第31話 常磐山査子
法助
「…」
午後の授業が始まり、筆箱の中のシャープペンシルを取り出そうとした時、中に大量の画鋲が入っていた。チラリと箱柳の方を見てみる。こちらを向いている様子はない。抜けていた。華山のイタズラがなくなって安心してた。しかし何故画鋲なのだ? 箱柳は何故画鋲を刺そうとしてくるのだろうか。カバンは文化部に一緒に持って行っていた。机の中に他に何か入っていないか確認する。
法助
「…いつっ」
ちくっと何かが刺さる。指先から血が出てしまう。棘のあるなにかの植物だ。これはなんだろう?白い花が咲いている。他になにかないか探してみる。それ以上は特に何も入っていなかった。
放課後。
箱柳
「掃除、やっておきなよ」
法助
「…」
箱柳
「返事は?」
高圧的な目で法助を睨め付ける。モデルになってくれるとまで言っていたのに何故こんな態度なのか。
法助
「…わかった」
桐邑
「苗生、早く行こ」
法助は掃除を押し付けられた。しばらくすれば誰も教室にいなくなる。すると雲母が委員会の用事を済ませて戻ってきた。
雲母
「…私、こっちから掃くから法助は向こうからお願いね」
法助
「あ、ありがとう…。無理しなくていいよ」
雲母
「ううん。全然大丈夫だよ。琥珀兄さんが来るまでまだ時間がかかりそうだし」
昼休み楽しく話し合ったものの、雲母に対してまだ多少の苦手意識が残っている。何より自分が押し付けられた掃除を雲母に手伝って貰うのが情けなかった。
雲母
「…あの人たちは相変わらずだよね…。きっと社会に出ても変わらないね」
法助
「…」
ふと午後の授業の事を思い出せば雲母に尋ねてみる。
法助
「常磐さん。この植物何かわかる?」
雲母
「うん? これはピラカンサスだね。どうしてもってるの?」
法助
「あ、いや。机の中に入ってたんだ。どういう事なんだろうと思って」
雲母
「ピラカンサスねぇ…」
雲母はスマートフォンでピラカンサスについて調べてみた。
雲母
「5月から6月にかけて白い花を咲かせて、10月から3月の秋から冬にかけて赤い実を成らせる薔薇科の植物だよ。和名が…」
雲母がピタリと止まる。
雲母
「…常磐山査子」
法助
「常磐山査子? へぇ、常磐さんの名前が入った植物なんだね。…何を意味してるんだろ」
法助は棘に刺さらないように植物を観察する。
雲母
「法助、この植物を入れた人に心当たりはない…?」
法助
「…いや…。分からないかな」
雲母
「本当に?」
法助
「…う、うん」
2度聞かれれば少したどたどしくなる。
雲母
「…そっか」
そこで2人は沈黙してしまう。程なくして掃除が終わる。
法助
「あとは僕が捨てとくよ。常磐さんありがとう」
雲母
「うん、わかった」
法助
「明日は文化部の部室でお昼ご飯食べよう。今日は食べ損ねちゃったし。…3人も追い出しちゃったし」
雲母
「…あはは、そういえばそうだったね。確かにお腹空いちゃった」
法助
「…このクラスも平和になってくれるといいね」
雲母
「あまり期待は出来ないけどね…。でも私と法助が一緒に居られることは変わらないよ」
雲母が自分のカバンの中身を確認する。西日に照らされて彼女の美しさをより際立たせる。…幸せな時間。
…彼女を眺めていればある考えが過ぎる。虐めの横行するクラス状況の中、容姿や能力の掛け離れた男女が意気投合して協力する。或いはこのクラスがこんな風ではなければ、雲母自身の取り巻く環境が違えば、僕は雲母と一緒に居られることは無かったのかもしれない。なればこのクラスもこのままの状態でいいのでは? ずっとこのままならば幸せなのでは? 法助は一瞬そう思った。
雲母
「…法助」
法助
「うん?」
雲母
「法助は卑怯でも卑屈でもないし、愚図でダサくもないよ。少なくとも私はそんな風に思ってない」
法助
「…あはは…、はぁ」
あの時の事を言ったのだろう。だが泣き虫が抜けている。ここまで覚えているのならば泣き虫だと思われているのかもしれない。思えば男性が泣くような状況は非常に稀である。それも女性の前で泣くのは恥ずべき事としてはばかられる。まぁ構わない。泣き虫と思われても構わない。雲母はそれを踏まえて一緒にいてくれるのだから。
雲母
「…じゃあ、また明日」
法助
「うん。また明日ね」
雲母が教室を出ていく。法助はゴミ袋を持てばゴミステーションに捨てに行き、教室の鍵を締めに戻り、中に誰もいないか確認すると
【箱柳苗生が居た。】
法助
「…あっ」
箱柳は自分の席に座りじっと外を眺めている。
箱柳
「…あんた」
ぞわっとする。
箱柳
「あの花、ちゃんと受け取ってくれた?」
法助
「…あの花…。ピラカンサスの事?」
箱柳
「へぇ…名前まで知ってるんだ」
ピラカンサス。その花を入れたのは箱柳。彼女が僕の机にピラカンサスを入れたのだ。
法助
「…常磐さんが教えてくれたんだ」
箱柳
「…あ、そう」
箱柳が興味無さげに立ち上がる。法助の方をじっと見据えている。
法助
「…」
法助の心臓の音が大きくなっていく。今から何を言うつもりなんだ。何をされるんだ。
箱柳
「ねぇ…法助」
箱柳は西日に照らされて燃えるような艶めきを放っている。法助は彼女の一挙手一投足に気を配る。心臓は高鳴りドクリドクリと音を立て始め、世界が揺れ、瞳孔が開き、極彩色に色付いていく。
箱柳
「私、法助の事好きなの」




