第32話 イノセント・ギルティー
法助
「…はぁ、はぁ、うぐ」
僕の事が好き…? 全く理解できなかった。法助は動悸が激しくなる。理解不能な状況に頭がついていかない。ここから走って逃げ出したい気持ちに駆られる。
箱柳
「ねぇ、どう思った?」
法助
「…分からない。多分、その気持ちは間違ってるんじゃないかな…?」
箱柳
「ふーん。なんでそう思うの?」
法助
「僕の上履きや筆箱に画鋲を入れたり、棘のある花を机に入れたり…好きな人を想っての行動とは到底思えない…。全く理解できないよ」
箱柳
「…法助」
箱柳はタイに手をかける。シュルっと紐解けばそのまま制服も脱ぎ出した。
法助
「…!?」
箱柳
「理解が出来るとか出来ないとか…結局人の心の中を覗けない以上、開けてみないと、本音を引き出してみないと分からないよね?」
箱柳は上着に手をかける。法助は堪らず目を瞑ってしまった。
法助
「箱柳さん! やめて!」
箱柳
「愚図」
上着を脱ぎ捨てる音が聞こえる。
箱柳
「卑怯者」
箱柳が近寄ってくる気配がする。
箱柳
「泣き虫」
法助は目を瞑っている為、相手が何処にいるのか分からない。しかし甘い洗髪剤の香りが近くから漂ってきた。【箱柳は自分の近くに寄ってきている。】分からない。分からない。理解出来ない。理解したくない。何故、僕のことを?
箱柳
「意気地無し」
抱き寄せられる。自分の顎の下に箱柳を感じる。背に冷や汗が流れる。まさかこんなことが起ころうだなんて。全く想定出来なかった。目は瞑ったまま、彼女がどのような姿になっているのか想像もできない。
箱柳
「ねぇ法助」
法助
「…」
喋ることも出来ない。足が、全身が情けなく震えている。ここまで戦慄を覚えたのは人生で初めてだ。耳の奥で心臓の鼓動がドクドクドクと鳴っている。まさか、僕は死ぬのか? 今ここで? そう思わせられる程の非現実感に打ち震えた。
箱柳
「きっかけなんて誰にも分からない。最初、小学生の時にあんたを見た時、なんかいいな…程度にしか思ってなかった」
法助
「…」
箱柳
「あんたが皆に詰られて、踏み躙られて、虐げられて、正直幻滅した。こんな情けないやつの事を一瞬でもいいなって思った自分が馬鹿なんじゃないかなって」
法助
「…」
箱柳
「でもね? 毎日毎日、あんたが情けなく惨めに虐められてるところをみて…私の心は酷く、強く惹き付けられたの。こんなにも意気地無しなのに、あんたに惹かれている自分の心を否定出来なかった。あんたを見て、私の心はいつだって血を流してた。分かる? 私の辛さ、切なさ、悔しさ…」
法助
「…」
箱柳
「あんたがね…。痛めつけられれば痛めつけられる程に、あんたへの想いが強くなっていった。ねぇ。法助は、自分にはまるで何も罪がないと思ってるよね…?」
法助
「やめてよ…」
必死に振り絞った一言。しかしそれ以上法助は抵抗出来なかった。恐怖で振りほどくことも出来ない。こんなにも自分は弱いのか。こんなにも自分は情けないのか。
箱柳
「あんたが苦しめば苦しむだけ、私の心も血を流していたの。それが法助の罪なんだよ」
法助
「…僕の、罪…?」
箱柳
「そう。法助の罪。【無実の罪】だよ。私が罰として呪ってあげる。法助の心を永遠に穢してあげる。常磐と一緒に幸せになろうだなんて許さないから」
法助の心に、夥しい数の棘が刺さる。それはプス、プス、プスと刺さればまるでムカデでも這ったかのような痕を残される感覚を覚える。
箱柳
「私だけを見て。虐められてる時も、幸せを感じてる時も、家に帰って寝る時も。私だけを想って」
箱柳はそう告げれば法助を解き放つ。何かを、決定的な何かを心に植え付けられた。法助は堪えきれず膝を折った。すると箱柳が法助の頬から唇にかけて指でなぞる。なにか液体がつく感触がしたものの、それを拭う気力もない。
箱柳
「…じゃあね。また明日」
常磐雲母、彼女が上書きされていく。頭の中の彼女がどんどん箱柳苗生に置き換えられていく。やめろやめろやめろ。違う、違う、違う、彼女では無い。
法助
「…う、う、う、ヒック」
自分のあまりにも無惨さに涙が流れ、嗚咽が混じる。箱柳は、待っていたのだ。【僕が羽化するのを。】石に成って固まっていた僕が愛を知り、愛の素晴らしさを理解するその時まで、じっと待っていた。そして完全に結実したところに決定的な宿芽を植え付けてきたのだ。
法助
「…はぁ、はぁ、うう、げほ、げほっ!」
気持ちが落ち着き初めて、目を開けた時、教室には誰もいなかった。
法助
「…」
法助は自分のカバンを持ちフラフラとした足取りでトイレに向かう。
法助
「おえ、げほ、ごほ」
手洗い場で嘔吐を繰り返す。胃の中に何も無いのに脳がグルグルと横転して吐き気が込み上げてくる。ふと鏡を見る。頬から唇にかけて【血が塗り付けられていた。】




