第55話 腐ってやがる
海鼠
「はぁ…! はぁ…!」
海鼠は家路を急ぐ。この衝撃の事実を創作物に転化させる為に。
海鼠
「生徒会長は…法助二等兵のことが好き…!」
根拠その1。
生徒会長自ら法助の部活動の状況を報告するよう海鼠に依頼してきた。そして報告を重ねるうちに好きな相手は誰だとか法助自身の事を必要以上に聞いてくるような態度を見せる。さらに法助が漫画の男性の体を褒めた話をした際に『え…? もしかして、水鳥君は男性の体に興味があるのかな…?』 とまるで意識しているかのような発言をしていた。これは意外な嬉しい事実を知ってしまった時の驚きに他ならない。
海鼠
「ああ、あああ、そんなことって…! そんなことがまさか現実に、しかも身近にあるだなんて…!」
海鼠はバスの中でメモ帳にザーッと自身の妄想を忘れぬ内に記述していく。
根拠その2。
生徒会長に好きな人を聞いた際に居ないとハッキリ答えなかった。これはいい辛い答えであるからしてハッキリそうと答えられなかったからだ。建前では法助の部活動の報告をするように依頼してきたが、実は法助自身の事をよく知りたいが為に同じ部活動の仲間である海鼠に依頼してきたのだ。
男性が男性の事を好きだなんて言えるはずがない。ましてや法助は雲母の事が好きであり、雲母もおそらくは法助のことが好きである。しかしその間に割って入りたいがために法助の事を付け回っているのだ。とても健気で良いことではないか! 生徒会長の従姉妹である雲母と法助の取り合いをしている。ああなんてこと。なんて悲劇。なんて悲愛。運命とは残酷なものである。
海鼠は家に辿り着く。この胸の異常を沈めるために、早く机に向かわねば。さもなくば【妄想により思考が纏まらなくなってしまう。】机に座れば乱雑に下書きを描いていく。
海鼠
「…はぁ、はぁ、生徒会長…! 法助二等兵…!」
海鼠のモチベーションがフルボルテージ状態になれば尋常ではない速さで作品が仕上がっていく。
根拠その3。
生徒会長に好きな人の特徴を聞いた際、内面的な事を重点的に答えてきた。まず『困っている時に助けてくれる人。』法助は文化部の存続の危機に瀕した時、入部することで部活動の存命を図ってくれた。普段から人助けをすることが法助にとっての生業になっているとしたら、何らかの恩を生徒会長が受けたのかもしれない。
自ら廃部の危機に瀕しているような崖っぷちの部活に入部して救う法助の事だ。その可能性は十分考えうる。続いて『守りたくなるような儚げな印象の人。でも好奇心があって色々なことに手を出す活発な人。』この2つは対極的なイメージを持たれると思われるが、法助は何故か最近怪我を負わされて包帯まみれになっている。ふとした拍子に怪我をしてしまう儚い印象を抱いてしまうのも頷ける。さらには空手部に飽き足らず、同じ時期に文化部にも入部した。
そして男性の体をなんの違和感なく褒める好奇心を持ち合わせている上、あれにもこれにも手を出す活発な人柄である事は客観的に見ても明白である。
海鼠
「銀子隊長…! 薔薇騎士物語は…実在したのです! しかも! こんなに身近なところに…!!」
海鼠の創作物が形を成していく。法助が奴隷騎士、琥珀が子爵主人になっている薔薇騎士物語。まさにそれだ。内容はそのままに、貴族令嬢の雲母は琥珀に無理矢理結婚を約束されており、苦難の果てに法助が雲母を賭けて琥珀に一騎打ちを挑む。結果は…法助の敗北。
海鼠(法助)
「ぼ、僕は嵌められたのか!?」
海鼠が迫真の演技で膝をつく。
海鼠(琥珀)
「…そうさ。君は必ず僕の元へ戻ってくる。そう信じていたよ」
まるでさっきいた場所の自分の顎を撫でるかのように手をかざす。
海鼠(法助)
「くっ、殺せ…! 僕にはもう生きる意義を見いだせない。愛すべき人にも裏切られた。ただ惨めに朽ち果てていくだけだ」
元の場所に戻り力なく項垂れれば目の光が消え失せる。
海鼠(琥珀)
「そんなことはないよ。君は素晴らしい人、いや、僕の騎士だ。こうして僕の元へ戻ってきてくれたんだ、死ぬ事は絶対に許さないからね。僕は求め焦がれていた。切っても切れない関係で結ばれている関係を。そう、僕と君のように。君はもう僕のものなんだから…」
海鼠は虚ろな目をしている。入れ替わるように移動すればその唇に海鼠が唇を重ねる、妄想をする。
「…お姉ちゃん、何ブツブツ言ってんの…? 気持ち悪いんだけど」
海鼠の弟が引き戸を開けて様子を伺う。
海鼠
「うっせぇ! 勝手に入ってくんじゃねぇです!!」
根拠その4。
好きな人の身体的特徴を聞いた。『細身でストイックな人が好き。』ただそれだけを聞いたならばなんの違和感もなかっただろう。しかし全ての行動や言動から結果を整理し、精査していった結果、どの流れからも自然に水鳥法助に流れ着く。あまりにも間違いない。薔薇騎士物語のストーリーからしても筋が通り過ぎている。
薔薇にはコハク苗がある。つまり常磐琥珀は薔薇の子爵主人である。さらにアーサー王伝説にはトリスタンなる妻に裏切られ絶望した悲しみの騎士がいる。つまり貴族令嬢に裏切られた騎士は水鳥法助である。よって生徒会長、常磐琥珀は水鳥法助が好きなのだ。QED、証明達成である。
海鼠
「はぁ、はぁ、会心の出来です…。マジ半端ないです」
翌日の昼休み。
海鼠が目に隈を作って法助を眺めている。
法助
「海鼠副隊長…。なにか様子が変ですよ…?」
海鼠
「法助二等兵ぇ…。好きな人は誰ですぅ…!」
単刀直入に切り出す。法助はあまりの唐突さにたじろいだ。
法助
「あ、ええ!? 好きな人ですか…?」
銀子
「何言ってやがるんだ海鼠。あの圧政者が好きに決まってんだろ」
天響
「法助二等兵は常磐副生徒会長殿にお熱なのデスよ〜」
法助
「そこまでハッキリ言われるとちょっと…。雲母のことは勿論好きですけど、文化部の人達はみんな好きですよ?他は、別にいないかな…」
海鼠
「そんなことは知ってるデス。ならば好きな人の特徴を言ってみるです…!」
銀子
「なんか今日は嫌に食い気味だよな。何かあったのか…?」
法助
「好きな人の特徴ですか…? うーん」
法助は雲母とワルツを踊った時のことを思い出した。力強くリードしてくれた雲母。情熱的で魅力的だった。その時のことを思い出せば頬が少し熱くなる。
法助
「情熱的で、自分の事をリードしてくれる人とかかな…?」
海鼠がメモ帳にそれを記述していく。
海鼠
「…他はないのかです?」
法助
「他ですかー? ええっと…」
天響
「副生徒会長の特徴を当てはめれば良いのデス」
海鼠
「天響一等兵はしーっ! です!」
海鼠は天響に向かって人差し指を口元に当てて静かにするように促した。法助は何故か箱柳の事を思い出した。西日の射し込むあの教室での燃えたぎるような箱柳に抱擁されたことを思い出す。頭をブンブンと振れば思考を戻す。
法助
「えっと…。どんなことがあっても僕の事を好きで居てくれる人が好きです…」
海鼠
「…はぁ!? な、なんてこった、です…!」
海鼠がガタッと席を立てば後退りする。すると海鼠の机から本が1冊落ちる。
銀子
「うん?」
銀子が拾おうとする。
海鼠
「あっ! ダメです!!」
海鼠がそれを阻止して奪い取る。
銀子
「なっ、一体どうしたってんだ…?」
海鼠
「これは隊長と言えど見てはダメです!」
銀子
「…なんでだよ。お前ちょっとおかしいぞ?」
天響
「確かに様子が変デス。目もギラギラしてて怖いデス」
海鼠
「ウチは何もおかしくないです…。おかしいのは薔薇を侮辱するこの世の中なのです」
法助
「薔薇…?」
銀子
「…海鼠、その創作物を見せるんだ」
銀子が海鼠に手を差し出す。
海鼠
「ダメです。それだけは出来ませんです」
銀子
「天響!」
天響
「はいデス!」
天響が海鼠の創作物を引っ張る。
海鼠
「ああっ! やめるです! 天響一等兵の分際でぇ!」
天響
「諦めるデス! 私は海鼠副隊長より力が強いです!」
銀子も天響を手伝う。法助はそのドタバタを唖然として傍観する。銀子が海鼠の創作物を奪い取った。天響が海鼠を抑えつける。銀子がペラペラと創作物を拝見する。
海鼠
「このぉっ! 離しやがれですー!」
銀子
「…おいおいマジかよ…。【コイツ腐ってやがる】」
天響
「…ええ? 腐ってるのはここに居る皆そうでは?」
法助
「うん? どういうことだろう…」
法助が銀子の元へ歩み寄ろうとする。しかし銀子は海鼠の創作物をサッと引いた。
銀子
「…法助、お前は見るな」
法助
「なんでですか?」
銀子
「悪いがこれはお前にだけは見せられない。諦めるんだ」
天響は銀子が持っている海鼠の創作物を見る。口元を手で覆い創作物に釘付けになった。
天響
「なんてことデス。海鼠副隊長はついにやってしまったデス」
緩んだ拘束を解き海鼠は銀子から創作物を奪い取る。
海鼠
「法助二等兵のバカーっ!」
法助を詰れば部室から騒がしくパタパタと出ていく。
法助
「えっと、状況が飲み込めないのですが…」
銀子
「…」
天響
「…うーん」
法助は口をへの字にして肩を竦めながら2人を眺める。銀子は両手を腰に当て項垂れる。天響は手を組めば、片手を顎に手を当てて思案する。混沌とした状況に3人は立ち尽くした。




