第52話 密会
琥珀
「教室での雲母と水鳥の様子はどうだい? 【箱柳君】」
お昼休み、生徒会室で男女が2人。箱柳は窓から外を眺めている。琥珀は席に座り、生徒会の資料を纏めている。
箱柳
「あれから特に変わった変化はないよ。雲母さんは1人で教室でお弁当を食べてたし、法助は文化部に行って4人で昼休みを過ごしてるみたいだし」
琥珀
「そうか。目立った変化はなさそうだね」
箱柳
「そうだね。生徒会長が雲母さんの目の前で法助を痛め付けたから、雲母さんも下手に接触して法助に制裁が下るのを恐れているんだね」
先日2年2組の教室で法助と雲母が接吻を交わした。まさかクラス内カースト最下位の水鳥法助が雲母と恋仲にあるとは気付かなかった。
琥珀
「ふぅ。それもこれも君の報告が遅かったからやむを得ず下した罰に他ならないんだけどね」
箱柳
「ふーん? 雲母さんを止められなかったのは生徒会長も、だよね? 毎朝登校しててちゃんと話し合えなかったの?」
琥珀は今しがた握っていたシャープペンがへし折れる。徐々に鬼のような形相に変わっていく。資料にぽたぽたと血が滴れば呻くような声で琥珀は呟く。
琥珀
「…雲母が、あそこまで衝動に駆られる性格だとは思わなかったんだ…。ましてや虐められっ子風情の水鳥のような奴に…。何故だ、何故なんだ雲母…! あまりにもだ、あまりにも理解が出来ない…」
箱柳
「血、出てるけど」
琥珀
「君も、雲母もそうだ。あんな脆弱でなんの価値もない男の何処がいいのか。全く理解出来ないね」
箱柳
「人の心は開けてみないと分からないものなんだよ。私の法助に対する気持ちを生徒会長に語る気は無いし、気になるなら生徒会長が直接雲母さんに法助を好きな理由を聞いてみればいいんじゃない?」
琥珀
「例え説明されたとして理解し難いね。それに僕は1分1秒水鳥の事を考えたくない」
箱柳
「相手を知ることを怠ればいずれ寝首を掻かれるかもしれないよ。雲母さんを取られたくないなら、少しでも法助の情報を仕入れた方がいいんじゃない?」
琥珀
「知ったような口を…」
琥珀は手の血をハンカチで拭う。
琥珀
「だが水鳥の事をよく知りもしないで放ったらかしにした挙句にあんな事態に発展してしまった。そこは反省すべき点かもしれないな」
箱柳
「失敗から学ぶのは良い事だと思うよ」
琥珀
「…」
琥珀は箱柳を睨み付ける。
琥珀
「…君は雲母にむざむざ水鳥を取られてしまった哀れな小娘だ。今後水鳥に話しかけようとも警戒されてまともな会話は出来ないだろう。君が水鳥を陥落出来ていればこんな面倒な事態にならなかったのに…」
箱柳
「…私、負け犬だね。あなたと同じように」
箱柳は外を眺めながら髪をなびかせる。
琥珀
「…僕はまだ負けていない。不安の芽は早めに摘まなければいけない…。君にもまだ仕事をしてもらうぞ」
放課後。
生徒会室に海鼠が現れる。
海鼠
「生徒会長殿! 報告に上がりましたです!」
琥珀
「おお。来てくれて感謝するよ。どうぞ座ってくれたまえ」
琥珀の対面に海鼠を座らせる。
海鼠
「法助二等兵は本日デッサンと模写の課題を提出に昼休みにやってきましたのですー。その後お昼ご飯を一緒に食べて、銀子隊長の創作物を何冊か借りて戻っていったのですよ」
琥珀
「…ちょっと気になるんだが、その独特の話し方はなんなんだい…? なぜ最後に【です】を付けるんだ?」
琥珀が堪らず聞いてみた。
海鼠
「言葉の最後に【です】をつけて相手の印象に残るように話すようにしろって銀子隊長に言われてるのです。森永天響一等兵にもそう義務付られていますです」
琥珀
「…そうなんだ。なんか話しにくくない? 君はそれでいいのか…?」
海鼠
「ウチと天響一等兵は元々個性があまりない人柄だったので銀子隊長からのアドバイスを貰ったのです〜。それにこうやって生徒会長にも気になって聞かれてるので成功なのです」
琥珀
「合意の上なら別に構わないんだけど…。あまり香炉君の言うことを間に受けない方がいいよ…?」
琥珀はメモ帳を開き記述する準備を始める。海鼠は琥珀の手が怪我していることに気付きハッとする。
海鼠
「あわわ、生徒会長、手に怪我してますです。大丈夫ですか…?」
琥珀
「うん? 大丈夫だよ。こんなの大した怪我じゃないし」
海鼠
「これ使ってくださいです」
海鼠は液体絆創膏を取り出した。
琥珀
「ああ、悪いね。ありがとう」
琥珀は液体絆創膏を傷に塗る。強烈な刺すような痛みがあったが、瞬時に固まればシャーペンを握りやすくなった。
琥珀
「…結構痛いねこれ。でも絆創膏を貼るより気にならないや」
海鼠
「漫画を描くと皮がめくれたりマメが出来るのでよく使うのです〜。愛用品です〜」
琥珀はメモ帳に法助の情報を書き記していく。
琥珀
「海鼠君は水鳥君とはどんな話をするのかな?」
海鼠
「昨日は漫画のモデルの話をしましたですねー。そういえば銀子隊長が生徒会長の裸をモデルに描いてるって言ってたのです〜」
琥珀
「ああ、それは知ってるよ…。香炉君から直接言われたからね。彼女はやめろと言っても聞かないし。もう放っておくしかないよ」
海鼠
「法助二等兵は、この漫画に出てくる男の人達、凄く良い体つきしてるし、綺麗だと思うよって褒めてたのです〜」
琥珀
「え…? もしかして、水鳥君は男性の体に興味があるのかな…?」
琥珀が眉をひそめて海鼠に伺う。海鼠達が描く漫画はそういったものばかりだということを琥珀は知っている。雲母との恋愛関係を疑う訳では無いが、それを知った上で法助が部活動に参加している為、一応に聞いてみた。
海鼠
「え、うーん…。そういうわけじゃないと思いますけど、生徒会長のような人に憧れているのかもしれないのですよ〜」
琥珀
「…そうか。わかったよ」
自分自身に憧れを抱くなど、それは絶対に有り得ない事だが一応そういった情報も念の為にメモ帳に記入していく。
琥珀
「今日はこれくらいかな。ありがとう海鼠君。また報告することが出来たら教えてほしいな」
海鼠がピッと手を上げる。
海鼠
「生徒会長、まだお礼を貰ってないのです〜」
琥珀
「お礼? ああ、確か僕の話をするんだったっけ。どんな話が聞きたいんだい?」
海鼠
「生徒会長の子供の頃のお話を聞かせて欲しいのです〜」
琥珀
「子供の頃の話?」
海鼠
「そうです〜。生徒会長は頭もいいしきっと育ちもいいのです。どうしたらそんな風に完璧になれるのか気になるのです〜」
海鼠はふふふと微笑むとカバンからメモ帳とペンを取り出した。
琥珀
「…そうか。それじゃあ僕の子供の頃の話をしようか」
琥珀は嘘をつくべきか、本当の事を話すべきか悩んだが、雲母のことや話したくない話に関しては脚色を加えたり、虚飾したりするつもりで海鼠に子供の頃の話を始めた。




