第34話 進むも地獄、退くも地獄
付き合っているでしょ? 箱柳ははっきりそう言った。
「えっ!? お前ら2人付き合ってんの!?」
「まじかよ、なんでまた法助なんか」
「全然分からなかった…。そんな素振りも一切無かったのに」
桐邑
「ちゃんとしょーこもありまーす」
桐邑は2人が抱き合ってるシーンの写真を映したスマホを皆に見せびらかす。箱柳は上半身裸で下半身は机に隠れて見えない。2人が教室で抱き合っている写真にクラスメイトは唖然とした。
箱柳
「やめてよ、恥ずかしいんだから〜」
箱柳は照れ笑いをしたような様子で、はにかみながらそう答える。
法助
「いや、違う! 箱柳さんと僕は付き合ってなんかいない!」
弦浦
「法助、ならてめぇはこの写真をどう説明付けるってんだよ」
先日華山にやられた弦浦が噛み付いてきた。かなり怒り心頭だ。法助の胸ぐらを掴む。
法助
「…やめろ。冷静になれ。どう考えても有り得ないだろ」
弦浦
「俺は冷静だぜ? このスカタンホモ野郎。お前の答えによっちゃただじゃ済まさねぇぞ…!」
法助は確信した。弦浦は間違いなく箱柳の事が好きなのだ。ここまで冷静さを欠く理由は他に見当たらない。
華山
「なんだか賑わってるみてぇだな? 弦浦」
弦浦
「…ぐっ…」
弦浦は以前のことがあったためか華山の事が苦手になったようだ。
華山
「お前がいつまでたっても箱柳を落とさねぇから、ホースケに取られちまっただけの事だろ? 男としての実力で劣ってる相手に突っかかって情けなくないのか?」
弦浦
「黙れ!」
弦浦が一喝する。しかし華山はくくく、と相手を嘲笑うように不敵に笑えば自分の席から微動だにしない。目線は机の下のスマホに向けて表情だけ愉快そうに笑みを浮かべている。
箱柳
「弦浦」
弦浦
「…え?」
箱柳
「キモイからもう帰ったら?」
箱柳は今まで聞いた事のないような冷たい声でそう告げる。弦浦の顔から徐々に血の気が引いていく。まさかこんなことを言われるとは思っても見なかった、そう捉えられるような表情だ。弦浦は法助から手を離せばそのまま教室を出ていった。
法助
「…違う、こんなの…。誤解、誤解なんだ…」
法助の目が左右に揺れ動いている。今の【教室状況】がまるで理解できない。何故自分と箱柳が付き合っている? 何故そんなデマをクラスメイト全員にそれを打ち明けるような動きをしたのか。ふと、雲母の方を見る。雲母は一時限目の授業の準備をして待機している。ここからでは表情が確認できない。雲母は何を考えているのだろう。僕が箱柳と付き合っているはやし立てられて、それを聞いてどう感じているのか。すぐにでも雲母に弁解したかった。すぐにでも雲母に違うと誤解を解きたかった。すぐにでも雲母の元へ駆けつけたかった。しかしそれは叶わなかった。
箱柳
「ね? 法助。今日は屋上でご飯食べよっか。実はさ、法助の分も作ってきてあるんだ」
箱柳は頬を赤らめてそう告げる。ヒュー! ヒュー! と冷やかす者まで出始める。
桐邑
「私も驚いたよー。まさか苗生が法助の事好きだなんてね。世の中何が起こるか分からないよ。ね? 法助」
桐邑が法助の肩をパシっと叩く。ふざけるな。全く馬鹿げている。どうかしている。これは本当に現実なのか?
法助
「…」
箱柳
「私と食べるの…。嫌なの?」
法助
「…少し話し合いたい。だから今日はご飯を一緒に食べよう」
箱柳
「うん。わかったよ♪」
箱柳は嬉しそうに返事をすれば【法助の頬にキスをする。】
法助
「…!?」
驚愕した表情で箱柳を見れば、ニヤリと微笑み自分の席へ戻る。そう、【雲母の後ろの席へ。】
程なくして授業が始まる。授業の内容が全く頭に入らなかった。箱柳に支配されている。今、全てが箱柳に思考が向けられている。先日まで雲母のことが好きだった。雲母のことを強く想っていた。本当に好きだったのに、まるっと置き換えられてしまった。こんなにも簡単に。こんなにも容易く。あんなにも苦しんで苦しんで、雲母の事を想っていたのに、こんなにもあっさりと。
法助
「…」
授業を受けている時も箱柳から視線が外せない。箱柳の頭の先から足の先まで目に焼き付けるように見てしまう。もしもこのまま箱柳と一緒になったならどうなるだろうか。
僕は幸せになれるのだろうか。一方的だが抱きしめられ、キスまでされてしまった。法助の頬が熱くなっていく。ならばもっと先まで彼女は許してくれるのではないだろうか。僕は、彼女を好きになれるのだろうか? 【彼女を好きにしていいのだろうか?】
胸の内からまるでタールのようなドロッとしたどす黒い感情が溢れてくる。なんだこれは…? どす黒い感情は自らの思考を焼くように、自身後ろめたいの欲望を肯定するよう思考全体に広がっていく。やめてくれ、これは間違っている。
【彼女を好きにできる。彼女を好きにできる。彼女を好きにできる。】
法助
「ごくり…」
次第次第に頭の心が白濁していく。法助は自分の手にシャープペンシルを思いっきり突き刺した。じわりと血が滲んでくる。
法助
「…いっ、つ」
法助は自分の思考に支配されないように現実の痛みで自身を抑えた。流されてはいけない。この感情は間違っている。箱柳は僕のことを好きではない。そして僕も箱柳の事を好きではない。間違えてはいけない。誤ってはいけない。
法助
「ふー…、ふー…」
あまりにも刺激が強すぎる。自身がそういう多感な時期であるというのもあるだろう。だが1度堕ちてしまえば恐らく戻ることは出来ない。何とか耐えねば。何とか堪えねば。
昼休みになる。
箱柳
「法助」
法助
「…」
箱柳
「屋上で待ってるから」
箱柳はそう告げると微笑み、教室へ出ていった。雲母の姿を探す。しかし既にいなくなっている。恐らく文化部の部室だろう。法助は急いで雲母の誤解を解くために文化部の部室へ向かうことにした。
恐らくは進むも地獄、退くも地獄。どう進むもうと必ず試練が待ち受けている。なれば試練を乗り切るしかない。法助は覚悟を決めた。




