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きみとあなただけの教室  作者: ぐれこりん。
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第37話 ア・リトル・ピース・オブ・ヘヴン

法助

「僕と雲母だけの教室にする…!?」


何を言い出すかと思えば法助は驚愕する。


法助

「ど、どういうこと?」


雲母

「簡単な事だよ。クラスメイト全員追い出すの。授業中も、休み時間も、掃除だって私と2人だけ。どう? 素敵じゃない?」


異常だ。彼女は常軌を逸している事を言っている。


雲母

「私、法助以外何もいらない。必要ないもん。だから別に構わない。法助はどう? クラスメイトたち皆意地悪だし、必要ないよね?」


法助

「そんなこと出来っこない。冗談やめてよ…」


雲母

「冗談じゃないよ。出来る出来る。昨日一生懸命考えて辿り着いたんだ。そうすれば私達2人は幸せになれる。私が法助の勉強を見てあげる。法助は私の絵を休み時間に描ける。…法助が望むなら…は、裸にだってなってあげる…。ちょっと恥ずかしいけど、ね?」


雲母は照れながらそう答える。


法助

「ちょ、ちょっと!」


常軌を逸していると思えば流石に雲母の手を振りほどこうとする。【しかし振りほどくことが出来ない。】精神的な問題ではない。振りほどけないのだ。力を入れようとすると別の方向に逃がされてしまう。手に力が入らない。そして今の状況に頭がついて行かない。


雲母

「法助、あなたは何も心配いらないよ。私が導いてあげる。あなたが進むべき道も、これからの人生も。私は裏切ったりしないし、心が折れたりもしない。私たち2人で歩むの。きっと上手くいく。だからね、私を信じて」


雲母が法助の背中に手を回し、もう片方の手を握る。そして【ワルツを踊り出した。】法助はなすすべもなく踊らされる。ユラユラとしたテンポで雲母の思うままに操られればなすがままにワルツを踊らされる。全身はリラックスしており、何故か気持ちよかった。しかし心の中はただただなすすべもなく踊らされている状況に、上も下もなくはね回るように慌ただしく混乱している。

雲母と法助は全ての机を綺麗に回避し、ナチュラルターンからのリバースフレッカールとテンポよく移行すればクルクルクルと回され抱き寄せられる。雲母の豊かで柔らかな胸が自身の胸と合わされば法助は激しく動揺した。


法助

「うわ、雲母! 落ち着いて!」


雲母

「私は落ち着いてるよ。冷静。法助はね、箱柳さんに汚されちゃったんだ。だから綺麗にしなくちゃいけない。私が丁寧に、丹念に、念入りに洗ってあげる。一生懸命禊いであげる。大丈夫だよ。私に任せて」


法助

「雲母、僕は汚れてなんかいないよ…!」


雲母

「ううん。私には分かるの。この間から何か違和感があったの。その正体に気づかなかった。それで昨日ちょっと法助を避けちゃったんだ。ごめんね…?」


まるで話を聞いてくれない。何かに一心不乱になっている。僕はどうしてこう話を聞いて貰えないのか。


法助

「…はぁ、はぁ」


おかしい。自分の身の回りでおかしなことが起きている。何故ここまで皆狂ってしまっているのか? そもそもとうに壊れてしまっていたのか? それとも僕がおかしいのか?雲母程の者を狂わせる何かが僕にはあるのか?


法助

「…き、雲母、話を聞いて…」


抵抗出来ない状況に息も絶え絶えの法助は絞り出すように一言呟く。


雲母

「うん? なぁに?」


法助

「…僕が間違ってた。僕が君を守るだなんて烏滸がましかった。君は僕よりずっと強いし、逞しい。そして今まで見てきた誰よりも魅力的で美しい」


雲母

「…えへへ。そんなに褒めてくれるんだ。ありがとう」


雲母の頬が紅くなる。顔は凄く近い距離にある。雲母は、彼女は、こんなにも、これ程までに情熱的な性格であったのか。


法助

「だけど君に守られてるだけじゃ僕は成長出来ない。君に優しく包まれて穢れなく生きていければ楽だろう…。安全だろう…。だけどそれじゃあ生きてるとは言えない。僕は君と肩を並べることは出来ない」


息をするのも忘れてしまいそうだ。抱き寄せられたまま雲母の体温を身体に感じる。このまま天国にでも連れて行かれるのではないかと錯覚する程の激しさと勢いを感じる。何とか納得してくれないだろうか。僕には彼女を止めることは出来ないだろうか。


雲母

「そんなことはないよ」


法助

「え?」


雲母

「理論的じゃない」


次はパソドブレを踊らされる。オープンテレマークで教室を横断させられればツイスツで身体を波打つように揺さぶられる。


雲母

「あなたの言う、穢れなく生きていくだとか、肩を並べるだとか。そんなのは必要ない。そんなふうに他人の忖度しようとしたって仕方がないよ。私の気持ちを深く考える必要はない。法助は法助のことだけを考えていればいいんだから。難しく考える必要はないよ」


法助

「どうして…? どうしてなの雲母…! 何故そこまで僕に拘るんだ!?」


雲母

「あなたは私を必要としてくれてるから。ならそれに応えなきゃいけない。法助が望むなら男女の関係でも、結婚でもする。その時に私が必要だと思ってくれているのなら、それで私は構わない。あなたならきっと見てくれる。私を見てくれる。私の中の私にキチンと向き合ってくれる。それだけで私は十分なんだ。地位も名誉も必要ない。だから綺麗なままでいて…? 法助は穢れないまま私の側にいて…?」


法助

「…雲母」


踊らされ、揺さぶられている最中、法助は思った。【今、雲母にキスをすればどうなるだろう。】彼女はとても純粋である。その純粋な心で僕と清く正しく付き合おうとしている。それならば、いきなりキスをしたらば? 彼女の初めてのキスを僕が奪ったならば? 法助はへらっと笑いながら相手の出方を伺った。突然キスされれば目が覚めるだろう。自分より下の者にキスをされたのだ。大事な初めてをこんな僕に奪われるだなんて。直ぐに目が覚めて罵倒を浴びせてくるはずだと。涙を流し後悔するだろう。熱くなった頭も冷えるだろう。愛は偽りだと気付くだろう。そしてこの世界も終わりを迎えるだろう。だがそれも仕方がない。雲母の為なのだ。雲母を想うならば、自分が狂わせてしまった彼女を止めることが僕の責任なのではと思い、覚悟を決めた。白熱したダンスは終わりを迎え、また雲母に抱き寄せられる。


法助

「…雲母。君の、所為だからね…?」


法助は雲母の手を離し、抱き締めてキスをする。終わりだ。これで終わり。雲母は僕の事を永遠に呪うだろう。僕の事を忘れないだろう。だがこれで彼女の目が覚めてくれるのならば、それでいい。僕のような人間が、彼女と共に歩めるはずもないのだから…。


雲母

「…」


法助

「…」


雲母は目を瞑り停止した。気付いてくれただろうか。自分が犯した過ちに。自分がしでかした失敗に。ああ、あああ。こんなチンケな僕に人生を棒に振ってしまうなんて。君は本当に愚かな娘だ。これで永遠に僕と初めてキスをした事実が残り続け、後の人生に大きな心の傷として残るだろう。ほら見ろ、そら見ろ、【僕は君に相応しくない。】ざまぁみろ。勢いに任せて取り返しのつかないことをしてしまった。その代償を払わされる覚悟も無しに、君はあまりにも突き進み過ぎた。


【おかしい。】


雲母は法助の腰に片方の手を当て、ゆっくりともう片方の手を背中に回す。


【雲母は抵抗しない。】


そのままギュッと法助を抱きしめる。


【罵倒も飛んでこない。】


雲母の目は瞑っている。


【混ざりあってしまう。】


こんなにもあっさりと。


【紡がれてしまう。】


意識が混濁する。


【気が遠くなっていく。】


1つに【溶け合って】しまう。


そこで法助ハッとすれば雲母を離した。雲母も我に帰れば頬を真っ赤に染めて後ろを向いてしまう。


法助

「…はぁ、はぁ、はぁ、き、雲母?」


雲母

「…う、うん」


法助

「大丈夫…?」


雲母

「…大丈夫…じゃない」


法助

「そっか…。良かった…」


雲母

「…ぷっ」


雲母が噴き出してしまう。法助もそれにつられて笑い出す。


法助

「あは、あははは、君が、君がそんなに顔を近づけるからだろ?」


雲母

「私、ちょっとどうかしてたかも…。今ので目が覚めたよ」


法助

「そう、それなら安心した…」


雲母

「…」


雲母は法助の顔を見ることが出来なかった。


法助

「ねぇ雲母」


雲母

「…なぁに?」


法助

「この世に天国があるなら、さっき僕は少しだけ行けたかもしれない。…ほんの少し、ほんの一欠片でも、天国を感じられたかもしれない」


雲母

「…分かる。天国、確かにあったね…」


雲母からそんな気の抜けた返事を聞けるとは思わなかった。自分とはかけ離れた存在と特別視していたが、今日この瞬間、誰よりも何よりも雲母を近くに感じられた。

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