第39話 ビッグ・ブラザー
母親
「…法助、誰にやられたの…!?」
法助
「…」
法助は箱柳に肩を貸してもらい帰宅する。直ぐ様病院に連れて行かれる。鼻骨骨折。肋骨骨折1ヶ所。右頬にヒビ。腹部、両腕に打撲。全治1ヶ月程度と診断される。治療を施してもらったあと直ぐ家に戻り母親と父親に何があったのか詰め寄られる。
父親
「法助、虐められてるのか?」
法助
「…いや、これは虐められてついた怪我じゃないよ」
母親
「明らかに殴られたり蹴飛ばされたりした怪我よね…。学校の生徒なの?それとも下校中に不良に絡まれたの?」
法助
「…うーん」
法助は答えに悩んだ。どう言えば波風立たないか、どう言えば納得してもらえるだろうか。自分の学校でやられたとなったら勿論学校へ訴えに行くだろう。それはまずい。最悪の結果、法助自身が転校させられたりする可能性だって考えうる。それだけは避けたい。
法助
「…ああ、一緒に帰ってきた女の子が絡まれてたんだ。だから助けようとしたらやられちゃってさ。へへへ」
少し格好をつけた理由を言ってみる。
父親
「それは本当か…? 相手の特徴とかは覚えてないのか?」
法助
「どうだったかな…。背が高かった気がするけど、そこまで目立った特徴があったようにも思えなかったよ」
母親
「…法助、何か隠してない?」
法助
「え? 隠してないよ」
母親
「そんな手酷くやられる怪我を負うなんて、きっと相当恨まれてなきゃ不自然よ?」
法助
「…」
確かに相当恨まれていた。鼻をへし折られ、お腹を踏みつけられ、頭を蹴られ、執拗に腹を蹴飛ばされた。大人数でリンチされたと言っても信じて貰えそうだ。
父親
「…法助。僕達はいつだってお前の味方なんだから、正直に言ってくれていいぞ」
母親
「お願い法助、私を安心させて…?」
素直な気持ち、全て洗いざらい話してしまいたい。だがそれは出来ない。きっとそれは教員である両親にだって相当な迷惑がかかるに違いないのだから。
法助
「…僕はさ、他人に恨まれるようなことをした覚えはないよ。それに僕は父さんや母さんに厳しく躾られた。そうだよね? ならその僕を信じてよ。誰にも虐められてないし、恨まれてリンチされるような事だってしてない」
両親はそこで押し黙った。その日はそれで解放して貰えた。食べやすい料理を作ってもらいお風呂に入り、自室で休むことにする。ガチャりとドアを開ける。自分の机に座ると【後ろから声を掛けられた。】
「法助」
法助
「…えっ!? あ、兄貴か…。何やってんだよ、アイタタタ…」
兄の憲助がドアの後ろに潜んでいた。驚いて肋に響く。
憲助
「ボッコボコにやられてんじゃん。絶対リンチされただろ。誰にやられたんだ」
まただ。両親を説得したと思ったら次は兄から詰められる。
法助
「兄貴には関係ないことさ。落ち着かないから部屋に戻ってくれよ」
憲助
「そうはいかないな。先日お前が泣いてる声も聞いてる。明らかに最近様子がおかしい。なるべく干渉しないようにしてきたが、流石にそうも言ってられないだろ」
兄の憲助は高校2年生だ。成績優秀でなんでも出来る。だが優秀な兄に比べ自分はこんななので素直に言えばジェラシーを感じている。故にあまりかかわり合いたくないのだ。
法助
「兄貴は兄貴の事だけを考えてなよ。僕は僕でやれることをやるだけだから」
法助は素っ気なくそう答える。すると憲助は脇腹を突いてきた。
法助
「あだっ! あだだ! なにすんだよ!」
法助は憲助を押し返す。怪訝な顔をして憲助を睨む。
憲助
「さっき、リビングでの話聞いてたぞ。法助、嘘ついてただろ。法助があんなにスラスラ言葉を発する時は大体何かを隠してる時だ。お前が僕に対してあまり良い感情を抱いてないのは知ってる。だが僕は僕の為に法助の手助けがしたい。じゃないと気になって夜も眠れないからな」
法助
「…」
今日は嫌にお節介だ。手負いの自分がこの兄を追い出すのは難しいだろう。兄の介入があればかなりややこしくなる。年下の学生を上の学生が報復する、それこそ最低最悪のシナリオだ。
法助
「…兄貴はさ、好きな人とか居たりするの?」
憲助
「は? なんで急にそんな話になるんだ? 僕は中学に上がってから彼女が居なかったことはないぞ」
法助
「…それは好きな人が居るかどうかの答えになってない気がするけど」
憲助
「付き合ってきた女は全員好きだったさ。法助お前、もしかして女絡みで因縁でもつけられたのか?」
法助
「…例えそうだったとして、兄貴はそういうトラブルに他の人の介入があったら嫌じゃない?」
憲助
「嫌かどうかは関係ない。僕は法助をリンチしたやつの顔を拝みたいんだ。じゃないと僕の心が穏やかじゃないからな」
一方的だ。それにかなり頑固である。自分もそれなりに頑固なところがあるが、兄にもそれが継承されている気がする。
法助
「…僕、自分で何とか解決したいんだ。だから安心して兄貴。もうこんなふうにボロボロになって帰ってくることはないから」
憲助
「…」
何とか納得してくれないか。兄の介入を許せばややこしいことになる。
憲助
「やっぱり誰かにリンチされたんだな」
そう来たか。自分の中でそうだと納得してしまった。憲助が目を細めて法助を見る。
法助
「だから違うって言ってんじゃん。頼む兄貴、もう部屋に帰ってくれないか…。顔が痛くて喋りにくいんだよ」
法助が困った顔で訴えかける。
憲助
「ああわかった。これで安心して眠れる」
ああなったらどうしようもない。まさか学校に来るわけはないだろうからそこは気にしていない。憲助を部屋から追い出せばデッサン人形で文化部の課題に取り組む。
翌日。
法助は空手部の朝練に顔を出す。
款太郎
「ええっ!? どうしたんだその顔!?」
法助
「あ、いや。ちょっとトラブルに巻き込まれちゃって…」
款太郎
「まさか華山にやられたんじゃ!?」
法助
「いえ、滅相もない。違いますよ」
款太郎
「そうか…。練習、参加出来そうか?」
法助
「実は身体の方をもうちょっと怪我してて、一月ほど休暇を頂きたいんです」
法助は款太郎を何とか説得した。しばらく空手部にも顔を出せそうもない。本当に心配をかけて申し訳ない事をしてしまった。療養中、自分に出来るトレーニングの説明を受ければ教室へ行くことにする。
法助
「…」
雲母はまだ来ていない。いつも5分ちょっと前に教室に入るからまだ時間がある。
華山
「おいホースケ」
華山が話しかけてきた。
法助
「あ、うん」
華山
「怪我で一月くらい休むらしいじゃねぇか」
法助
「…そうなんだ。練習に行けなくて申し訳ない…」
華山
「バカ言うな。俺は何も気にしちゃいねぇよ」
法助
「そっか。その間ちゃんとトレーニングしてみんなの足を引っ張らないようにするから」
華山
「【おめぇ、あの生徒会長にやられたんだろ】」
ドキリとする。
法助
「…知ってたんだ」
華山
「良かったじゃねぇか。その程度で済んでよ」
法助
「…服の下は痣だらけだけどね」
華山
「転校させられなかったのはおそらく常盤雲母が頼み込んだんだろう。夕方にでも連絡が行ってたはずだ。適当に理由をつけて別の学校に転校させられる可能性だって十分にあったんだからな」
法助
「…」
華山
「これで分かったろ。あいつと関わるとロクな事が無いってよ」
法助
「…でも後悔はないよ」
華山
「ほう?」
法助
「僕は雲母のことが好きだし、諦めるつもりも無い。いつか必ず生徒会長に仕返ししてみせる。このままじゃいられないんだ」
華山
「ホースケ。お前じゃ絶対に常磐琥珀には勝てない」
法助
「…やってみないと分からないさ」
華山
「バカ、早まるな。よしんば闇討ちして喧嘩に勝ったとしよう。だがそんな結末望んじゃいないだろ。もうあいつと関わった時点でお前のここでの生活は終わるだよ」
法助
「…」
華山
「ぶっちゃけると俺も桐邑も、あの生徒会長の事が気に入らねぇ。桐邑に関しちゃのうのうと学校に来てる常磐雲母に対しても恨みを持ってやがる。どうだホースケ。いっちょやってみるか」
法助
「…何を?」
華山
「アイツに報復すんだよ。常磐琥珀によ」
おそらくは、水面下で綿密にその計画が練られていたのだろう。法助は計画に自身が参加するかどうか問われる。ドク、ドク、ドク、と心臓の音が高鳴り始める。
法助
「…話だけ、聞かせてくれる…?」
華山
「…口外は決して許されない。分かるな?」
【各学年、各クラスに琥珀の傀儡がいる。】
おかしな事に琥珀はそういったパイプを設けている。このクラスの傀儡が誰かは分からないが、そういった存在が確かに存在するようだ。
元は生徒会長としての実績を上げるために作ったものだろうが、今回は法助と雲母の監視の為にその傀儡を利用したと思われる。
華山
『やつ、琥珀は傀儡を利用して各クラスの生徒に取捨選択を施してやがる。著しく問題を起こすもの、傀儡の存在に気付いたもの、結託して発起を起こそうとする連中をな。それを学園長に密告して別の学校に転校させるのさ』
法助
「…」
法助と華山は連絡先を交換してSNSでやり取りをする。
法助
『雲母にちょっかいかけた人が転校させられたって聞いてたけど』
華山
『それにしても5人は多いだろ?1人はそうだ。初めは雲母の事を好きになったヤツが関わり合いになって転校させられた。それに気付いた2人が雲母に詰め寄った。それを傀儡が報告して2人は転校させられた。4人目は雲母に報復しようとして転校させられた。そして罪の意識から傀儡自身が自主的に転校したんだ』
法助
『…それは確かに近寄り難い』
華山
『まさにビッグ・ブラザーってやつだ。至るところにヤツの目がある。下手な事は出来ねぇってわけだ。とりわけヤツの家族に対してはな』
法助
『息が詰まりそうだね』
華山
『だろ? 報復を企てた4人目は桐邑の双子の姉なんだ。そんなの許せる訳ねぇよな』
何と桐邑は姉を離れ離れにされてしまったらしい。恐るべし。恨まれるのも仕方の無いように思われる。
華山
『そんでだ。お前にはちょっと調査してもらいたいことがある』
法助
「…」
しばらくすれば雲母が教室に入ってくる。自分には一瞥もくれず自身の席へ着席する。
法助
「…雲母」
法助は雲母の横に立てば話しかけた。
雲母
「はい。なんでしょうか」
法助
「…大丈夫だった?」
少し様子がおかしい気がする。無表情であり、目を合わせてくれない。
雲母
「特に何も。心配されるような事はありませんが」
法助
「そっか。あの後心配だったんだ。雲母が…」
雲母
「水鳥くん」
法助
「え…?」
雲母
「名前ではなく苗字で呼んでいただけますか。お互い、そんな間柄ではないので」
それもそうだ。あんなことがあったあとに雲母と法助と呼び合うのはおかしい。いつどこで琥珀が監視しているか分からない。
法助
「…そうだ、ね。ごめんなさい常磐さん。何事もなければいいんだ…」
雲母
「そうですか。そろそろ授業が始まります。ご自分の席へ戻って頂けますか?」
法助は雲母から冷たさを感じるものの、それが本心ではないことを重々承知している。彼女がどんなにアンタッチャブルな存在であろうとも、彼女との関係を絶つことは決してありえない。
法助
「そうだね…。常磐さん」
雲母
「…まだ何か?」
法助
「…僕は大丈夫だから。居なくなったり、しないからね」
雲母
「…」
雲母は返事をしなかった。法助は自分の席へ戻る。雲母の背中をじっと見つめる。小さく、か細く震えている気がする。その手にはハンカチが握られている。…泣いているのか?
法助
『ごめんなさい。悲しませてしまって。僕が至らないばかりに、辛い想いをさせてしまって』
午後の授業が終わり、昼休みに法助はある場所へ赴く。
法助
「…初めまして。安栖里倫六さん」
安栖里
「ああ、君が法助君か。話には聞いてるよ。ヤツに手痛くやられたみたいだね」
法助
「ここへ来た理由、既にご存知でしょうか」
安栖里
「知っているとも。懲らしめたいんだろ? 琥珀のヤツを」
法助
「そうです。生徒会長の傀儡の調査を依頼されまして。このままでは彼女が…常磐雲母が不幸になってしまう。僕は雲母を救いたいんです」
安栖里
「わかった。ならば準備が必要だ。覚悟は出来てるね?」
法助は安栖里に調査の説明を受ける。自身の体が完治するまでの間、なんとしてでも琥珀に付け入る隙を見つけなければいけない。自分の為に、雲母のためにも。




