第3話 自信
法助は雲母の言うことが頭で理解できなかった。雲母に告白すれば断られると聞いた。だが自分と付き合いたいかと言い出す。
法助
「…えと、常磐さん?」
雲母
「はい」
法助
「告白すれば断られるんですよね?でも付き合いたいっていうのはどういう」
雲母
「そのままの意味ですよ。私と付き合いたいかどうか。それを聞いたんです」
やはりこの人はかなり変わってる。クラスメイトに笑われたのはこういうことなのか?
法助
「常磐さん。からかってます?」
雲母
「いいえ? 何故そう思われるんですか?」
法助
「僕は雲母さんに告白して断られたならもうチャンスはないんじゃないですか? でも付き合いたいかどうかその本人から言われるのは…おちょくられているのかなって」
雲母
「そう捉えられてしまいましたか。まぁでも、付き合いたくないのならそれでいいです」
法助は釈然としなかった。付き合いたいと言ったらこの人はどう答えたのだろうか。この人とする会話に正解が見いだせなかった。怒りもしない、恥ずかしそうにもしない。今までこんな人に関わったことは初めてだ。そう思ったら自然と法助は口に出してしまっていた。
法助
「…いやー。常磐さん?」
雲母
「まだ何か?」
法助はゴミ袋を地面に置いた。
法助
「僕達、お似合いじゃないですか?」
雲母
「お似合い…? そうですか?」
法助
「そうです。お似合いだなーって思って」
雲母
「ふふ。私とあなたがですか?」
法助
「僕と君はこの教室のクラスメイトに興味が無い。そして僕と君もお互いにね」
雲母
「ふーん。私はクラスメイトに興味が無いと思っているのですね?」
法助
「そりゃあそうです。僕が毎日執拗に虐げられているのを知っているはずだ。だがこちらを振り向きもしない。それは僕にも僕を虐げるクラスメイトにも興味が無いからだ。僕も僕を虐げるクラスメイトに興味は無い。どうだろう?僕と君、似ているかもしれない」
雲母
「あははは、ふふふ。ふーん。それで?」
法助
「ならお似合い同士くっ付いてみるのはどうだろうか。僕と君、付き合ってみるのはどう?」
法助はへらっと笑いながら相手の出方を伺った。お上品に取り繕ったその外面が剥げるのを今見てやると。まるで興味が無い振りをしているが、コイツも他の連中と同じだ。一皮剥けばただの獣と変わらない。自分より下の者にお似合いだなんて言われたんだ、すぐ罵倒を浴びせてくるはずだと。
雲母
「水鳥さん」
法助
「…はい?」
雲母
「私と付き合いたい。そう判断していいでしょうか」
法助
「…はぁ、ええ。まぁ? 常磐さんと僕なら釣り合うんじゃないかなーって」
雲母
「嘘ですよね」
法助
「嘘?」
雲母
「水鳥さん、あなたは私を試している。ほんと意地悪なお人」
法助
「試してるだって? 僕の心中なんて分かるはずないじゃないか。意地悪なのはどっちなんだか」
法助は話にならないとゴミ袋を拾おうとした。
雲母
「まだ話は終わってないですよ」
法助
「…え?」
雲母
「私は私のことを好きじゃない人と付き合う気はないんです。ならどうするべきなのか」
法助
「ど…どうするべきなのか…?」
雲母
「水鳥さん。私は私の事を好きな人以外とは関わるつもりも無い。どういうことは分かりますか?」
法助
「僕が…常磐さんを好きになれってこと…?」
雲母
「そう。私は私を認めない人にどういう印象を持たれようと、どういう風に扱われようと興味はないんです」
法助
「その気持ち…分かるかもしれない」
雲母
「どうです? 私の事、好きになれそうですか?」
法助は悩んだ。正直困惑している。今日初めて話をした相手にここまで言わせてしまった申し訳ない気持ちと、相手を好きになれるのかどうか自分自身に自信が持てないこと。
法助
「ぼ、僕は…」
法助は自分に自信がなかった。自分を認めない母親、関わろうとしない父親、自分より優れている兄、自分を虐げるクラスメイト、そして目の前の常磐雲母。自分を評価してくれない世の中、それは自分を認めないことをいいことに線引きしたこの世界の境界の向こう側から手を差し伸べる彼女に、自分を愛する事が出来るのか問われたことに返事を返すことの出来ない【自信の無さ。】
法助
「常磐さん…考えさせて下さい…。僕は…自信が無いんです…。自分を好きになる自信も、きみを好きになる自信も」
雲母
「ふふふ。私が付き合えるかどうか聞いた風になってしまいましたね」
法助
「…ははは、そうですね」
雲母
「私はあなたに興味はありましたよ。虐められても学校にしっかり来るんですもの。本当に誰か好きな人がいるんじゃないかって。それが私だとしたならしっかりお返事をしようと思ってました」
法助
「そんな事言って…。今交際を断ったじゃないか」
雲母
「ふふ。そりゃあそうですよ。お互いのことなんにも知らないんだもん」
法助
「なら、友達くらいにはなれるかな?」
雲母
「友達になるのは構いませんよ。よろしく水鳥さん」
法助
「…法助でいいよ。本当にいいんだね? 僕と友達になっても?」
雲母
「私、このクラスで友達と呼べる友達がいませんでしたので。丁度いいかなって」
法助
「そうなんだ…。まぁ、話してる所を見たことなかったし」
雲母
「弓道部ではちゃんと友達と交流がありますよ。このクラス、結構荒んでるし。誰とも関わらないつもりでいたんです」
法助
「…僕の所為かも」
雲母
「一方的に虐げられる人が悪い事なんてこの世にあってはいけません。法助が悪いなんて思ってはいけませんよ」
法助はうるっときた。その涙をみせまいと後ろを向く。
法助
「ぼ、僕はゴミを捨てなきゃいけない。こんな所誰かに見られたら君もいじめの対象になり兼ねない。だからすぐ帰るべきだ…!」
雲母
「そうですか? まぁ、私は部活に行くんですけどね」
法助
「…兎に角! また、明日…」
雲母
「…はい。また明日」
雲母は声色でなんとなく察したのか教室から出て行った。法助の心臓は生きてきて今までにないほど高鳴っている。まさかこんなことが起きようとは今までの人生であるとは思えなかった。足が震え動くことができない。強烈な衝撃が体を駆け巡る。自分に全く興味のない人物だと思っていた相手と境界線を超えて話す事が出来た。
法助
「…動けない」
法助はその日そのまま家に帰った。自分の胸に熱い想いが生まれつつあるのを感じながら中々寝付けず、明日何が起きるか気になって仕方がなかった。