桃太郎の出自~ももたろうのしゅつじ~
あぁ、やっぱり。
疑問や不安がきれいにつながって胸の中に落ちていった。夫は人間の娘とここで暮らしていたのだ。鬼であるにも関わらず。いや、鬼だからこそ、なのか。私にはわからない。
わかることは、夫の心に私以外の女がいるということ。その女は人間だったのだと今知った。腹が大きくせり出している。身ごもっているのだ。
おそらくここ数日のうちに産み落とすのだろう。だから、夫は用事と偽って出かけ、そこにいるのだ。女の横に。私に後をつけられているとも思わず、まっしぐらにここに向かう背中に迷いはなかった。その背中は私の知らない背中。
夫の頭の中は、きっとこの娘のことではちきれんばかりであったろう。自分のいない間に産気づいてはいないか、と、心配で心配で。
姿も肌の色も違う。交わす言葉もない。どれもこれも夫と娘の気持ちを高揚させただろう。恐れという香辛料が情欲の炎に油のように勢いをつけたのだろう。楽しかったのだろう。苦しいほどに。死の淵をのぞき込むほどに。身の破滅という錘が片側に乗っている秤。つり合いを取るために、夫も娘もその反対側に自分の存在を丸ごと乗せていたのだろうか。妻や子ども、父親や母親などの肉親からも引き離した「自分」だけがあると錯覚したくて。
現実のことと思われなかった。けれど、私の足の指は実際にジンジンと痛んでいた。その痛みに注意を向けたとたん、視界が滲み揺れた。夜風が梢を渡っていった。
どうやって帰ったのか、記憶になかった。
考えていたのは、これからのことだった。どうにかしなくてはならない。なぜならば、必ず、できることはあるから。どんな時でも。
目を閉じ、鼻孔から深く吸い上げた空気の中にほのかに甘いものを捉えた。そうだ、これは桃の香り。大きな桃があったのだった。種をとれば、ちょうど赤子が一人入るほどの。