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彷徨える『忌み人』達の記憶②

 


 最初にフェレス公が助けを求めたのは、戦友であり長年の友だという隣の地方の領主だった。

 フェレス公とそう年の変わらない、上品な男の人で、城壁の上から友の姿を確かめ泣いてくれたものの、わずかな食糧を投げ落としてくれただけで城門を開けることはなかった。

 そして遥か高みからフェレス公に向けて、涙ながらにこう叫んだ。


『お前のことも連れの者達も哀れに思う。だが私にも立場があり、守るべき民がいる。

 申し訳ないが、立ち去ってくれ。二度とこの地には足を踏み入れないでくれ』


 唯一無二の友に、震える声で懇願されてはもう、項垂れて歩き去るしかなかった。


 次に訪れたのは亡き奥方の実家が治める領だったが、こちらは大きな川のほとりで休憩している時にお城から使いの馬が来て、これ以上城に近づいてはならない、即刻領内から出て行ってほしい旨を丁重に書かれた手紙と、せめてもの慈悲なのか大量の食糧をもらった。


 何とかそれで食いつなぎながら、今度は少し遠くにあるフェレス公の従兄弟が治める地へ向かったのだが、ここが一番ひどかった。

 領地に入るや否や武装した兵士達に追い立てられたばかりか、持て余していたらしい『忌み人』の一団を押しつけられた。


 リアラとリエラはこの時に合流したのだが、追い出される前は廃墟のようなボロボロの砦に大勢で閉じ込められ、ろくに食事も与えられなかったというから酷い。


 こんな調子でどこにも受け入れられず渡り歩いているうちに、初めは2~30人だった『忌み人』たちは今や百人近くまで膨れ上がった。

 みな疲れているし空腹だというのに、死者も病人も出ていないのが何とも不気味だ。

 ひょっとしてこのまま死ぬこともできず、永遠に彷徨うことになったらどうしよう、なんて馬鹿げた不安が湧いてくる。


 もはや友人はおろか、親戚すら頼れなくなったフェレス公が今目指しているのは、古くからの名門オルネート家の居城、丈高い草の(ロンググラス)城。


 その領地は豊富な水と肥沃な土に恵まれた富裕な土地で、二年前に先代が急な病で亡くなってから、まだ年若いその息子が後を継ぎ、現在は若干二十歳ながら才腕を振るって中々の城主ぶりを見せているという。


 だが残念ながらフェレス公と繋がりがあるのはその若き統治者ではなく、先代のオルネート公のほうだ。


 先代領主の、更に父親に仕えていた騎士という人が剣の名手で、フェレス公は少年時代に、十歳から十三歳になるまでの三年間をロンググラス城に住み込んで、その人から剣術を習っていたのだそう。

 その間、二つ年下だった先代領主とは兄弟のように過ごし、健在な間は頻繁に手紙のやり取りもしていたという。


 しかし、それはあくまで先代との友情であって、現当主との関わりは薄い。

 今の当主が十二歳になった時分に開かれた、誕生祝いの宴で挨拶を交わしたことがあるだけだそうだから、ほぼ無関係といっていい。


 親類にも親友にも見放されたというのに、たったそれだけの繋がりで救いの手を差し伸べてくれるなんて、そんな都合のいい展開にはならないだろう。

 そんなことはフェレス公も解りきっているのだろうが、今は他に頼れる宛てもなく、藁にも縋る思いで城へ向かっているのだ。


 幸いといおうか、もうオルネート家の領地に入って随分経つが、今のところ何も起きていない。

 人気のない道を選んで進んでいるせいもあろうが、兵士はおろか領民の一人にも出くわすことなく、いっそ怖いくらい静かだ。

 果たしてこの静寂が、吉と出るか凶と出るのか―――……


 ともすれば襲ってくる不安を振り払うべく、コルルは領主父子の声を聞きとることに集中する。

 会話の内容を知りたい訳ではなく、ただ何も考えたくないだけだ。


「今のオルネート家当主……ジェレニアスとは一度会ったきりだが、品良く利発な子供だった。

 先代から聞いた話では少し頑固なところもあるそうだが、きっと賢明な若者に育っていることだろう」


 フェレス公の言う通りに賢い人ならば、若きオルネート公はどんな判断をするのだろう……いっそ一思いに殺してくれるなら、それでいいような気もする。

 この場に居る誰も、きっと恨んだりしないだろう。


「オルネート公と顔合わせできるのも光栄だけれど、僕はその妹君に会えるのが楽しみだなあ」


 エンリミオ様の声は、場違いなくらい朗らかで明るい。

 コルルと同じく耳を澄ませて会話を聞いている領民達の為、無理をしているのだろう。


「兄と同じに賢く心正しく、そして大変な美女だと聞いてますよ。遠く王都まで、その美貌の評判は届いているとか」


「妹か……そういえば宴の席で、奥方が可愛らしい娘を連れていたな。

 名前は確か、アデレード……いや、アデレールだったか」


「アデライラ、ですよ父上。

 何でも、夜の湖に映る星々のごとく、静かに煌めく乙女だそうです。想像しただけでワクワクしませんか?」


 それほどまでに讃えられるとは、いったいどんな女性だろうか。

 コルルには上手く思い描けないが、外見が変わる前は浮いた噂に事欠かなかった恋愛上手のエンリミオ様には難しくないようだ。

 まだ一目たりとも会っていない美女について嬉々として語る息子を見て、フェレス公がやれやれと深い溜め息をつく。


「まったく、お前ときたら……東西南北どこに居ようとも、美人の評判は聞き逃さないのだな」


 呆れた様子の父親に、息子は得意げな顔で拳を作ってドンと胸を打ってみせる。


「もちろんですよ父上。僕の耳はありとあらゆる美しい女性の情報を集めるためについているのですから」


「……妹君がどんな美人であっても関係ないよ、どうせ顔を見れやしないんだから」


 領主父子の一歩後ろを歩いていたフェレス公の甥、フリックが口を挟んだ。

 もともと華やかなエンリミオと違い地味で口数の少ない青年だが、最近は特に悲観的なことしか言わなくなっている。

 コルルもあまり前向きな性格ではないから、気持ちはよくわかるが。


「僕がジェレニアスなら、大事な妹にこんな恐ろしげな集団を引きあわせやしないよ……

 この前みたいに伝令が来るか、兵士をけし掛けられて終わりさ。僕ならそうする」


「おいおい、辛気臭いこと言うなよ従兄弟どの!もう少し希望を持てって」


 従兄弟の暗い発言にはすっかり慣れっこになったエンリミオが、励ましの意味を込めて強めに肩を叩く。

 そのせいでフリックの着ていたマントが少しずれ、目深に被っていたフードが外れそうになり、後ろ向きな青年は慌てて両手で押さえた。


 エンリミオ同様、人間だった頃とさほど容貌の替わっていないフリックだが、その額からは小さな角が一本にょっきり生えており、それをひどく恥じているのだ。

 その様子を見てエンリミオがまた何か声をかけようとしたが、


「さぁさ若様がた、おふざけはその辺にしておきなされ」


 足下からゆるく注意され、口を閉じた。


「そろそろお城が見えてくるはず……オルネート公がどうのような決断をなされようとも、良家の子息らしく、誇り高く振る舞い受け入れるのですよ」


 落ち着き払った調子で若者達を諭すのは、二人の教育係を務める、初老の学士ポッケンズ。

 アライグマ型の獣人で体は小さいながら、この世のあらゆる成り立ちとことわりがすべて頭に入っているんじゃないかというぐらい何でも知っている、本物の知識人だ。


「ああ……ほら。見えてきましたぞ」


 学士の小さな手が、前方を指す。先頭を行く領主一族はもちろん、続く迷える民達も顔を上げ、その手が示す方角に目を向けた。


 その名の通り、緑の草原に囲まれた、大きな城が建っている。

 さやさやと風に揺れる柔らかい草の海にそびえ立つ、石造りの古めかしくも堅固な城。

 その城壁には既に、武装した兵達が、ずらりと並んでいた―――



 

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