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きみとあなただけの教室  作者: ぐれこりん。
20/76

第19話 ゼロ

銀子

「ふむふむ」


銀子が法助の模写を拝見する。その様子を不安げに法助が見守る。


銀子

「ま、初めはこんなもんだろ」


銀子が模写を机に仕舞った。


法助

「…あ」


銀子

「なんだ? ちゃんと回収するぞ。立派な提出物なんだからな」


法助

「いや…ちょっと恥ずかしいなって」


銀子

「何を恥ずかしがることがあるか。初めはみんな初めてなのさ。その初めてを笑う奴はオーディエンスを気取ってるただのゼロなんだから」


法助

「ゼロ…?」


銀子

「そうだ。ゼロだ。何もしちゃいない。マイナスですらない奴だ。だからそんな空気みたいな奴の言うことなんて気にしちゃいけねぇ。空気は空気らしく扱ってやりゃあいい。空気が意見しようが法助にはなんの影響もありゃしねぇよ」


法助は蹴飛ばされて机に頭を打った時のことを思い出した。銀子の言う空気に蹴飛ばされて辱められた事が未だに深い傷として心に残っている。しかしその後華山の手によって、いや足によってコテンパンにやられる羽目になったが。


法助

「…銀子隊長は茶化されたり馬鹿にされたりした事あります?」


銀子は隊長と言われれば少し恥ずかしそうに頬を紅く染めた。


天響

「うは! 法助様が銀子隊長と言ってくださいましたデス。親近感が湧いて嬉しいデス」


海鼠

「隊長は隊長ですー。私は海鼠副隊長なのです。ちゃんと敬うのですよ〜?」


天響

「なら私は一等兵デス。法助様、私のことは森永一等兵と呼んでくださいデス。法助様は法助二等兵デス」


法助

「…長くて呼び辛いよ」


銀子

「コラ! 法助が真剣な話をしてるのに下らない事で盛り上がってんな!」


法助

「…あはは」


銀子

「…勿論あるぜ。こういうジャンルの絵はよ、中々周囲に認められなくてよ。女子たるもの薔薇を心の底から嫌う奴なんて居るわけ無いんだが、如何せん周囲の目を気にする連中には余程毛嫌いされるからな」


海鼠

「…銀子隊長がまるで自分は女子代表のようにはっきりと薔薇を擁護しましたね」


天響

「残念ながら女の子でも嫌いな人は嫌いだと思いますデス」


銀子

「るっせぇ! 嫌いな奴なんて居ねぇんだよ。嫌いなんて宣うのはあの生徒会のやつみてぇなむっつり野郎くらいなもんだ」


法助

「…ふっ」


法助は口をへの字にして鼻で笑えば薔薇ではなく、雲母を擁護しようと思ったが、話が進まないと思った為口を閉ざしておいた。


銀子

「兎も角好きな物がたまたま世間から認められないようなジャンルの物だっただけだ。オレは、いやオレ達はそういった自分の好きな物を偽らない。好きな物は好きな物として自分の中へ取り入れて行く。我慢して、辛い思いをして、好きな物を嫌いだなんて遠ざければへそ曲がりでつまらない人間になっちまう。そうだろ? そんなんじゃ生きてて楽しくないと思わないか? 好きな物なら他人に口出しされようが好きなままでいい。馬鹿にされたり茶化されたりしたからってなんだ。オレはそんなやつのことより好きな物の事に時間と頭を使いたいね」


法助

「ああ…。銀子隊長…」


銀子はそう気持ち良く言い放ってくれた。少し朗らかな表情になれば銀子の事をハグでもしたい気分になる。


銀子

「…む、どうした? 法助の望む答えがあったか?」


銀子は少し疑いの目で法助を見る。何かを感じ取ったようだ。


法助

「あ、いえ。はい。なんだか気持ちが緩みました。ありがとうございます。銀子隊長の事も少し好きになれました」


海鼠

「!?」


天響

「!?」


銀子

「なんだと…!?」


3人がぎょっとした。まさか法助がそのようなことを言うとは思わなかったようだ。


銀子

「そ、そうだな。オレだって年上だし、人生の先輩でもある。法助が悩んでいる時は相談に乗れることだってあるかもな…?」


銀子が法助の肩をパンパンと叩く。


海鼠

「…けっ。たった1個上なだけです。ちょっと好意を持たれただけで図に乗りやがって、このお調子者がっ!」


海鼠が不機嫌に啖呵を切る。


天響

「海鼠副隊長の急に口が悪くなりましたデス…。怖いデスよ」


銀子

「おいおい、オレは部長としてちょっとアドバイスをしただけだぞ…?だ、だが…。法助が望むなら、もっと話を聞いてやれるが…?」


銀子がモジモジしながら上目遣いで法助を見る。


海鼠

「天誅ッ!」


海鼠が銀子に向かってくるまったティッシュを投げつけた。銀子の鼻の下当たりに命中する。


銀子

「わっ!汚ぇ!」


海鼠

「何に使ったか分からないティッシュなのです。怖いのですよ〜」


法助

「…あはは、はぁ…。楽しい」


法助の心がとても暖かくなった。ずっとここに居たい。そう思える一時であった。ふと時計を見るとあと5分で午後の授業が始まる。


法助

「もうすぐ授業が始まってしまう…。それではまた描いてきますね」


銀子

「そうだな。じゃあ模写とデッサンをしてこいよ」


法助

「デッサンですか?」


銀子

「そうだ。例えば手前にリンゴを置いて、奥にバナナを置く。それを位置を変えて4面ずつ描いてきな。別にリンゴとバナナじゃなくていいからな」


法助

「…なるほど」


銀子

「それじゃあ模写と合わせて今度は来週迄に提出しに来な。テスト前だし描けるだけでいいからよ」


法助

「そっかテスト前か…。分かりました。描いてきます」


法助は文化部から自身の教室へ戻った。午後の授業が始まり放課後空手部へ行こうとする。そこであることに気付いた。


法助

「あ…。部活も無いんだった…」


テストが3日後に控えている。故に前日の3日間は部活は休みになる。法助は家に帰るのが憂鬱だった。文化部は当然ない。


法助

「…」


雲母の席をチラリと見る。先程先生に呼ばれて何処かへ行ってしまったようだ。仕方ない。彼女はとても優秀であり、更には生徒会副会長である。普段から自分にかまけている暇などないのだ。ともすれば勉強は家に帰ってからやればいいと思い、デッサンの為に美術室まで行こうかなと荷物を纏めて移動しようとする。


「ちょっと」


急に背後から話しかけられた。法助はビクッとすればゆっくりと背後を振り返る。箱柳が腰に手を当て此方を見つめている。


箱柳

「何処へ行くつもり?」


法助

「え…?美術室かな」


法助は眉を下げて応えた。まさか話し掛けられるとは思わなかったので不安でドキドキする。


箱柳

「ふーん。何しにいくの?」


法助

「…言わないとダメ?」


箱柳

「別に?」


自分は何故絡まれているのだろう。少し疑問に思いつつ美術室まで行こうとする。すると後ろから箱柳が付いてきた。


法助

「…」


嫌そうな顔で振り返り距離を取る。


箱柳

「何?私もこっちに用があるだけなんだけど」


法助

「…そ、そうなんだ」


法助は後ろを気にしつつ美術室へ向かおうとする。箱柳はしっかり後ろから付いてきている。しばらくしてやはり様子がおかしいと確信すれば振り向いて箱柳に問いかける。


法助

「…あの」


箱柳

「ねぇ、あんた男が好きなの?」


箱柳は間髪入れずにそう答える。法助は驚いた。急に何を言い出すかと思えば男が好きなのかと問われる。


法助

「え? いやいや、男が好きなわけないじゃない!」


箱柳

「あっそ。あんな本読んでるんだからそっちのケがあるんじゃないかと思って」


法助

「あれは参考文献だよ…。絵を描くのに貸してもらっただけ」


箱柳

「絵を描く為に?」


法助

「…そう。模写する為にあれを選んだんだ」


箱柳

「模写ねー。あんた漫画を描くのが趣味なの?」


様子がおかしい。さっきからめちゃくちゃ話を振ってくるじゃないか。僕の上履きに画鋲をたんまり入れておくような事をしておいてなんのつもりなのか。


法助

「…箱柳さん?」


箱柳

「なに?」


法助

「なんのつもりなの?」


箱柳

「なんのつもりって? 私はあんたに質問してるだけよ」


法助

「僕の事嫌いじゃないの?」


箱柳

「嫌いだよ。あんたみたいな腑抜け、見てるだけでイライラするもん」


法助

「それなのに話を聞くの?」


箱柳

「…」


箱柳は少し俯いた後、法助の方を見て答える。


箱柳

「あんた学級日誌無くしたでしょ」


法助

「…えっ?」


箱柳

「なんで常磐の机の中にあったか知ってる?」


いつもはさん付けなのに常磐と呼び捨てにした。少し恐怖を覚える。


法助

「…分からない。箱柳さんは知ってるの?」


箱柳

「知ってるよ。【あんたが落とした日誌を、私が常磐の机に入れたんだもん】」


法助は目を大きく見開いて箱柳を見る。箱柳は何故そんなことをしたのか。何故自分に白状したのか。ぐるぐると思考を巡らせる。


箱柳

「なんでそんなことしたのか気になるでしょ」


法助

「…う、うん」


箱柳

「教えて欲しい?」


焦れったい。そう思ったが不機嫌になれば教えてくれないかもしれない。


法助

「理由があるなら教えてほしい。…あんな騒ぎになったんだから」


箱柳

「いいよ。じゃあ美術室に入りなさいよ」


法助は促されるまま美術室に入る。今から何が行われるのか非常に不安になり気掛かりであった。着席する箱柳の向かい側に法助も座れば手が震える。もう片方の手で震えを止めるように強く握れば箱柳の返答を待つ。

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