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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第四話 庄司エンタープライズ 

 庄司エンタープライズ本社ビルは新宿にある。


 雨はまだ少し降っていたが、お昼も近くなり、街を行き交う人々の数は多い。


 六堂は運転をしながら、ジーナに事件の概要を説明していた。ニュースではまだ報道されてない“謎”の部分については、ジーナも頭を悩ませた。

 

 説明が終わったところで、ビルに到着し、六堂は地下駐車場に車を止め、ジーナを連れてビルの中へと入った。


 エレベーターで一階に上がると、パリッとしたビジネススーツに身を包んだエリートな雰囲気を醸し出している社員たちが目に入る。そして広く立派な一階フロアには圧倒される。


「失礼、私立探偵の六堂という者です」


 六堂は受付嬢に、バッジを見せた。


 上品に微笑む魅力的な女性。わかりやすいくらいに美人だ。いわゆる“営業スマイル”なのだろうが、社の最初の顔として出迎える役目は、今も昔も求められるものは変わらない。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でございますか」


 受付嬢はバッジを確認する。


 その仕草までもが上品だ。きっと男性社員にも一目置かれているだろうと思った。


「セントホークタワービル総責任者の江村重夫氏に会いに来ました。ビル襲撃事件について話しを…。警察の方から私が来ることは伝わってるはずです」


「かしこまりました。少々お待ちいただけますか、確認いたします」


 六堂が軽く頷くと、受付嬢は受話器を片手に内線をかけた。


 その間、六堂は後ろに立っているジーナの方を向き声を掛ける。


「この会社、海外でも結構大きく展開してるんだ」


「“ショウジUSA”がロスにもある、globalな企業ね」


 庄司エンタープライズの技術は世界的に浸透していた。1970年代頃から急成長し、今では日本を代表する国際企業だ。何年か前に陥った国内の急激な経済低迷も、底力を見せ国を支えたと言われている。


 受付嬢が受話器を置き、“江村が面会をしてくれる”ことを伝えてくれた。エレベータの方を手で示し、二十一階の営業十課“セントホーク事業部”のオフィスにいることを教えてもらう。そして来客記録を取るためのバーコードのついたパスを渡された。


 六堂は笑顔で(ありがとう)と言うと、受付嬢も笑顔でお辞儀をした。さっきの“営業スマイル”より、心なしか自然で、意識的に目を合わせてきたように思えた。


 エレベータに乗ると、ジーナは苦笑しながら肘で六堂を突っついた。


「何?」


 片眉を下げ、オーバーに下から見上げるジーナは、にんまり笑った。


「あの子、リクドウに気がありそうだったね」


「何言ってんだよ」


「This bastard!」


 ジーナは、突っついてた肘に勢いをつけた。


 苦しそうにむせ返る六堂。


「Smile magician(笑顔の魔術師)ね」


 一見すると六堂はいわゆる“モテ男”ではないが、彼の優しい笑顔に魅力を感じる女性はこれまでも幾人かいた。しかし知っている者は少ないが、彼の笑顔がとても優しさを感じるのは、過去の反動なのだ…。


「あの人、帰りにきっと呼び止めて、リクドウに電話番号かアドレス書いた名刺とか、メモ紙でもよこすよきっと」


「何でわかる?」


「彼女、リクドウの左手見てた」


 あの間によくそこまで見ていたものだと、感心させられた。勢いに押されての同行だった上、正直“らしくなく”も見えたが、本物の刑事なのだと安心した。


「いや、それはない」


「どうして?」


 片頬の広角だけ上げて笑いながら、六堂は言った。


「ああいう美人は、結局こういう一流企業の出世しそうな人と結婚するもんだから」



 ガラスから見える道を行き交う傘がどんどん小さくなり、エレベーターは二十一階に着いた。


 降りると、そこは白をメインとした明るい廊下、そしてガラス張りのオフィスが並んでいた。


ーーさてさて、セントホーク事業部…どこだろう?


 廊下を歩いていた社員に、事業部について聞き出し、江村がいるというオフィスに向かった。ようやく本人との御対面だ。 


 ドアをノックすると、ドアがゆっくり開いた。


 開けてくれたのは女性。秘書のようだ。


 中に入ると、オフィスは広くビル街を一望出来た。立派なオフィスだ。


 秘書が江村に六堂が来たことを伝えると、書類にサインをしていた手を止める。


「セントホークの件で“探偵さん”が来られると警察の方から連絡があった時は、何かと思いましたが」


 大きなデスクから立ち上がり、六堂の元へ歩み寄る江村


「どうも、お忙しいところをすみません。私立探偵の六堂です」


 江村はふと、後ろにいるジーナに目がいく。


「失礼、そちらは?」


「ああ…ロサンゼルスで刑事をしているフォスターさんです。今、私も改めて捜査の手段を勉強してまして、アドバイザーとして同行してもらってました」


 口からの“出まかせ”だが、六堂に合わせジーナは軽く会釈をした。


 江村は秘書にお茶を出すように支持し、六堂たちを応接用のソファに座らせた。実に座り心地の良い、高級なソファーだ。

ガラステーブルを挟み、江村も彼らの向かいに座った。


「警察の方も今朝話しを聞きにきましたよ。まぁそれはいいんだが、面倒なのはマスコミだ、事件発生直後から自宅にまで押しかけてきてね、きっとこのビルの周囲にも潜んでいるんでしょうな」


 ため息をつき、苦笑する江村。


「あることないこと言いますからね、あの人たちは」


 話に合わせ、苦笑いをしてみせる六堂。


「それで六堂さん、あなたには何をお話すれば良いのですかな?警察から連絡が来たところみると、情報は共有されてると察しますが」


「確かに、ある程度は共有していますが、私は警察とは異なる独自調査ですので」


 (なるほど)と、頷く江村。


 六堂はペンとメモ帳を取り出した。


 「まず念のため確認しておきたいのですが江村さん、今回のテロ事件については全く見当がつかないのですね?」


 眉間にしわを寄せ真剣な顔で、江村は首を横に振った。


「教団でしょ。時々テロ騒ぎでニュースに取り上げられる。いやぁ、まったく身に覚えがありせん」


「迷惑な話ですね。今回の件で、江村さんの立場も影響しますでしょ?」


「それは役員会の方で決めることでしょう。決定に従うまでです。ただこちらとしては、一般人の方を犠牲にしたこととは関係はありません。警備にも力を入れていますし…、亡くなられた方達には気の毒ですが、一体何がどうなってるやら、警察に聞かされた時も、理解するのが難しかった。」


 六堂が頷き、話しを聞いていると、江村の秘書が盆に紅茶を乗せて部屋へ入ってきた。


 下の受付嬢もなかなか魅力的だったが、こちらも“まさに絵に描いたような秘書”だ。


 この人と毎日一緒にいて、“何もない”なんてことあるのか?とくだらないことを思わず考える六堂は、(いかんいかん)と軽く首を振った。


 秘書が自分のデスクに戻るのを確認すると、六堂は紅茶に角砂糖を一つ入れて、スプーンで交ぜた。


「ところで、犠牲になった警備員の方たちですが…」


 訝しげな表情を見せる江村。『警備員』に何か反応でもしたようにも見える。


「…警備員たちに何か?」


 ゆっくりと紅茶を啜り、間を空ける。


「ん!美味い、これ美味しい紅茶ですね!ジーナも飲んでみろよ」


 パッと感動してみせた六堂は、二口、三口と紅茶を口にした。


「…よろしければ、おかわりをお持ちしますよ。海外のいいものでして」


 六堂の態度に拍子抜け、少し呆れた江村。


「ごめんなさい。そうそう、警備員の話です」


「え、ええ…」


「ファイルで確認しましたが、セントーホークの警備員、全員が経歴がいいようですね。なかなかのエリート揃いだ」


 一瞬目を細め(そんなことか)と言いたげな顔を見せると、江村は頷き微笑んだ。


「我が社のセキュリティーは、非常にレベルが高いと自負しています。システムは勿論、人材にもそれなり金をかけてます。海外支社でも…」


 自信ありげな口調の江村に相槌を打ちながら聞いていた六堂だが、人差し指を立てて言葉を止めた。


「しかし…そのエリート全員が殺され、一流の警備システムもことごとく撃ち破られていた」


 口を閉ざし、江村は顔をしかめると、発言にやや迷惑げな表情を見せた。


「かなりのやり手なんでしょうな、ビルを襲ったテログループは」


 六堂は紅茶を一口啜る。


「いやぁ、そうでもない。過去のテロ活動を調べましたが、素人の集まりですよ」


 江村は顎に手を当てたかと思えば脚を組んで、腕組みをした。


「ほう…、興味深い話ですな」


「ですよね」


 不敵な笑みを浮かべ、六堂は頭に手を乗せる。


「いやね、私は実はこの事件、自作自演じゃないかって思ってるんです。もしくは、社内抗争か…」


「どういうことです?」


 今回の“もともとの方”のテロ事件を起こしたクァ・ヴァーキ教について、六堂には二つの疑問があった。


 まずは豊富な装備。報告書で確認した内容では、軍使用のライフルに、爆弾、最新の防弾ベストなど、一宗教団体が揃えるには難しいものが多い。それなりに力のある組織のバックアップがあった可能性が高い。それはもちろん警察も疑っている。


 もう一つ、ビル占拠までの鮮やかな手並み。システムを乗っ取り、人質を取るまで迷った様子はない。

最初からビルのことを知っていた可能性が高い。


 ところが現場にいたテログループは全員死亡して、何もわからない。


「…そこで私は思ったのです。社内に犯人と結びつく人物や勢力があるのではと」


 江村は軽く笑い、六堂の推測があまりに“くだらないもの”だと言わんばかりに、肩をすくめて言った。


「何を馬鹿なことを。テログループに武器を渡して?それが事実として、何の意味が?メリットが?」


「“そこ”なんですよね。まったく思いつかなくて。江村さんなら何か知ってそうだと思って」


 苦笑しながら、六堂は言った。


「おかしな男だね、君は。人質やSATを本当に殺したのだとすれば、如何に我が社といえど、その立場は失墜するでしょうな」


 六堂は紅茶をもう一口飲み、間を空けた。


「それは目的によるんじゃないですか?」


 紅茶を飲み干したカップを皿の上に戻す六堂。


「では、これで最後の質問です。江村さんはここのポストに着いたのは半年前ですね?」


「そうだが」


「それまでは研究開発部門の…えと、企画六課というところの課長補佐をされていたとかで」


「いかにも」


「確か、研究開発の六課と言えば、国からの受注もある兵器関係のところ。あなたは一社員の頃からずっと六課でやっていたようですが、どうして急にここの事業部に配属になったのですか?」


 江村は胸のポケットから金属のシガレットケースを取り出した。


「いいですかな?」


 六堂はジェスチャーでどうぞと応えた。


 江村は高級そうなジッポーで煙草に火をつけ、間を空けた。ゆっくりと煙草を吸い、そして煙りを吐き出す。 ソファから立ち上がり、デスク後ろの窓からビルを見つめた。


「…上からの指示だよ。六課で大きな失敗をしてしまい、私は責任をとって降格を受けるつもりだったが…、上がこれまでの私の実績を考慮してくれてね、周囲のイメージを悪くしないよう一応の昇格という形をとり、ここのポストに移動させてくれたのだよ」


「どんな失敗をしたか聞いても?」


「いいや。企業秘密でね、私に話す権限はないんだ」


 そう言う江村の様子を、六堂は数秒間見つめた。


「…どうもありがとうございます、話は終わりです」


「お帰りで?」


「ええ、ご協力感謝致します。美味しい紅茶、ご馳走様」


 六堂とジーナが立ち上がると、江村はデスクの上の灰皿に煙草を置いた。


「六堂さん、何かあればいつでもご連絡ください。私に力になれることがあれば、ぜひ」


「その時はぜひ。今日は失礼致します」


 退室しようとする二人を前に、秘書がドアを開け見送ってくれた。


 ゆっくりと閉まるドアの隙間から、眉間にしわを寄せながら二人を見ていた江村。それに気づかないふりをして、六堂とジーナは廊下を進んでいった。


 ジーナはエレベータの扉が閉まり、静かになるのを待って言った。


「あいつLiar、何か隠してる。」


 六堂は窓ガラスから下を見ながら頷いた。


「それを確認したかったんだよ。別に手掛かりを得ようとは思ってないよ」


 以前なら襟首掴んで締め上げてたろうなと、六堂はふと笑った。小細工なしで六堂の考えていることをストレートに話した。もし、何か一つでも不安を煽ることを言っていたとしたら動きがあるかもと、餌を巻いてみたのだ。


「さて、次はお昼だな?」


「lunch!!」


「腹減ってる?」


「Yes!Yes!!very hungry!!」


「何か食べたいものある?イタリアン、フレンチ?ファストフードかな」


「No、No、No」


 ジーナはチッチッチと人差し指を立てて左右に振った。


「Popular dining room」


「ぽぴゅらー???」


「大衆食堂よ、日本まで来て、なんでファストフードよ!!」


 ジーナのリクエストを聞いて、六堂はこめかみに手をあてお店のリストを駆け巡らせた。


ーーんん…、そう来たか。それじゃ…あそこがいいか


 エレベーターを降りて、受付でパスを返却する。さっきの受付嬢がパスをスキャンすると、(はい、結構です)と笑顔で挨拶をした。またのお越しを、と丁寧にお辞儀する。


 特に何もなかったので、六堂は(ほれ見ろ)とジーナのことを軽く肘で突っついた。


 すると、受付の方から呼び止める声が聞こえた。


「六堂様!」


 振り返ると、受付カウンターから出て小走りで受付嬢がこちらに向かってきた。


「申し訳ございません、お忘れ物です」


ーー忘れ物?


 受付嬢は、小さく折りたたんでいた紙を手渡してきた。


「失礼いたしました。では、またのお越しを」


 そしてお辞儀をすると、受付カウンターに戻っていった。

 

 ジーナは六堂の手にしている紙をピッと横から奪い取り、開いて見た。


「ほれ!私の勘は当たるのよ」


 紙にはケータイ番号とアドレスの二つが、綺麗な手書きの文字で記されていた。


ーー…マジか。




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