第三話 Ginna・Foster
“庄司エンタープライズ”本社行きを後回しに、六堂は現場を動けない涼子の頼みで、“ジーナ”を迎えに東京国際空港へと来ていた。
探偵の仕事も時折、涼子の協力で助けられたこともあり、たまには借りを返すかと迎えを引き受けたのだった。
しかし、ただの迎えと思っていたのが少し甘かった。想像していたより空港は人でいっぱいだ。
涼子は、ジーナには空港内の“スタバ”にいるよう伝えていた。六堂はそのスタバを探して歩いている。彼の記憶ではここにスタバはなかった。最近できたのだろうか。
――あった。
街でも見慣れた緑の看板を見つけ、店内に入る。当然だが、中も客で賑わっていた。
――こりゃ、“ジーナの写メ”でも送ってもらうべきだったかな…
ジーナが“若いブロンドの白人”であることは教えてもらったが、ここは国際空港。店内を見渡しただけでも三人の若そうなブロンドの白人女性が目についた。
一人一人聞いてまわるか、と思った六堂だったが、不思議なこともあるもので、その内の一人、それが“彼女”であると判ったのだった。
目に入ったのは横顔。カウンター席に座り、窓ガラスから人が行き交う空港内をぼうっと頬杖をついて見ている、ショートヘアのブロンドの女性だ。
視線に気付き、彼の方を向く女性。目が合うと、六堂はハッとして彼女の元へと歩み寄った。
「どうも、失礼、フォスターさんですか?」
六堂がそう尋ねると、ジーナはきょとんとした顔で六堂を見つめた。目が合う二人。
――あれ、違ったか?
一瞬、間が空いたが
「あ、えっと…イエス、そうです」
少し慌てたように、ジーナは答えた。
「あなたがイノ・リクドウ?」
「ええ、そうです。涼子さんに言われて来ました。お待たせしてすみません」
ぐうにした手を口元に当ててジーナはちょっと笑みを堪えた。
「何?俺の顔何かついてる??」
「No、Sorry Sorry。日本に来て、本物に会えるとは思ってなかったので、つい」
「俺のこと知ってる感じ??」
「Yes。リョウコから、イノ・リクドウの名前は何度も聞いていたよ」
やはり女同士だと涼子の会話も違うものなのだろうかと思った六堂。
「さ、じゃあ行きましょうか」
六堂は席の側に置いてあるスーツケース引き、バッグを持った。
するとジーナは慌てて席を立った。
「いいよ、自分で持つよ」
「まあまあ、涼子さんにあなたを丁重に扱うよう命じられているので、荷物くらいはお持ちしますよ」
笑顔でそう言う六堂に、ジーナは遠慮気味に頷いた。
椅子から立った彼女は、六堂が思っていたより小柄だった。アメリカの女性と聞いて“シャーリーズ・セロン”のようにスラリと背の高い人物を想像していた。
そしてもう一つ気づいたことは、日本語が上手いこと。いや、上手いというより、感覚的に日本慣れしているように思える。言葉が通じるだけという感じではなさそうだ。
「フォスターさんは、日本語上手いんですね」
スタバを出て、駐車場まで歩いている途中、六堂はそんなことを聞いてみた。
「私、大学で日本文化を専攻していたの。それに研究や論文のために、学生の頃から日本には何度か来たことあるんだ」
(なるほどね)と、納得のいく彼女の回答。加えて、涼子がロスに行った際の世話係の担当になったのも、それが理由らしかった。
「あーそれから、ジーナでいいよ」
そう言った彼女は、満面の笑みで六堂を見つめた。
「え?」
「リョウコの親友なら、First name…あー、呼び捨てで構わないよ」
――“親友”ね。
言い方は色々あるが、まぁ親友といえば、親友かと思うが、何にしても本当に自分のことは結構聞いているようだと知った。
「俺は君のことは今日初めて聞いたよ」
「そうみたいね。でも、I'm already a friend、よろしくね」
駐車場に着き、ラゲッジスペースにスーツケースとバッグを入れ、助手席にジーナを乗せた。自分も運転席に座ると、涼子に“ジーナと会えた”ことをメールする。
その際、上着からチラリと見えた、ホルスターに気づいたジーナ。
「それGlock17」
「え?ああ、これ。俺の仕事、聞いてる?」
「Private detective、探偵さんでしょ」
――こりゃもう俺の自己紹介、一つもいらないな。
ついでに、腰のベルトに取り付けているライセンスバッジも見せた。
涼子の家は“二子玉川ライズ”のタワーマンション。ここからそう遠くはない。
六堂はエンジンをかけて涼子の家へ向けて車を発進させた。
「リョウコ、大変そう?」
「厄介だよ、今回の事件は」
「本当、Bad Timingねえ」
申し訳なさそうに苦笑するジーナ。
「ジーナが悪いわけじゃあないよ。そういう仕事なんだから」
(まぁ、それはそうだけど)と思いはするものの、何だか残念でならない。
「リクドウは私を送り届けたらどうするの?お仕事?」
「仕事…いや、私用かな」
「What?」
六堂は少し間を空けた。
「実は…俺も“今回の事件”を調べててね」
「Oh…」
「でも、誰かから調査の依頼を受けたわけじゃないんだ。だから、仕事であって私用なわけ」
それを聞くと、ジーナは腕組みをし、口元を横に一文字にして考え始めた。
「Hmm…OK!I'll help you with the investigation!」
「なに!?」
「Youのこと、私手伝うよ」
今日が初対面。会って1時間も過ぎてないというのに、あまりに突拍子もないこと言われて六堂もさすがに驚いた。
「いやいや、観光でしょ?休暇でしょ?」
ジーナの顔を見て、本気の表情であることに、困惑する六堂。
「前、前、Dangerous driving」
呆気にとられる彼をよそに、前を指差して脇見運転を注意した。
「いいよ、どうせ今夜はリョウコとBeerでも呑みながら、Girls talkするだけの予定だったし、それに…」
「それに?」
ジーナは親指を立てて自らに向けた。
「これてもロスではそこそこ成果出してる刑事よ。No problem」
何だか、説得力があるのかないのかわからないが、六堂はジーナの勢いに押された。確かに日本慣れしているみたいではあり、現職の刑事だ。あるいは役立つこともあるかもしれない。そう判断した六堂。
「わかった、わかったよ。いいんだね、一人観光じゃなくても」
「イエス、OKよ!」
車は進路を変え、庄司エンタープライズ本社へと向かうのだった。