第七話 Roddy・Barnett
日もすっかり暮れ、冷え込みが厳しくなった。
六堂とジーナは渋谷にある『フリー&フリー』という酒場に来ていた。
彼がよく行くスターズブルーのような品の良い店ではない。
店内は流行りの曲が流れガチャガチャとうるさい。露出度の高いセクシーなガールズスタッフは男の客に人気だが、客層はそう良いものではなさそうだ。
そんな店内に一人の男が入ってきた。
長身で、革ジャンがよく似合っているガタイの良い、もう夜だというのにサングラスをかけた男だ。
六堂はその男を目で追った。
「あの人?」
六堂の視線を追いながらジーナは尋ねた。
「ああ…」
一言答えると、六堂は席を立ち、男の方へと近付いた。
男はカウンター席に座り、ビールを注文していた。バーテンダーがグラスにサーバーからビールを注ぎ、男の前へ置くと、六堂がそのグラスを横から奪うように手に取った。
「アルコールをお飲みになる前に、ちょっとお話しを聞きたいんですけど、いいかな?」
男はグラスを掴む手を追うように横に振り向いた。それが六堂だと知ると驚いた顔で、サングラスを目の下に下げた。
「六堂…?」
「やあ」
「六堂じゃあないか!」
「久しぶり」
男は六堂の突然の登場に、偉く歓迎の態度を示した。椅子から立ち上がって六堂の肩を強めに叩いた。そして二人は拳を軽くぶつけ合った。
男の名は渡辺と言い、木崎と一緒、六堂が裏社会に身を置いていた頃に仕事でチームを組んでいたメンバーの一人だ。
今の渡辺は、企業の裏仕事専門のエージェント、“カンパニーズアーミー”。
カンパニーズアーミーは、契約している特定の企業、または子会社として親会社のセキュリティサービスをこなすことがメインの仕事だが、企業のスパイ工作、情報収集など、または場合によっては暗殺などの汚れ仕事をこなす者たちでもある。言わば企業の私兵だ。
半国家権力と呼ばれる彼らは、大企業、またそれに関わる重要人物の仕事に悪影響を与える者や組織に対して銃を使用することを法的に認められている。
渡辺は、六堂がチームを解散したあとに、ある大企業の子会社であるセキュリティーサービスに入ったということだ。
三人は話しがし易いよう、席をカウンターからテーブルに移した。
「せっかくの時間を邪魔して悪いな」
六堂が謝ると、渡辺は首を横に振った。
「構わないさ。お前には何度も命を救われているからな」
「それは、お互い様だろ」
持ちつ持たれつ、そういった感じの会話に、二人の仲は浅いものではないようだとジーナは思った。
「夕紀と連絡は?」
「いや、解散後は何してるやら。お前に惚れてたからな、あいつ。で、美人のお姉さん連れて、今日は何を聞きに来たんだ?」
六堂はことの経緯を、簡単に説明をした。セントホーク事件から、室富に至るまでの話しだ。
渡辺は、注文したビールに手をつけず、黙って六堂の話しを最後まで聞いていた。
「なるほどな…。それで、お前が知りたいってのが…そのロスから来たっていう“室富雷朗の居所”か」
「ああ…。昔から噂話や曖昧な情報に鋭いだろうお前。何か知らないか?」
渡辺は腕組みをして、考え込んだ。
「室富の情報はないが、そいつがロスから来たって言うなら、ロディって男を見つけてはどうだろうか」
「ロディ?」
ロディ・バーネット。ロサンゼルスの殺し屋。年齢は40代前半で、素性はあまり知られてないらしい。
「腕はいいらしい。ロスの裏社会でも活動してたらしいから、ロスで同業なら室富って奴のことを何かしら知ってるんじゃないか?」
期待はしていなかったが、手がかりが皆無の中、確認の必要がありそうな情報を得たのは来た甲斐あったと思った。
おまけに正確ではないが、ロディのいるであろうと思われる場所が歌舞伎町界隈であることを教えてくれた。
「悪いが、正確な住処は自分で何とかしてくれ」
「わかった。それじゃもう一つ、“クァ・ヴァーキ教の幹部の居所”はわからないか?とりあえず誰でもいい。昨日の事件以降、警察でも見つけられないっていうんだ」
渡辺は、にやりと笑みを見せた。
「そいつなら、幹部というより、代表の居所を知ってる」
「何?代表ってあのスケベ面の冴えない浦林?」
「そうだ。何であんなカリスマの“カの字”もないような男が代表なのか、感心するよな」
「で、居所は?」
「ああ…、正確には、出入りしてる場所だ」
クァ・ヴァーキ教の代表、浦林 明紀は10代の若い娘を好む。新宿歌舞伎町にある中高生を違法に雇っている裏の性風俗店に、最近では毎日のように出入りしてるというのが渡辺の情報だ。
「あの変態面の教祖だ。驚きはしないけどな」
六堂は、微笑みながらそう言うと、泡のなくなったグラスを見て金をテーブルに置いて席を立った。
「その店に行く気か?心配はないと思うが、元プロ格闘家が二人、出入り口のガードをしている。腕はそこそこいいはずだ」
「丁寧にお話して、中に入れてもらうさ」
立ち去ろうとした六堂だったが、ふと思い出したように手を叩いた。
「そうだ…もう一つ」
「ん?」
「“人の姿を消す”ことって可能かな?」
渡辺は片眉を下げて、一瞬考える。
「それは始末するってんじゃなくて、物理的にってことか?」
「そうだ。セントホークでの生存者の証言で、“透明人間が光を放ちながら現れた”ってんだ。普通は信じようのない話だが、現場ではどこに向けて撃ったのかわからない、メチャクチャな弾痕がいっぱいあってね」
渡辺は顎に手をやり、少し考えると、意外にも興味深い回答が出てきた。
「庄司エンタープライズ…」
「え?」
「いや、噂にもなっていないような話さ」
少し顔を上向きに、何かを思い出すように話す渡辺。
その内容はO・C・Sという光学迷彩のことだった。各国でも姿を消す迷彩については研究が進められている。特殊な人工素材を使用することで実験段階での成功はあるが、実用段階には程遠いのが現実だという。
「俺の勤務先の親会社のお偉いさんを護衛していた時に、何だかそんなことを言ってたんだよなぁ。庄司がそれをやってるのやってないのって。はっきり言って既存技術では実用可能なものにするのに5年や10年じゃできないだろうって話だぜ」
可能かどうかはともかく、見えない“何か”について、庄司エンタープライズの名前が出たことは、手のつけようのない事件にとって一つの収穫といえた。
「わかった。ありがとうな」
六堂は渡辺の肩を叩き、ジーナと一緒に店を出ていった。
渡辺は、久しぶりに会った六堂を見てどこかほっとしたような顔した。
裏社会に身を置いていた頃の六堂は、実に冷徹で、誰からも恐れられた存在だった。そんな彼が裏家業から足を洗うと聞いた時、本当にそれが出来るのか少し心配していたのだ。
だが今の彼を見た限り、上手くやれているのだろうと安心をしたのだった。
「ジーナ、ロディという名前聞いたことはないか?」
車に乗ると、六堂は質問をした。
ロディはロサンゼルスから来た裏社会の人間だ。ひょっとしたら名前くらい知っているのではと尋ねてみたのだ。
しかしジーナは首を振った。
「聞いたことはないよ。イーバードなら知ってるかもしれないけど」
「イーバード?」
「あ、sorry。先輩上司で、相棒よ」
ロディという男は、ロスではそこまで大きな活動はしていなかったのだろうか?
「ところで向かっているのは、新宿歌舞伎町でしょ?」
「ああ」
「じゃあ、二手に分かれましょ」
ジーナの提案で、自身はクァ・ヴァーキ教代表の浦林と会ってセントホークでのテロ事件について書き出すことに。六堂はロディ探しに集中することにした。