第30話 花
法助
「…」
雲母
「…」
どうして、と聞かれたが理由を答えられない。気まずい沈黙が辺りを包む。文化部の3人も黙ってそれに注目している。
法助
「…と、兎に角…。僕と君は距離を置いた方がいいのかもしれない…。僕はこんなだし、君にとってもその方がいいのかもしれないし」
自分の口から出た卑屈な答えに嫌気がさす。
雲母
「それはちゃんとした答えになってないよ」
雲母は真顔になりぴしゃっと言い放つ。さっきとは違う真剣な表情に変わっており、法助はハッとする。
法助
「…そ、そんな…」
自分からは到底口に出来ない。あまりにも勇気がいる。【雲母を諦めさせて欲しい】だなんて、恥ずかしくて言えるはずがない。切なくて言えるはずがない。怖くて言えるはずがない。
雲母
「ここじゃ話辛い…?」
銀子
「お構いなく、続けてもらって構わないぜ」
雲母
「そういう問題じゃないんです。法助、行こう」
雲母は法助の手首を掴んだ。
法助
「…あ」
やっぱりだ。まだ手を掴まれている。僕はまだ雲母と繋がっている。頭にふわふわとした思考に支配される。掴まれた手を拒もうとしたが、だがそれは出来なかった。
法助
「あああ、常磐さん…! 常盤さん…!」
掴まれ手を引かれれば情けない声が漏れる。それにつられ涙まで溢れてくる。そしてその場にへたりこんだ。
雲母
「…え!?」
ダメだ。もう止められない。
法助
「うう、ああう、ぐず、ぐず、やめてよ常盤さん…!」
とめどなく涙が溢れてくる。顔を見られたくない為、もう片方の手で隠す。
法助
「僕は、僕は卑怯で、卑屈で、愚図で、ダサくて、な、泣き虫で、まるで…まるでダメなやつで…」
雲母が心配そうにこちらを見つめている。
法助
「…はぁ、はぁ、くぅ…。僕は、望んじゃいけないんだ。常磐さんと一緒にいる資格なんてないんだ…」
雲母
「…」
雲母が怪訝な顔をする。
雲母
「まさか、琥珀兄さんに何か言われたの?」
法助
「……え?」
雲母
「私と関わるなって誰かから言われた? 琥珀兄さん? それともクラスメイトの誰か?」
雲母は少し怒った表情をしている。
法助
「ぐす、ずず…。…いや…? 誰にもそんなことは言われてないよ?」
少し冷静になり法助はキョトンとした。顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。もう終わりだ…。こんな顔を見られてしまえば情けない奴だと烙印を押され明日から口も聞いて貰えなくなる。
雲母
「そう…。じゃあ資格がないっていうのは?」
法助
「昨日、常磐さんがここの男子生徒と歩いてるのを見ちゃったんだ…」
もういい。言ってしまおう。それで拒絶されたなら仕方がない。どっちにしろもう彼女とは無理なのだ。
法助
「2人とも楽しそうに笑ってて…。それで、辛くて辛くて…。僕はもう常磐さんとは一緒に居られないんじゃないかと思って…。苦しくて寂しくて…。常磐さんの顔を見るのも怖くなっちゃって…。僕は…僕は…」
雲母の顔が少しずつ紅くなってくる。
雲母
「あの、法助…? 誤解があるようだから訂正しておくけど、あの人は従兄弟の琥珀兄さんだよ」
法助
「…い、従兄弟!?」
銀子
「チッ。なにイチャイチャしてやがんだ。嫌なもん見ちまったぜ」
海鼠
「全くですぅ! 帰れ帰れですぅ! どこかへ行っちゃえですぅ!」
2人は急に塩対応になった。
天響
「コラコラ、あまり情けない事を言っちゃダメデス。雲母様、法助二等兵、私達は退散するデス。ここでゆっくり話あってくださいデス」
銀子
「何勝手に話進めてんだ! あ、おいやめろ!」
銀子と海鼠は天響に連れられ外へ締め出されてしまった。2人は部室に取り残される。
法助
「…」
雲母
「…」
さっきより、より気まずい雰囲気になり今度は2人とも押し黙ってしまう。
雲母
「ほ、法助?」
法助
「…うん?」
雲母
「涙と鼻水、拭いた方がいいよ」
雲母は部室の中のティッシュを探す。
雲母
「…ないなぁ」
法助
「あ…」
法助はハンカチを返していないことを思い出した。
法助
「常磐さん…これ」
法助はハンカチを雲母に差し出す。
雲母
「あ、ハンカチ。…ちょうど良かった」
雲母はハンカチで法助の涙と鼻水を拭く。
法助
「…ああ、ちょっと!」
まさか拭かれるとは思わなかった。顔がどんどん熱くなっていく。
雲母
「大丈夫だよ。そのハンカチ、しばらく持っててもいいし。もし嫌だったら持って帰るから」
法助
「嫌なわけないよ…」
法助は顔を背けた。
雲母
「…琥珀兄さんと帰ってる所を見ちゃったんだね…」
法助は安堵した。従兄弟なら別に構わないのかもしれない…。だが、とても情けないところを見せてしまった。間違いなく自分がそういう風に意識していると雲母にバレてしまっただろう。普通なら意識していないそういう相手は避ける。今後変な誤解を招かないように距離を置くだろう。そう思えば眉を下げてしょげた。2人は椅子に腰掛ける。
雲母
「私、今回のテストで成績が下がっちゃったんだ。母さんには直ぐに情報が行くように先生達と提携してるんだよ。だから生徒会長の琥珀兄さんに監視を命じたの」
法助
「…そんなことが…。常磐さんのお母さん、容赦ないね」
雲母
「ホント、異常だよね。成績を取り戻すまで部活に行くのを止められて、帰りに寄り道したりしないように一緒に帰らされるの。息が詰まりそうだよ」
法助
「すごい力の入れようだね…。それだけ期待されてるんだ」
雲母
「いや、私三姉妹の次女なんだけどみんな一緒だよ。姉と妹よりちょっとだらしない所があるんだ」
法助
「…雲母さんがだらしない…? 考えられないね」
雲母
「ちょっと好奇心が強い所があってそれに引っ張られちゃう癖があるの。日曜日に部活の先輩とWhoTubeの撮影をしたんだけどね」
法助
「…え!? WhoTubeの!? すごい!」
雲母
「ふふふ。しかも驚くなかれ、Fチューバーの撮影なんだよ」
法助
「わわ、見てみたいな。なんてチャンネル名なの?」
雲母は少し照れ臭くなる。
雲母
「…まだ秘密。もっとちゃんと有名になったら教えてあげるね」
法助
「楽しみだなぁ。こんなに近くにFチューバーがいるなんて不思議な気持ちだよ」
法助の顔に笑顔が戻った。とても楽しそうにお話をしている。雲母も幸せだった。
雲母
「お金欲しさに先輩が始めようって言ったんだけどね。これが意外と楽しくって…。ついついのめり込んじゃったの。そしたらテスト勉強が疎かになっちゃってね…」
法助
「ああ…。タイミングが悪かったね…。常磐さんが成績を落とすなんて相当ハマっちゃったんだね」
雲母
「そうなの。今までゲームなんてしたことがなかったから新鮮で。あーあ。早くやりたいなタウンクラフト」
法助
「タウンクラフトをやってるんだ。へぇ〜。視聴者は結構見に来てくれてるの?」
雲母
「最初はそうでもなかったんだけど、オンラインで撮影してた時にさ…」
2人は昼休み終わりまで楽しい時間を過ごした。時間に気付けばハッとする。
雲母
「あ、結構話し込んじゃったね」
法助
「ふふ、そうだね」
法助の胸の痛みは消えたものの、心に空いた穴の場所から甘酸っぱ気持ちが溢れている。とても幸せな気持ちで溢れている。まるで心に花でも咲いたかのような、穏やかで心地よい気持ち。こんなにも幸せな気持ちになれる時が来るだなんて、思いもしなかった。2人はご飯を食べ損ねたが、心は満たされていた。




