第33話 法助と苗生
法助は遅れて部活に参加する。
款太郎
「おいおいどうした…。顔面蒼白だぞ!?」
法助
「…ご飯を食べそびれちゃって」
款太郎
「いや、飯を抜いたくらいでそんなにゲッソリしないだろ…。法助くん、今日は帰るんだ」
法助
「いえ、やります」
華山
「法助、帰れ」
華山がドアの横に持たれながら法助に吐き捨てるようにそう告げる。
華山
「最近のお前は部活中でもヘロヘロで何処か頼りない感じがする。まるで魂でも抜けちまった様にな」
法助
「…そうかもしれない…。でも、部活動は何とか出来るんだ。準備体操したらすぐ稽古に参加するよ」
華山
「今のおめぇを見てるとムカつくんだよ。調子を戻してくるまで参加すんじゃねぇ! ぶん殴るぞ!」
款太郎
「コラ華山! そんな言い方は寄せ!」
華山はチッと舌打ちをすれば道場に入って行った。中の部員達も注目している。法助は怒鳴られれば背筋が冷りとした。少し喝が入ったかもしれない。だがこのまま引き下がらなければ本当に殴られるかもしれない。
法助
「部長、ごめんなさい。今日は帰宅します」
款太郎
「ああ、無理するなよ。アイツなりに気を使った言葉なんだろうがどうも不器用だよな。ちゃんと体調を整えてから参加してくれ」
法助は頭を下げればそのまま帰宅した。
法助
「ただいま」
母親が料理を作っている。法助がただいまと言えば目を丸くした。
母親
「手を洗ってうがいして来なさい…」
法助は返事はせずに手洗いうがいをして、制服や洗い物を洗濯カゴに放り込む。
法助
「…」
お昼のお弁当を温めた。レンジで加熱が済めばそのままリビングの机に座って食べ始める。
母親
「珍しいわね」
法助
「…」
母親
「学校で何かあったの?」
法助
「…いや、別に」
母親
「でも顔色が悪いわよ? 風邪でも引いたの?」
母親が額に手を当ててくる。法助は顔を顰めたが払い除けはしなかった。
母親
「熱は無いみたいね」
法助
「母さん」
母親
「うん? 何?」
法助
「…」
言葉が出なかった。誰かに相談したかったが、言っていいのかどうか迷う。
法助
「父さんとはどうやって出会ったの?」
母親
「職場恋愛ねー。ただそういう仲になってからは仕事場でやり辛くなったから異動する事にしたわ」
法助
「…そうなんだ」
母親
「法助は誰か好きな人が出来たの?」
法助
「…」
法助はそこで頬から唇にかけてなぞる。あの血をつけられた時のことを思い出した。
法助
「分からない」
母親
「分からない? 好きなことが分からないってこと?」
法助
「…分からなくなったんだ…。僕は誰が好きなのか、誰を好きになるべきなのか」
母親
「ええ? そんな事言われても母さんも分からないわよ。もう少し詳しく話しなさいよ」
法助
「僕のことが、多分好きな人がいるんだけど…」
母親
「ホント? いいじゃない。それで?」
法助
「なんというか…。凄い性格が捻れてるというか…。歪というか…」
母親
「ふーん。相手の気持ちがよく分からないのね。思春期の子は皆そんなものよ。私も生徒には手を焼いてるからね」
法助
「その人とどう付き合ったらいいか分からなくて…」
まだ全てを話すには勇気が必要なのだろうと母親は思った。
母親
「そうねぇ。その子とよーく話し合ってみて、相手に自分を知ってもらって、自分も相手をよく知ってから、遊んだり、男女として付き合ってみるのはどう? 法助自身もまだママにちゃんと話せるほどその子の事を知らないんじゃない?」
法助は母親を上目遣いで見ればコクリと頷いた。
母親
「またなにか分かったらママに教えて? 力になれるか分からないけど、ママなりの答えを法助に応えてあげる。あんた顔色悪いし、ご飯食べたらお風呂はいってもう休みなさい」
母親は夕飯のハンバーグのお皿を法助のお弁当の横に置いた。それにちょっと手をつければ法助はハンバーグにラップをして冷蔵庫に片付ける。
よりにもよって自分の嫌いな母親に相談してしまった。母親も母親で普通に受け答えをした。明らかに様子がおかしかったのが見て取れたのだろう。嫌な気はしなかったが、少し気持ちは楽になった。お風呂に入り宿題をすれば、法助は今日1日の事を思いながら泥のように眠りについた。
法助は夢を見る。おかしな夢だ。雲母と生徒会長であるあの男がキスをしている。おかしい。従兄妹同士のはず。夢に違和感を覚え雲母の元へ近寄ろうとする。しかし【何かに足を掴まれた。】泥の中から女性のであろう手が伸び足を掴めば引きずり込まれる。髪の長い女性。顔が徐々に近付いてくればそれが箱柳であることがわかった。
箱柳
「私だけを見て。虐められてる時も、幸せを感じてる時も、家に帰って寝る時も。私だけを想って」
ムクリと起き上がる。額にびっしょりと汗をかいている。深夜の2時過ぎ。嫌な時間に起きた。下へ降りて水を飲む。目がしばしばすれば先程の夢が想起される。まるで自分の隣にまだ箱柳がいるような気配がする。雲母を想おうとする。雲母の顔を思い出そうとする。しかしそれは叶わず箱柳の顔が浮かんでくる。まるで映写機に連続で箱柳の顔がフィルムに映し出されているように雲母の顔を思い出すことが出来ない。まんまと箱柳にしてやられてしまった。
法助
「…う、おぇ…」
法助は吐き気がする。箱柳のことを思えば胸に針が刺さったような痛みが走る。その痛みにより横隔膜が痙攣を起こす。ひく、ひくっ、とひきつけを起こす。
法助
「僕は、どうしちゃったんだ…」
法助は箱柳を忘れる為にヘッドフォンで音楽を聴きながら眠りにつくことにする。
翌日。
朝練を終えて下駄箱に向かうと丁度雲母と遭遇する。
雲母
「おはよ♪」
雲母はご機嫌だった。彼女の笑顔を見れば法助も胸を撫で下ろす。
法助
「あ、おはよ…」
雲母の後方に人影がある事を確認する。まさか箱柳では?いや、人違いだ。
雲母
「うん? どうしたの?」
法助
「いや、なんでもないよ」
雲母
「そうだ。昼休みなんだけどさ。こないだ絵を描いてくれるって言ってたじゃん?」
法助
「あ、ああ。そうだったね」
雲母
「今日描いてみてよ! 実は結構楽しみにしてたんだ」
とても嬉しそうだ。僕達はまるで仲睦まじいカップルのように話しをしている。しかし何故か箱柳の存在がチラつく。雲母、彼女と話しているのに考えているのは箱柳の事。おかしい。確実に変だ。
法助
「…」
雲母
「どうしたの? 今日はなんだか上の空だね」
法助
「大丈夫だよ…。じゃあ今日の昼休み、常盤さんをモデルにして絵を描いてみるね」
雲母
「ふふふ、わかった。可愛く描いてね」
雲母は、本当に優しくて綺麗で、とても良い子だ。しかし彼女と一緒にいると何故か罪悪感に苛まれる。自分は雲母といるべきではない。彼女は明るく綺麗な道を行き、僕は暗い茨の道を歩まなくてはならない。昨日の事を思えばそんな気さえする。
教室に辿り着き、雲母と法助は席に着く。すると誰かが自分の机の上に腰掛けた。
箱柳
「ねぇ」
法助
「えっ!?」
箱柳
「お昼ご飯、一緒に食べるでしょ?」
法助
「なんで…!? ど、どうして!?」
箱柳
「どうして?」
箱柳が髪の毛をなびかせる。昨日の今日である。華奢でいて、繊細であるように感じられる彼女の体が目の前にあれば、否が応でもそのラインを目で追ってしまう。
箱柳
「私たち、付き合ってるでしょ?」




