分が地を這うアリのような気分になり、世界がぐわんぐわんと揺れ動く。憲助が左右に横転するように見えれば1つの感情が当てはめられる。
5秒。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
【恐い。恐怖。】
憲助
「これからは僕の事を義兄さんと呼べ。お前に会う度に、丁寧に、丹念に、念入りに躾てやる」
琥珀
「…ご、ごめんな、さい…。許し、て」
こいつには手も足も出ない。まるで命を弄ばれるようなおぞましい存在であると憲助を認知すれば、琥珀の目から恐怖で涙が溢れ出す。
6秒。
人の第1印象は6秒で決まる。憲助の振りかぶられた拳は顎に向かって思いっきり打ち込まれる。そのまま琥珀の意識は白濁すれば排尿の熱を股間に感じる。憲助に対する恐怖心を心に深く刻み込まれながら琥珀は気絶した。




