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この手紙をトウキョーのフルハシ市ライメイ、ヒルズハイマンションの501号室に届けてください。

作者: 鈴木衣毬

あなたと別れたのは夏の暑い日差しが照りつける気温35度の酷暑日のことでしたね。あの日は本当に暑くて暑くて、常に何か冷たいものを飲むか額に当てるかしないと手の指すら動かすのがだるくて参っていました。あなたを公園の入口まで見送ったあと私は、少しは涼しいところで休憩をしてから帰ろうと、大きな木の下にあったベンチで座って休んでいました。


日が当たらないだけまだマシかと思っていたのですが流石酷暑日。熱は私の体から水分と塩分を吸い取ってゆき、ついでに意識すらも持っていきました。しばらく視界は暗転していて、はっと気づいたら辺りは赤い車燈が闇と交互に草木や人工物を染めていました。また、日が無い分いくらか涼しく感じました。


それでも夏なので空気が生ぬるいことに変わりないのですが。身体がとても軽くなっていました。そして周りには2、3人くらい人がいて私の事を運ぼうとしていることに気が付きました。私はびっくりして起き上がり、大丈夫ですから!自分で歩けるから運ばなくていいです!って必死に声掛けたつもりだったんですが、ね?

そこで悟ったのです。自分の声が人間たちに届いていないことに。自分の体は今自分の下に居て、体から抜け出ていることに。そして自分が本当に亡霊に近い存在になってしまったことに。唖然としました。視界が狭まって暗くなっていく中、唯一目に映っていたのはひっくり返ったセミだけでした。


死んでいたふりをしていたのでしょう、そのセミが動いた何かにより驚き、ミ"ミ"ミ"ミ"…と鳴きながら私の横を掠めて飛んでいった時でした。やっと我に返った私は正に自分が運ばれていく所を見て、ついて行かなければと一緒に救急車に乗り込みました。


なんとも異様な光景であるはずなのに頭は客観的に自分を見ていました。まだ自分には脈があってちゃんと生きている。でも呼吸が弱く、かなり危ない状態で本当にギリギリのところで生きているようです。

悪い状態であることがわかってくると再び動揺してしまって唇がわなわな震えてきます。本当に自分は死ぬのか。まだこれからしてみたいこともあるのに、こんな、突然____。それでも何とかこの衝撃を吐き出したくて、でも音を発しようにも口の形は言葉を形づくるのに向かなくて、どうにも形容できない呻きしか漏れだしませんでした。


そんなふうにして立ち尽くして20分ほど経った時、車が止まって後ろのドアが開け放たれました。ストレッチャーがそうっと降ろされてガラガラと病院へ向かって走り出します。少し遅れて、私はふらふらと救急車をおり、自分の身体が運ばれた方へとついて行きます。自分はどうなってしまうのか、このまま自分が死んでしまったらどうしようか、そんなことで頭がいっぱいで歩くスピードなんか出るわけがなく、私は私の体がどこへ運ばれたのか見失ってしまいました。どうしよう、と再び足が止まってしまい立ち尽くしていました。


その時でした。どうかされましたか?と後ろから女の人の声がして振り向いたら、薄いピンク色のナース服を着た看護師さんがこちらを心配そうに見ています。すごく普通に声をかけてくるものだからこちらもつい、先刻声が伝わらなかったのを忘れて必死に、あ、あの、救急車で運ばれて、でもどこに行ってしまったか、わ、分からなくてっ、とたどたどしく喋りかけてしまいました。看護師さんはどのような症状で運ばれましたか?と聞いてきたので、た、多分熱中症で、た、倒れて意識がなくて、呼吸も弱くなってて、と答えます。

それなら恐らくまだ処置室で治療されてると思います、案内しますね。

すぐに案内してくれるみたいでした。早歩きで歩く看護士さんの後ろをなるべく離れないようについて行ったら、割とすぐに着きました。


こちらです。今はたまたま1人みたいなのであちらの方だと思います。失礼します。そう言って看護師さんはいなくなってしまいました。結構冷たいような…

とはいえ、自分の身体に追いつくことが出来ました。ベッドより少しだけ離れたところで自分が医師やら看護師やらに処置を施されているのを、私は自分の身体に果たして戻れるのかと不安になりながら眺めていました。


私の身体に点滴の管やら機械のコードやら酸素のマスクやらを沢山くっつけて看護師達は様子をうかがっていたものの、やがてその中にいた医師がなにかの画面を確認したあと、入院する部屋に患者さん移動して、と言って去ってゆき、何人かいた看護師達も少しずつ減っていきました。その後少人数で戻ってきた看護師の人達によって私は病室へ運ばれました。

今度はちゃんと見失わずについていけたので安心しています。

もろもろの運び込みやコードの接続が終わったあと、看護師たちも病室を出ていきました。


運び込まれたのはナースステーションに程近い2人部屋の病室でした。でも部屋に他に入院している人がなく一人部屋のようなものです。酸素のマスクのシュコー、シュコーという音やなにかの機械のピッピッピッピッという規則正しい音が響く中、ベッドの横にあった丸椅子に腰掛けました。


そこでふと、家族には連絡がいっているのだろうかと気になりました。家族と言っても今は実家にいる父と介護施設に入っている母しかいないのですが、きっと連絡をしても来られない可能性の方が高いかもしれないな……。ああ、でも、




でも、それよりも今の私にはどうしてもこうなってしまったことを伝えたい人がいるのです。

さっき、公園でまた来週会おうねと言っていた彼女に。彼女とは、中学の時から友達で、きっかけは英語のペアワークをした時に私がノートにこっそり書いてあった、自作ファンタジーの世界を想像した設定のイラストをうっかり晒してしまったのを、彼女が見て、面白そうだね!もっと見せて!とワクワクした様子で言ってくれてあまり気乗りはしなかったのだけど、どうしてもと言うので、誰にも言わないなら、いいよと返したのが始まりでした。その時は、彼女があんまり大きい声でそれを言うもんだから周りにもバレてしまったんじゃないかと私はヒヤヒヤしたのもあったんですけどね…私のイラストをじっくり見た彼女は、続き書いて欲しい、読みたい!ダメかな…?と遠慮がちに聞いてきてこちらをまっすぐ見てきて。そのじっと見つめられるのに私は耐えられずにまたもや、いいよ。と言ってしまいました。なんで了承してしまったんだ…という後悔だけが身体中にのしかかっていました。自分だけに広げていた世界、こうなったら、という妄想の産物を人に見せることになるなんて1人で書いている時は全く考えていませんでした。

けれども、約束は約束なので週明け、書いたものを持っていったらそれはそれは大層喜んでいて、私の物語のこだわった所を全部わかっているかのように褒めてくれて。すごく嬉しかったのを覚えています。そこから彼女とは仲良くなって、高校は同じだったので毎日会って、大学は違ったけど、それでも1週間に1度か、2週間に1度程度会っていました。その時は毎回、ネタ探しに遊びに行ったり、それを使って私が書いたものを読んでもらったりしていました。社会人になってからは、彼女は元々本が読むことが好きだったことから編集社に就職。そして私は……

私は、新卒で入った会社を二年でやめてしまい、途方に暮れていた所を彼女に、作家としてうちと契約するのはどうかと持ちかけて貰い、紆余曲折を経て今は作家をさせてもらっています。そうして今はまだ二年経っていないくらいで、この前やっと私の担当が彼女になったばかりなのにな。

今日は打ち合わせと称して出版社に出向く日でした。初めて一緒の打ち合わせで話して、久しぶりにお昼ご飯も一緒に食べることになって。その帰りに公園に寄ったらこうなってしまいました。こうして外に出て彼女と友達として喋りながら歩けるのが嬉しくてテンションが上がってしまって、具合が悪いことにギリギリまで気が付かなかったみたいです。こんなことになってしまって……後で打ち合わせで言っていた登場人物の設定を送ると言ってしまったのに。来週、一緒にネタ探しに遊びに行こうと約束していたのに。どう連絡しよう。スマホはもしかすると充電が足りないかもしれない。家を出る時に充電するのを忘れた自分を恨めしく思いました。



誰かにあなたへの伝言を頼むことは出来ないのかな……でも人に話しかけても…


と、これまでのことを振り返ったとき、

いや、待てよ、さっきの看護師さんは?普通に受け答えしてた、あの女の人。救急外来のところにいたからその辺の人なのかもしれない。と急に思い出しました。

あ!もしかしたら、その人に頼めれば伝言してくれるかもしれない!ハッとして、病室を飛び出して廊下を抜けて、階段を駆け下ります。自分が入ってきた出入口まできょろきょろと、もし他の人から見えていたら怪しく見えてしまうであろう動きをしながら必死に看護師さんを探しました。2時間くらい院内をさまよって、もう無理だ。帰ってしまったのかもしれない。と思って待合室のイスに腰を下ろした時のことでした。


あの、大丈夫ですか?とまた声をかけられました。

さっきの看護師の人と同じ声だったので、やっと見つけた!と思って顔をあげると目の前には誰もいません。気のせいか…?と思って周りを見回すと、自分の隣に8歳くらいの男の子が座っていました。そして隣にはカラスのような鳥?が偉ぶるみたいな雰囲気を醸し出して留まっています。いえ、実際カラスしょうがその色がなんというか、とてもカラスとは思えない色をしていて、言うなれば目に優しくないサイケデリックな柄でした。男の子と交互に見て2人とも見た目からして風変わりな姿、異様さがあったのでどう足掻いても普通でないのは明らかでした。ジロジロと見てしまって、すごい色…だなとかほんとにさっきの人と同じなんだろうかとか私が思っていると、男の子は、あんまり周りをドタドタ走る人がいたからどんな人かと思えば…先程もこのあたりにいた方ですよね?今度はどうしたんですか。と先刻より砕けた敬語で話しかけてきました。あまりにも男の子が仕方の無いやつだと言わんばかりに話しかけてくるので反射的に少し嫌悪感を感じたものの、質問を投げかけられたのを引き金に、この人を探していた目的を思い出して、え、ええそうです。その、伝言をお願いしたいのですが。と告げます。

いいですよ。あっさり返事は返ってきました。

僕、手紙屋さんなので。

でも、条件があります。手紙屋なので、伝言の手段は手紙にしてください。このカラスの足についているケースに手紙を入れて届け先をいえば届けます。絶対にこのケースに納まるサイズの手紙にしてください。紙はケースの中に入ってるのを使っていいですよ。あと、書くもののことなのですが、ペンは私の付けペンをお貸ししますが、インクはあなたの手紙の受取人の記憶を対価にして、1行分につき3年分を戴きます。それでも書きますか?

記憶を対価に。という言葉が引っかかりました。それに加えて1行につき、という言葉にも。1行、って書ける文字量人によって違うんじゃない?と思っていると、

あなた、作家なんですよね?なのに短い手紙文を書くくらいのことに自信がないんですか?どんな感情込めて書くか見てみたいのにな…

どうやら思っていただけでなくて伝わってしまった様です。でもその伝わってしまった言葉にまるで焚き付けられるように振られた返事は私の敵愾心を容易く炎上させて、つい、書けますよ!と言ってしまいました。こっちだってプロの作家としてはまだ駆け出しだけど、自分の世界を鮮明に現したり、彼女に読んでもらうために表現する方法を何度も何度も模索してそれを出力してということを10年近くやっている身です。なめられるほどできない訳じゃない。

手紙書きます。

と怒りのまま私はそう言っていました。


そうですか。じゃあ、紙はさっき言った通りでケースの中のものを、ペンはこれをお貸しします。インクは使った分を後から差し引かせてもらうのでそのつもりで。はい、どうぞ。

カラスの足についていたケースから紙を貰ったあと、ペンとインク瓶を渡されました。普通に見える万年筆と、透明な液体が入ったガラスの瓶でした。透明なのに文字を書いて見えるのかと思いました。

書いてみれば分かりますよ。男の子がインク瓶を観察して困惑している私を見て、見かねたように言いました。

あ、ああ、はい…。

ならとりあえず文を考えるしかないか。紙は一筆箋でした。この紙には3行ほどしか行がなく、1行はおおよそ書けても25文字くらいが限界か。なるべく短く。でも記憶が消えてしまうのは申し訳ないから手紙にちゃんとごめんって書かないとダメだと思いました。本当にごめんね。




桔梗ヶ原の病院307号室に入院した。来て欲しい。来週の約束難しいかも、ごめんね、許して欲しい。



書いた手紙を渡して、私はこういいました。






元々短編のつもりで書いたのですが意外と展開がゆっくりになってしまったので一旦投稿してみました。割とこれからが面白く出来そうなところだなとは思ってはいるんですけどね…

ここまで読んでくださりありがとうございました

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