第59話 内緒の話
玉菊
「あ、水鳥君!」
玉菊が法助を呼ぶ。
玉菊
「急で悪いわね。実は生徒会室と職員室にある資料の整理をお願いしたいのよ」
法助
「奉仕作業、ですか。なんでまた僕が?」
玉菊
「あれ? 水鳥君は生徒会に入りたいって聞いてたんだけど? そこまで前向きに検討してくれる生徒は少ないから是非奉仕作業に参加してもらおうと思って。水鳥君、あまり活発な方じゃないでしょ? だから私も驚いちゃった」
昨日ポロっと生徒会執行部に入ってもいいかなと言っていた事が玉菊にまで伝わってしまっている。まさかあの3人の中に生徒会長の傀儡が…? 確か生徒会の話を切り出したのは天響だった。何気なく聞いた事であったかもしれないが、傀儡である可能性が高いだろう。下手に切り出すのは憚れるが。
法助
「ああ、実はやってみてもいいかなって思って。常磐さんも生徒会副会長ですし、僕も何か手伝えることがあったらいいなぁなんて」
玉菊
「そうよね。常磐さんも助かると思うわ。生徒会室の資料は鳥栖さんと一緒に分別してね。職員室の荷物はもう纏めてあるから、鳥栖さんと一緒に運んであげて」
鳥栖
「水鳥さん、よろしくね」
法助
「こちらこそよろしくお願いします」
玉菊
「放課後まで差し掛かると思うから、文化部と水泳部には今日部活動に参加出来ないって連絡しておくね」
2人はお礼を言えば奉仕作業に取り掛かる。表に軽トラが止まっているのでそこに不要になった資料等を持っていく作業だ。既に資源ごみやらが置いてある。他の生徒会役員は別の場所で奉仕作業を行って軽トラに荷物を持ってきているのだろう。
ともすれば生徒会長の琥珀と鉢合わせになる可能性は十分ある。そう思えば鼓動が早くなって、下っ腹がきゅうっと痛くなってきた。
法助
「う…」
荷物を持っている時に不安になる事を考えれば少し足が止まる。
鳥栖
「どうしたの水鳥君?」
鳥栖が背中をさすって心配する。
法助
「あ、いえ。なんでもありません。ありがとうございます…」
背中をさすられれば何か照れくさい気持ちになった。緊張して固くなっていた頭がほぐれた気がする。
鳥栖
「水鳥君、見たところ鼻と顎を怪我しているね。大丈夫?」
法助
「ええ。大丈夫です。もう痛みはないので。ただちょっとお腹の調子が良くないっていうか…。トイレに行きたい訳ではないんですけど」
鳥栖
「いきなり呼び出されて驚いちゃったのかな…? 運べそう? 無理しないでね?」
法助
「はい。運搬作業に支障はありません。心配かけてしまってすいません」
2人は職員室の資料を運び終われば生徒会室へ向かう。
鳥栖
「結構ゴミが多いんだよね…。じゃあ整理し初めようか」
法助
「はい。頑張ります」
鳥栖と法助は生徒会室の荷物を整理し始める。昔の卒業アルバムや、古ぼけた文化祭の資料等が山積みになっている。こういったものは捨てられないのだが、文化祭で使った小道具や新聞紙、かさばるアンケート用紙などを分別していく。
鳥栖
「水鳥君、ほら!」
鳥栖がいちご鼻をつけている。
法助
「ふふ、可愛らしいです」
鳥栖
「水鳥君、これを付けて見なよ」
リボンフリルの付いたカチューシャだ。
法助
「ええ〜? 僕が付けるんですか…?」
法助はちょっと嫌がるも渋々頭に付けてみる。
鳥栖
「あは、似合ってる似合ってる。いいじゃん、いいじゃん。そのまま仕事しなよ」
鳥栖は肘で法助を小突く。
法助
「誰かに見られたら恥ずかしいですよ〜」
法助はカチューシャをつけまま、鳥栖はいちご鼻をつけて資料の整理を続けた。
箱柳
「見て、あれ」
授業中、箱柳が雲母の背中をちょんちょんと指をつつけば窓の外を指差した。
雲母
「…」
雲母は窓の外をチラリと見る。
箱柳
「仲良さそうだね」
雲母
「生徒会室の整理をしているんですね」
素っ気なくそう返した。
箱柳
「生徒会の仕事なのに、常磐さんは呼ばれなかったんだね」
雲母
「箱柳さん。今は授業中ですよ」
冷たくそう言い放つ。
箱柳
「いいじゃない別に。常磐さんは気にならないの?」
雲母
「ええ。私と関係の無いことですから」
箱柳
「そう…。薄情な人」
今、薄情な人と言った? 雲母の胸の内がグツグツと煮え滾ってくる。
雲母
「…箱柳さん」
箱柳
「何?」
雲母
「話があるなら…後ほどお伺いしますが」
箱柳
「話? ないけど?」
雲母
「…そうですか」
今、法助の話をされると正直冷静では居られない。毎日考えている。法助の為に何か出来ることは無いか。どうにかして以前のような生活に戻ることはできないのか。
雲母
「…」
また、生徒会室で鳥栖と作業をしている所を見る。ふと疑いたくなる時がある。法助は今、私のいない世界で生活している。法助にとって自分はもう1番じゃないのだろうか。法助はもう私を求めてくれないのだろうか。あのキスは、偽りだったのだろうか。このまま流れに身を委ねてしまってもいいのだろうか。消極的な思考が頭をよぎる。
法助
『…僕は大丈夫だから。居なくなったり、しないからね』
あの言葉が雲母と法助を繋ぎ止めている。法助は何らかの真実を掴んだのだろう。恐らく何かしようとしてくれている。…叶うのなら、今すぐ生徒会室に行って法助を奪いさりたい。私を不安にさせないでと縋りたい。2人の愛を証明させて欲しい。それが、その愛が確かなものだと安心させて欲しい。…何故だ。何故なのだ。こんなにも恋焦がれ求めているのに、法助は離れていく。あの時、2人だけの教室で交わしたキスは本物だったはずなのに。この世にあんなに幸せな事があるなんて初めて知ったのに。この世に産まれたことを感謝すらしたのに。この世界は確かな幸せを自分に教えて、それを一瞬で無理矢理遠ざけた。あまりにも残酷で無慈悲。
今、法助に自分が近づけば壊れてしまう。法助は琥珀に壊されてしまう。耐えねばならない。解決の糸口が見つかるまで堪え忍ばねばならない。
五限目が終了する。放課後になれば天響と銀子は双眼鏡片手に生徒会室を覗いている。
天響
「…鳥栖さんと一緒に仕事していますデス」
銀子
「今のところ琥珀のヤツの接触はないみたいだ」
天響
「法助二等兵で釣る形になってしまいましたが、生徒会長殿は接触してくるのデス?」
銀子
「兎にも角にも琥珀の出方を見なきゃいけねぇ。何が目的で法助を監視しているのか全く分からねぇ。だが生徒会執行部の話をした途端これだ。きっと何かのアプローチがあるはずだぜ」
天響
「物凄く早い対応でしたデス。本当に生徒会執行部に入れたいが為に海鼠副隊長と連絡を取り合っていたかもデスね」
銀子
「そうかもしれねぇし、そうじゃないかもしれねぇ。法助自身がそこまでして欲しい人材なのかちょっと眉唾物だがな」
法助と鳥栖は軽トラまで整理した不要な資料を持っていく。何往復かすれば仕事は終了した。
鳥栖
「はー、終わったね」
法助
「終わりましたね〜」
鳥栖
「あ、まだ付けてたんだっけこれ」
鳥栖が法助のカチューシャをヒョイッと取る。そして自分の頭に付けてみた。
鳥栖
「どう? 似合う?」
法助
「ええ。可愛らしいですよ」
法助は微笑みながらそう答える。
鳥栖
「へへ、ありがとう」
法助はなんだか親しみやすい人だなと思った。これから奉仕作業で一緒になる事があれば鳥栖と協力して仕事をすれば楽しく過ごせるかもしれないなとほんのり思考する。
鳥栖
「それじゃあ今日は解散ね。私先生に報告してくるから、水鳥君は先に上がっていいよ」
法助
「あ、はい。ではまた」
鳥栖
「またね!」
鳥栖はそう言えば校舎に入って行った。自分も荷物を取りに戻ろうと校舎に入ろうとする。
「法助君」
心臓がドクリと脈打つ。冷や汗がたらりと流れれば声のした方に視線を移す。
琥珀
「奉仕作業、ご苦労様。ちょっといいかな」
常磐琥珀。また合間見えてしまった。
法助
「…」
琥珀
「どうしたんだい? 顔が蒼いじゃないか。体調が悪いのかな?」
法助
「いえ、別に…」
琥珀
「そうか。君が生徒会執行部に興味があるって聞いて驚いたよ。まさか僕のいる生徒会執行部に入りたがっているなんてね」
法助
「…誰から、聞いたんですか?」
琥珀
「僕はね、耳【も】すごくいいんだ。だから君が文化部で話していることをたまたま聞いちゃっただけなんだ。なに、悪意はないから安心してくれていいよ」
琥珀は法助の肩に手を組む。法助は激しい悪寒に襲われる。琥珀自身は爽やかな香りの香水をしている為に良い香りであるのだが、琥珀から発せられる視覚、聴覚、嗅覚、触覚は全てが危険であると警鐘を鳴らしている。世界がぐらつく。目が左右に揺れる気がする。
琥珀
「この間は悪かったね。僕もついカッとなってしまって君を蹴って、殴ってしまった。反省しているよ。あの時の僕は冷静じゃなかった。申し訳なく思っている」
琥珀は不敵な笑みを浮かべながら法助に呟くようにそう答える。琥珀に掴まれた法助は何故か抗うことができず、ゆっくり校舎の物陰へと連れて行かれる。
琥珀
「…法助君。少し話をしよう。2人だけで内緒の話を、ね?」
銀子
「アイツ、法助を物陰に連れ込もうとしてやがる…」
天響
「ああ、ええ? まさか本当に薔薇なんじゃ…」
銀子
「バカ、なわけないだろ! 絶対に目を離すなよ」
天響
「ここからじゃよく聞こえませんデス…」
銀子
「オレはすこぶる耳がいい。バレない距離まで近づく。天響はここで見張って、何かあったら助けを呼んでくれ」
天響
「え? 助け? 誰にデス?」
天響が素っ頓狂な声を出す。
銀子
「先生でも誰でもいいだろ。頼んだぞ」
銀子はバレないように法助と琥珀の近くまで移動する。
天響
「助け、助け、助け…。一体どうしたらいいデス…」
教室で雲母はじっと窓の外を眺めている。何故か先程法助と鳥栖が一緒に作業していた場面が目に焼き付いて離れない。法助は頭にカチューシャを付けていた。鳥栖は鼻にいちご鼻を付けていた。もしかしたら自分が鳥栖の代わりにあんなふうに法助と一緒にいられたのかもしれない。
わかっている。法助は仕方なくああやって生徒会の仕事を手伝っているのだ。しかし胸にひりつく様な嫌な感覚が残っている。自分ならもっと法助を幸せに出来るのに。自分なら法助ともっと楽しいことが出来るのに。自分なら法助の事をもっと助けてあげられるのに。自分ならば…。自分ならば…。自分ならば…。
箱柳
「凄い顔してるよ、常磐さん」
箱柳が雲母に話しかけてきた。
雲母
「…まだ、帰ってらっしゃらなかったんですね」
視線を動かさず無感情にそう答える。
箱柳
「ちょっと忘れ物を取りに来ただけだよ」
雲母
「…」
箱柳
「ねぇ、常磐さん」
雲母
「…」
箱柳
「あなたは法助を幸せに出来ないよ」
雲母の目の下が一瞬痙攣する。
雲母
「…箱柳さん。少し、お話があるのですが」
雲母は席から立てば箱柳をじっと見据える。
雲母
「2人だけで、内緒の話です」




