第60話 DEVIL
琥珀
「法助君。僕はあれから考えたんだ。どうすれば君と仲直りができるのかなってね」
法助
「…仲直り、ですか」
琥珀
「そう、仲直りだ。仮にも雲母と友達である君とはいい関係を築きたい気持ちがあるんだよ。これは嘘じゃないよ」
法助
「…」
以前変わりなく、琥珀から放たれる雰囲気は危ういものであると感じる。一体何を考えているのだ。
琥珀
「それでね。雲母との恋愛関係に関しては流石に許容することは出来ないんだけど、代わりのものを君にあげようと思ってね」
法助
「…代わりのもの…?」
琥珀
「そう。箱柳君の事は知っているね。彼女、君のことが好きなんだ。知っていたかい?」
法助は背筋にゾクリと嫌なものが走る気配がする。何故それを知っているんだ。背後にとてつもない邪悪でおぞましい何かの存在が自分に語りかけている。邪悪は尚も続ける。
琥珀
「実は彼女の事、結構詳しいんだ。知り合いに彼女の関係者がいてね。まぁそんなことはどうでもいいんだけど? 君に特別に彼女の秘密を幾つか教えてあげよう」
法助
「…秘密、ですか?」
琥珀
「ああ。女の子の秘密だよ。君は彼女の秘密を知ることが出来る。そしたら彼女を好きに出来る。どうかな? 箱柳君、結構魅力的だろう? 君のクラスの中でもかなり美人な方じゃないか。街中で探してもあれほどの女の子はそういない」
法助
「…」
琥珀
「…それだけじゃ足りないかな? なら鳥栖君はどうだい? 僕は水泳部に所属してたんだけど、あの子は水泳部に入っていからよく知っているんだ。もし生徒会執行部に君が入れば彼女と一緒に仕事させてあげよう。鳥栖君は純朴そうに見えて魅力的な所もあるんだ。部活の時に彼女の水着を見ているからね。なんなら間を取り持ってあげよう。君達が上手くいくまで僕がサポートしてあげる。箱柳君を言いなりにできて、鳥栖君とも恋仲になれる。どうだい? 一人の女性を愛して、もう1人の女性を自分の好きにできる。まさに両手に花じゃないか。羨ましいなぁ…」
法助
「…」
雲母
「箱柳さん。私が水鳥君を幸せに出来ないとはどういう意味でしょうか」
箱柳
「そのままの意味だよ。あなたは法助と違い過ぎる。取り巻く環境やあなた自身の事を含めて法助とは相容れないんだよ。このままじゃいずれ法助が壊れてしまう。【雲には鳥がとまることは出来ない。飛び続けてもいずれ疲れて落ちてしまう】」
雲母はキッと箱柳を睨みつける。
雲母
「…冗談みたいな事を言われるんですね。呆れて言葉も出ませんよ。確かあなた水鳥君の事が好きなんですよね? 私と彼の関係を誤解してただ戯言を吐いてるだけではありませんか?」
箱柳
「…ははは、あははは! あははははは」
箱柳が笑いだした。雲母はぎょっとする。
琥珀
「な? 僕が生徒会執行部に入れるように君を立ててあげる。君は地位と女の子を手に入れて順風満帆な残りの学生生活を送ることができる。この経験は今後の人生にもそれは大きく影響すると思う。どうかな? 悪い話じゃないと思うんだけど?」
法助
「…」
琥珀
「だからさ。雲母の事はもう諦めてくれないか? でないと僕は君の事が気になって気が気じゃないんだ。君と雲母が想い人であり続ける限り頭がおかしくなってしまうかもしれない。君から1歩引いて、雲母にも諦めさせて欲しい。そうしないと僕と雲母は一緒に前に進めないんだよ。君の為に、雲母の為に、僕の為に身を引いてくれよ」
法助はボロボロと涙を流し始めた。悲しいのか? 辛いのか? 怖いのか? どれも違う気がする。ただただ涙が流れた。雲母の事を想う。彼女は僕に切っ掛けをくれた。彼女は僕に前に進む力をくれた。彼女は僕に愛を教えてくれた。彼女が僕の世界に色を与えてくれた。雲母を想えば吸い込む空気にすら愛を感じる。肺が何かに溢れそうになる。全身が痺れ戦慄く。雲母だけが、雲母だけが僕に【僕】をくれたのだ。
法助
「…はぁ、はぁ、えぐ、あぐ、うう…」
涙は拭えない。ただただ目の前が涙で霞んでいく。想いが溢れそうなる。胸に収まりきらないほどの愛が、涙となって溢れ出でくる。
箱柳
「あなた、法助とキスしたでしょ。この教室で。私見てたの。ほら、動画にも撮ってる」
雲母と法助がキスをしている動画を見せた。
箱柳
「これを生徒会長に送ったの。私が」
雲母
「…!!」
雲母は大きく目を見開いた。まず初めに驚きが来た。すぐには怒りは湧いてこなかったものの、次第に胸から強烈な衝動が沸き起こる。
雲母
「あなたが、琥珀兄さんに…!?」
箱柳
「そうだよ。驚いた? あともう一つ教えてあげる。法助のファーストキスは、私とのキスなんだよ。知ってた?」
雲母は怒りで箱柳の肩を掴む。
雲母
「…あなたが、何故法助のことを好きなのか知らない…! でもあなたがやってることは法助を不幸にすることだよ! 大切に想うのなら、愛してるのならなんでそうやって法助を傷付けるの!?」
雲母から涙が溢れてくる。どうして、どうしてこんなにも苦しいのか。
箱柳
「…雲母さん。あなた我慢すれば法助を手に入れられると思ってない?」
箱柳が雲母の手をそっと掴む。
箱柳
「自分の手を汚さず、自分も法助も不幸にならずに2人で幸せになろうだなんて思ってない…? 違う?」
箱柳が雲母の手を握り締める。
箱柳
「…相手を不幸にしてでも手に入れようって、思わないの? 相手も自分も不幸になってもいいって、覚悟も無しに法助を気楽に求めてない?」
箱柳の目に怒りが篭もる。
箱柳
「あんた、そんなに自分が大切なの!?」
箱柳は雲母を突き飛ばした。
琥珀
「…どうしたんだい? 何故泣いているんだい?」
法助
「…はぁ、はぁ、うう」
琥珀
「分かるよ。分かる。君が雲母を想う気持ち。僕にもよく分かる。だが君では雲母を幸せには出来ない。それもよく理解して欲しいんだ。辛いだろう。厳しい決断だよね…。だけどその分得られるものもあるだろう? しかし雲母を追えば追うだけ君は不幸になる。どんなに頑張っても最後は突き落とされて痛い思いをするだけだ。そんなの嫌だろう? 君は箱柳君と鳥栖君を選ぶべきだ。あの二人で満足するまで青春するといい。箱柳君はきっと君の言う事をなんだって聞くだろう。鳥栖君は君に学生らしい生活を約束してくれるはずだ。簡単なことだよ。【雲母をあきらめる】と一言言ってくれればそれでいい。今後の生活を約束しよう。僕の元で君を働かせてあげる」
法助はまるで背骨を鷲掴みにされているかのようなおぞましい感覚を覚える。だが…。
法助
「…はぁ、はぁ、ぐっ…。生徒会長…」
琥珀
「うん? なんだい?」
法助
「雲母が、僕に明日をくれたんだ…」
琥珀
「…」
法助
「雲母が、僕に幸せを教えてくれたんだ…」
琥珀
「…法助君。…何を言っているんだ?」
法助
「雲母が、雲母を想えば勇気が湧いてくる…。僕は前に進める…」
法助の目からは相変わらず涙がとめどなく流れ続ける。
法助
「雲母が、堪らなく愛おしいんだ。僕はきっとおかしいのかもしれない。大袈裟なのかもしれない。一時の感情で判断がおかしくなっているのかもしれない…はぁ、はぁ…」
嗚咽が混じる。言葉をひり出すにも精一杯の力と勇気がいる。琥珀の気配が冷えていくのがわかる。
雲母
「あ…!」
雲母は倒れてしまう。
箱柳
「ねぇ雲母さん。あなたは、なあなあで時間に身を任せてチャンスが巡ってくるのをじっと待ってる。水鳥君とは関係ありませんだなんて…。あはは、きっと安易にリスクの生じない方法を模索しているんじゃない? だけどそんな都合のいい機会は絶対に巡ってこない。明日になったら出来るだなんて思ってたって時間が過ぎていくだけだよ。…ハッキリ言うね。雲母さん。あなたは【法助のことを愛してなんていない】」
雲母
「…私が、法助のことを愛していない…?」
箱柳
「あなたが好きなのは自分なの。法助の事なんて考えちゃいないのよ。心から求めちゃいない。それなのに、私はこんなにも想っているのに、同じ土俵にたった気でいられるなんて、ホント呆れちゃうわ」
愛を、否定された。雲母は自分の心の中にある法助を想う。私は、彼にとっての1番でありたい。私は、彼にとっての心のありどころでありたい。いつだって私を想っていてほしい。いつだって私を求めて欲しい。いつだってそばにいて欲しい。
雲母
「…そうだね。法助の前に、私が、来ちゃってた」
雲母はゆっくり立ち上がる。
雲母
「…私、法助に手を伸ばせば届くものだと思ってた。こんなに近くに幸せがあったなんてって。法助が私を幸せにしてくれるんだって…。いつもそこにある変わらないものだって、思ってた」
箱柳
「…」
雲母
「でも違うんだ。想うべき所は、そこじゃなかったんだね…」
琥珀
「…おい。今、何を言おうとしている?」
法助
「…はぁ、はぁ、生徒会長…。僕から雲母をとったら、何が残るんだろう…?」
琥珀
「…水鳥。雲母は君のものでは無い。勘違いしてはいけない。まるで自分のもののように言うのは、よしてもらおうか」
法助
「僕の、心から雲母が無くなったなら、僕はきっと僕を呪うだろう。僕は一生僕を許せないだろう。僕は、彼女を尊敬している。僕は、彼女を求めている。僕は、彼女だけを愛している。はぁ、はぁ、ううう…」
ゆらゆらとまるで風の流れに身を任せるように、想いが体から溢れ出てくる気がする。恐怖を感じない。全身から愛が溢れてくる。
雲母
「箱柳さん。あなたには法助を諦めて貰う。あなたはまるで自分のもののように法助を想って傷付けている。それが愛なのかどうかは私には分からない。だけど別に構わない。あなたが法助のことを愛していようと嫌っていようと関係ない。私がどう思っていてもそれはあなたには関係の無いことなの」
箱柳
「…」
雲母
「一つだけあなたと共感してあげられることがある。法助も、私も…幸せになんてならなくてもいい。だけど、誰にも恋路の邪魔はさせない。あなたにも、琥珀兄さんにも。例えそれで法助の人生が台無しになっても、私の人生が滅茶苦茶になってもね…。だけどあなたに法助を傷付けさせたりはしない。あなたになんて法助を渡さない。法助を自分のものだと思って調子に乗らないで」
法助
「…【僕は、雲母を諦めない】」
雲母
「…【法助は、私のものだよ】」
ドグッ…!
琥珀は法助のお腹を殴りつける。
法助
「あぐっ!」
琥珀
「…法助君。実は僕ね、前回君を痛めつけてすごく気持ちがスッキリしたんだ。君、クラスで虐められてたんだろ? 知ってるよ?」
琥珀はまた法助のお腹を殴る。前かがみになり倒れそうになるも髪の毛を鷲掴みにして引き起こす。
琥珀
「君を虐める人の気持ちが分かったかもしれない。きっと癖になっちゃうんだろうね。まるで初めて自慰行為を覚えた時のような感覚だよ。こうやって…!」
ドス、ドス、と法助のお腹をまた殴った。
法助
「うぐ、あぐっ、がはっ!」
琥珀
「また君を痛めつけることが出来て僕は幸せだよ。君は痛くて辛いだろうけど、君が悪いんだからね? それは理解出来るよね?」
琥珀が髪の毛を離せば法助は地面に倒れ込む。
法助
「…はぁ、はぁ、あぐっ…!」
琥珀
「…君と学校で会う度に、こうして痛めつけてあげる。どう? 君は雲母を手に入れることはできないし、箱柳君も鳥栖君も手に入れることは出来ない。クラスの人達に君の羞恥を知らしめて、一人孤独に苦しむように仕組んであげるよ。どうだい? これが君が選んだ道だ」
琥珀が法助のお腹を蹴ろうとする。
銀子
「…やめろっ!」
銀子が後ろから琥珀に対して呼びかける。
琥珀
「…香炉君、見ていたのか」
銀子は法助の元へ駆け寄る。
銀子
「…立てるか?」
法助
「…はぁ、はぁ、は、はい…」
銀子は法助に肩を貸し、琥珀に背を向ける。
銀子
「…見てたぜ。最初からな」
琥珀
「…ふーん。そうなんだ。だからなんだい? そうやって僕を脅すつもり?」
銀子
「…オレの部員に手を出しやがって。一生かけて追い詰めてやる。必ずお前を不幸のドン底に叩き落としてやるからな。冗談じゃねぇぞ。お前は自分が不幸になる覚悟なんてないんだ。だからこんな風に他人を痛めつけられるんだ」
琥珀
「君が僕を不幸に…? はっ! 出来るのならやってみるといい。君みたいな誰にも信用されていない不良生徒を誰が信じるものか。ただの虚仮威しにしても芸がないと思わないかい? なぁ? 法助クン?」
法助と銀子の2人はそのままその場を離れようとする。
箱柳
「…そう。法助は私のもの、ね」
雲母
「…」
箱柳
「…雲母さん。あなたが本当に法助を想うのなら出来ることがある。それなりにリスクを負う可能性もあるけど、あなたは躊躇せずにそれが出来る?」
雲母
「私に、出来ること…?」
箱柳
「あなたにしか、出来ないことだよ。だけど必要な事。リスクを負う覚悟があるか、答えて」
琥珀は近くにあったレンガを拾う。鬼の形相で2人を睨みつける。
琥珀
「…ふざけやがって…。誰が僕を不幸にするだと…? 見くびられたものだ。あんな豚共が僕に楯突くだなんて有り得てはいけないんだ…」
琥珀がレンガを振り上げる。すると背中をトントンと叩かれる。我に返り後ろを振り向く。
【鬼の面を被った誰かが立っていた。】
直後、プシューっとスプレーを吹き掛けられる。
琥珀
「はっ!? うわっ!!」
琥珀はスプレーをモロに顔に受けてしまう。
「…私ね。自分の中に悪魔が住んでるんじゃないかと思うのよ」
琥珀
「がっは、げほ、な、なんだってんだ…!?」
喉が焼け付くような痛みと目からとめどなく涙が溢れてくる。たまらずレンガを落とし四つん這いになり激しく咳き込む。
「人が悲しんだり、怒ったり、喜んだり、大きな感情の起伏があったりするとね? 心にズズズッと感情の波が溢れてくる気がするのよ。それが堪らなく美味しいと感じるの。だから人が大好きなの。愛おしい。愛してるのよ」
琥珀
「ごほ、ごほ、誰だ、お前は…!?」
相手の声はヘリウムガスによって変えられており誰か分からない。
「うーん、愛のCUPIDかしら? いや、あんたにとったらDEVILかも。私、決めたわ。あんたの人生をね、メチャメチャにしてあげる。血も肉も1滴1片残らず全て私に捧げて、骨の髄までしゃぶり尽くして、スープにして飲み干したあと、魂を舌で転がして永遠に弄んであげる」
琥珀
「…がは、ごほ、頭が、イカレてるのか…!?」
相手の姿が見えない。涙でシルエットがうっすら映る。真っ黒な影に角が二つ。
琥珀
「…ああ、あああ…!」
ゾワリと背筋に悪寒が走れば、まるで本当に悪魔が立っているかのような錯覚に陥る。命の危険に晒される有り得ざる恐怖を感じれば手足が震え出した。
「最高の処刑舞台を用意してあげるからね。楽しみに待ってなさい?」
【悪魔】は背を向ければ光の中へ消えて行った。




