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きみとあなただけの教室  作者: ぐれこりん。
39/76

第38話 雲

法助と雲母はゴミステーションにゴミを捨てに行く。雲母は先程のこともあり、少しモジモジしている。


法助

「…ねぇ雲母」


雲母

「うん…」


法助

「君と一緒にダンスを踊っててね。ずっと恥ずかしかった」


雲母

「うん…」


法助

「いつか僕も君をリードして踊れるかな?」


雲母

「一緒にダンスの練習、する?」


法助

「うん。雲母と一緒にいればなんだって出来る気がしてきたよ」


雲母

「そう? 私は厳しいよ〜?」


法助

「ふふふ、お手柔らかに頼むよ」


ゴミステーションの前に背の高い男子生徒が立っているのを確認する。


雲母

「…あ、琥珀兄さん」


法助

「生徒会長の?」


雲母が琥珀の元へ歩み寄る。


雲母

「待ってたの? ごめんね。ゴミを捨てて、教室のドアに鍵をかけたら直ぐ来るから」


琥珀

「いや、大丈夫だよ。今は違う用事でここにいるんだ」


雲母

「違う用事?」


琥珀

「そう。違う用事でね」


法助は初めて会う人には人見知りをするタイプなので、琥珀に自己紹介すべきか迷いつつじっと2人を眺めている。


雲母がゴミをゴミステーションに入れれば法助の方へ戻ろうとする。


琥珀

「君」


雲母

「え?」


法助

「あ、はい。僕ですか?」


琥珀

「そう君だ。僕の事はご存知かな?」


法助

「ああ、生徒会長の常磐琥珀さんですよね。初めまして、水鳥法助といいます」


法助はキョトンとしながら自己紹介を済ませる。


琥珀

「君が雲母のボーイフレンドか。話には聞いているよ」


法助

「え?そうですか?…ボーイフレンド…」


英語で男友達。日本語では彼氏に該当する単語だ。もうそのように認知されているのか。少し照れくさくなる。


琥珀

「そう。ボーイフレンド。間違いないね?」


法助

「えっと、うーん…」


雲母の方を見つめる。いいのだろうか。自分は彼氏面してしまって。まだ正式に雲母と付き合ってはいないような気もする。先程のことを踏まえれば彼氏と言っても遜色ないだろうし、さらにその上を行っていた気もする。


雲母

「…法助は、私のボーイフレンドだよ」


雲母は上目遣いで琥珀にそう伝える。


琥珀

「僕は法助君に聞いたんだけど?」


琥珀は冷たくそう言い放った。


法助

「…そうです。僕は雲母のボーイフレンドで間違いありません」


見かねた法助が琥珀に対してそう答える。


琥珀

「…ふぅ。そうか。まぁどう答えようがどうでもよかったんだけどね」


え? どういう意味なのだろう。あまりいい予感はしない気がする。


法助

「…ごめんなさい。まだお互いのことをあまり深く知らないので、これからよく知り合ってから正式にお付き合いしようかと思っていました。ですが雲母がそういうのなら、僕はボーイフレンドで間違いありません」


琥珀

「その必要は無いよ」


琥珀は法助の近くに歩み寄る。


琥珀

「雲母はね。彼女の両親が交際相手を決める必要があるんだ。それを君のように不釣り合いな相手と恋仲にあるのは由々しき事態なんだよ。なんなんだあのワルツは、女性にリードされちゃって…。君は男だろう?」


雲母

「こ、琥珀兄さん!」


法助

「…わ、ワルツ…?」


琥珀

「【さっき教室で踊っていたじゃないか。】ここから見ていたよ。それにね。【君から雲母に接吻をしたよね】」


法助

「…えっと、その」


琥珀

「よくも嫁入り前の雲母にあんな事をしてくれたね。どうする? 君の所為で雲母が道を踏み外したら」


雲母

「やめてよ兄さん! 兄さんには関係ないでしょ!?」


雲母が琥珀の袖を掴んで辞めるように促す。


琥珀

「関係ないだと?」


琥珀の表情がみるみる厳しいものになっていく。雲母を払い除け、そして法助の胸ぐらを乱暴に鷲掴みする。


琥珀

「お前は【僕の雲母を傷物】にしたんだ。絶対に許さないぞ。10年だ。10年雲母を想い続けた。お前はどうだ? いいや知ってるぞ。雲母とは1年の頃はクラスが違っただろう。ほんの数ヶ月知り合った程度の仲だろう。そのお前が何ちゃっかり雲母と恋仲になってるんだよォ!」


法助

「…!?」


法助は唖然とした。いきなりヤカンが沸騰したかのような怒気を放つ琥珀に目をパチパチさせながらなすすべがない。


雲母

「…えっ!? なに、どういうこと…?」


琥珀

「雲母は美しいよなぁ。綺麗だよなぁ。分かるぞ、その気持ちは。だがお前は雲母と一緒に居ていい存在じゃないんだ。周りから聞いていなかったか? 雲母とは関わるなって。雲母には近づくなって。雲母は僕が大事に大事に見守ってきたんだ。ここまで穢れる事無く成長してくれたのに、それなのにお前が全部台無しにしやがったんだ。絶対に、絶対に許さないぞッ!」


ガツンッ!


琥珀は法助をそのまま思いっきり殴りつけた。ブシュッと鼻血を飛び散らせながら後方に弾き飛ばされる。


法助

「…ウガッ」


衝撃で吹き飛ばされれば自分の目の前でいきなり火薬が破裂したような匂いがツーンと鼻につく。何が起きたのか瞬時に理解できなかった。肘を軸にして上体を少しだけ起こそうとする。視力はまだ回復していない。視界は濁されてしまいどこに誰がいるのか辛うじて確認出来る程度だ。

おもむろに激痛のする鼻を触る。【折れている。】グラグラと軟骨が歪み触ると刺すように痛い。ぼたぼたと血が流れ続け上着を血塗れにしていく。


法助

「…イッヅ」


雲母

「法助ッッ!!」


雲母が法助に駆け寄ろうとする。琥珀が血に濡れた手でその手を掴む。


琥珀

「雲母、下がっていなさい」


雲母

「なんてことするの!? 信じられない!!」


雲母は琥珀の手を払いのけようとする。しかし力が入らない。力を入れようとすると別の方向に逃がされてしまう。


琥珀

「下がっていろ」


琥珀が笑顔で冷たく言い放つ。手を上に挙げられればぐっと下に押し込まれる。ガクっと膝をついてしまいそのまま制圧される。


琥珀

「…君。今の痛みは僕の心の痛みだ。わかってくれるね?僕は君に思いっきり殴りつけられ、そのように心が血を流した。それもいきなりだ。僕の気持ち、理解してくれたかな?」


法助

「…ブッ」


法助は地面に向かって鼻血を飛ばす。ビチャッと血の飛沫が飛べばアスファルトがどす黒く汚れる。


法助

「…ちょっと分からないんだが」


琥珀

「…うん? 何がだい?」


法助

「あんた、雲母の従兄妹だろ? それなのに僕の雲母って…。それはおかしくないか?」


琥珀

「君。さっきから気になってたんだが、雲母じゃなくて、【常磐さん】だろ? 何親しい感じで名前を呼びあってるんだ?」


法助

「…質問してるのは僕なんだけど」


法助は顔を顰めて鼻を撫でながらゆっくり立ち上がった。


法助

「…琥珀さん。確かに僕と雲母はキスをした。それもあんたや両親の断りもなく。それは僕に非がある」


琥珀は素早い動きで法助のみぞおちを殴りつけた。ぐぶっ、と痛ましい呻き声を上げれば法助は膝をついて地面に突っ伏す。


琥珀

「常磐さんって言えってつってんだろ。言葉わかんねぇのか?ゴミ」


琥珀は頭を足で踏みつけ踏みにじる。


雲母

「…いやぁあああっ! やめてよ琥珀兄さんッ!! 法助は何も悪くないんだよっ! 悪いのは私だからもう法助を痛めつけないでっ!」


雲母が涙声で訴えかけ、法助から琥珀を引き剥がそうとする。しかし抵抗虚しく払い除けられてしまう。


琥珀

「雲母、これは必要なことなんだ。だから少しの間だけ我慢して見ててくれ。そしたらいつもの僕に戻るから。大丈夫だよ。安心して?」


琥珀は優しい笑顔で、優しい口調でそう答える。


琥珀

「君みたいなゴミに集るハエが、誤って美しい雲母に止まってしまうこと事態罪なんだ。それを今しかと噛み締めて、悔い改めて、今後の人生の教訓にするんだよ。わかったね?」


琥珀は頭から足を離すと肩に足をかけて法助を裏返し、【お腹を踏みつける。】


法助

「げほぉっ!」


法助はさらに苦しそうに呻く。口から鼻血の混じった唾液が吐き出され痛ましく体を折る。


雲母

「…ああ、ああああっ、あああ…!」


雲母は足が震えて立てなくなった。琥珀を止めるすべがなく、口を抑えながら、涙を流しながら法助がこれ以上痛めつけられることの無いよう祈った。


琥珀

「どうだい? 味わえてるかい? 僕が感じた苦しみを。雲母を奪われた苦しみをさ。昔から強く強く想い続けた。雲母だけをね。なのにそれを君がいきなり掠めとったんだ。卑怯な手を使って。従兄妹だからなんだって言うんだ?結婚は出来るだろう。ちゃんと勉強してるのか?」


法助

「…はぁ、はぁ、うく、くくくく…」


法助は不敵に笑い始めた。ムクリと立ち上がろうとする。


琥珀

「…何がおかしいんだ。こんなにもボコボコにされてるのに」


法助

「…いやさ、嬉しくて嬉しくて、つい笑っちゃったんだよね」


琥珀

「嬉しくて? 君、頭おかしいんじゃないか? 痛めつけられるのが好きなのか?」


法助

「雲母がね…。泣いてるんだ」


雲母

「…え?」


法助

「…雲母が、僕の為に泣いてる。僕が痛めつけられて、涙を流してる。…あの涙は【僕の涙】だ。僕の為に流された涙なんだ。それが嬉しくってさ。僕は、あんなにも大切に想われてるんだって。実感してるんだよ。身に染みてる。それをかみ締めてる…」


琥珀

「…」


法助

「ねぇ琥珀さん。僕は苦しくない、よ。嬉しい。体から愛が溢れそうなんだ…。この痛みすらも恋しい。愛おしい…」


琥珀

「…黙れ」


法助

「…雲母は、僕のものだ。雲母…きみを、愛している」


雲母

「…法助ぇ…!」


雲母は悲痛な声で呼びかける。しかし…。


琥珀は法助の頭を思いっきり蹴り飛ばした。地面に落下するように倒れ込めば、そのお腹を思いっきり蹴り飛ばし続ける。


琥珀

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、このドブクソがっ! 僕達に干渉するな! 僕達に関わるな! 僕達と同じ空気を吸うなッッ!」


法助は目を大きく開き嘔吐する。血の交じった嘔吐物は地面を汚す。さすがに恐怖で足が震え、漏らしてしまう。下半身に排尿の熱を感じれば地面が濡れていく。


琥珀

「はぁ、はぁ、クソ。靴についてしまった。見てみなよ雲母。こんなにも無様なボーイフレンド、ハッキリ言って幻滅しただろ」


雲母

「…酷い…。酷すぎる…。あんまりだよ…」


雲母はもう法助を見ていられなかった。


法助

「…雲、母…。悲しま、ないで…」


法助は雲母に向かって手を伸ばした。しかし琥珀にその手を踏みつけられる。そして雲母の手を引けば、【接吻を交わす。】


雲母

「…んんんっ!!」


雲母は抵抗する。しかし力でそれを抑えつけ琥珀はそれを法助に見せつけるように接吻を続ける。


法助

「…」


虚ろな目でその光景を眺める。夢で見た光景だ。やっぱり現実に起こってしまったんだ。僕は一時の間に天国を感じられた。そのお返しがこれだったんだろうか。ああ、無念だ。僕はなんの抵抗も出来ずにひれ伏してしまう。残念でしかない。1度でいいから、雲母にいい所を見せたかったなぁ。雲母に格好付けたかったなぁ。残念だなぁ…。


琥珀は雲母から唇を離す。


雲母

「…はぁ、はぁ、うぇっ」


雲母は手を掴まれたまま足から崩れ落ちる。


琥珀

「ふぅ。それじゃあ帰ろうか雲母。雲母も法助君に近付いちゃダメだよ。法助君をまたこんな目に合わせるのも面倒だし、雲母だって嫌だろ? あーあ。靴が汚れちゃったから替えなきゃいけない」


琥珀は雲母を引き起こし、そのまま連れて帰ろうとする。


雲母

「法助ぇっ! 法助ぇぇっ!」


雲母は無理矢理引っ張られ連れ去られる。


法助はうつ伏せになりながら雲母を目で追った。立つことが出来ない。思考がぼんやりとして現実味がない。このまま眠ってしまいたいが、煩わしい鈍痛で意識を喪失することが出来ない。

ゴミステーションの前に捨てられたゴミ。パンパンに詰められたゴミステーションから溢れたゴミは、ゴミの仲間にすら入ることが出来ない。それが今の僕。しかしここまで手痛く痛めつけられたのは生まれて初めてだ。そのまま上体を仰向けにして空を眺める。雲の動きを追って痛みが引くのをじっと待つ。おそらく肋が折れているだろう。息をする度に針が刺さったような痛みがある。しばらくは笑えそうにないな。





「…法助」


空に浮かぶ雲を目で追ってる最中、誰かが僕の視界に写り込む。


法助

「…箱柳、さん?」


箱柳

「…」


箱柳は法助に膝枕をする。


箱柳

「ボロボロだね」


法助

「…」


箱柳

「だから常磐と関わるなって言ったのに」


法助

「…」


箱柳

「話せそうにない?」


法助

「…箱柳さん。あのね」


箱柳

「…うん」


法助

「…僕、このままじゃいられない」


箱柳

「…うん」


法助

「…強くなりたい」


箱柳

「…うん」


法助

「…賢くなりたい」


箱柳

「…うん」


法助

「…僕は、雲母を愛してる」


箱柳

「…うん」


法助

「…彼女を諦めない」


箱柳

「…うん」


法助

「…」


それ以上言葉が出なかった。僕は箱柳に膝枕をされながら空に浮かぶ雲を目で追う。いつしか必ず辿り着いてみせる。必ず天国が待っている。僕は行かなくてはならない。あそこに雲母との幸せな未来が待ってるのだから。

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