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コルルの贈り物

 

「おっ、とと……」


 予測していなかった動きとはいえ、そこは腕利きのチームリーダー。素早く手を伸ばしてキャッチする。

 年老いた魔族は、いったい何をくれたのか……


 受け取った物を掲げて確認してみるが、さっぱりわからなかった。

 大きさは片手にすっぽり握り込めて、形状は楕円形。つまりニワトリの卵によく似ている。

 ただしその殻は透き通っていて、中にはキラキラ光る青みがかった紫色の、煙のようなものがゆらゆらと漂っている。


 卵型の硝子細工、紫のラメ煙入り、といった感じの物体だ……何だそりゃ。


「ほえ~~」


「きれい~~」


 などと女子達が呟いているが、確かに見惚れるくらい美しい。どう使う物かなんて、さっぱりわからないけど。


「あの、これは……?」


 おずおずと問うノブに、


「アンタ達の助けになるものさ」


 コルルはきっぱりと答えた。


「これから、魔王城へ行くんだろ?」


「あ、はい。まあ近いうちに、そういう予定ではあります」


「何だい、ハッキリしないね……まあいいさ。

 とにかく、城へ入ったら危ない目に遭うこともあるだろ。もう絶体絶命、これは死ぬ!!って思ったらその時に、


『星明かりの煙、壁の向こうの主を起こせ』


 って叫んで、それを壁でも床でもいいから思いっきり投げつけな。そしたらその殻が割れて、中の煙が助けを呼んでくれる」


「壁の向こうの主、ですか」


 なんとも謎めいていて、魅力的な響きの名前だ。


「それ、どんな人なんですか?」


 ワクワクしながら訊ねたが、コルルはとぼけて肩を竦めてみせただけだった。


「会ってみてのお楽しみさ。でも、使う時は慎重にね。

 一回しか有効じゃないし、向こうもアンタらを気に入るかはわからないからねえ」


「よ、よくわかんねえけど、貴重なアイテムなんですね?」


 横で聞いていたテリーが、さっきコルルがしていたように、自分の道具袋を探り出した。


「城に着く前に割れないようにしなきゃ……何か、包みこめるような、柔らかい布あったかな?」


「ああ大丈夫、それには及ばないよ。

 さっき教えた文句と、魔王城の壁との接触が発動条件になってるんでね。

 脆く見えるけどその二つの条件が揃わない限り、割れないようになっているから」


 テリーに向かってひらひらと手を振るコルルの説明を聞き、ノブも安心して剣帯に提げている革袋の中へ硝子の卵を仕舞う。


「星明かりの煙、壁の向こうの主を起こせ」


 教えてもらったばかりの呪文を小さく復唱すると、コルルは二度、三度と頷いた。


「一回でちゃんと覚えたね、感心感心。

 多少、文言が間違っていても、『星明かりの煙』と『壁の向こうの主』さえ合っていればきちんと発動するからね。

 その二つだけは絶対に忘れるんじゃないよ」


「はい、ありがとうございます!!それにしても貴重な物を……俺なんかが貰っちゃっていいのかな……」


「もちろん。アンタ達だから貰ってほしいのさ。アンタらが居なかったらウゲンもサゲンもどうなっていたことか。

 それに……是非とも今の魔王には、一泡噴かせてやってほしいんでね」


 コルルの尋常でない様子に気づき、どうしたのかと不思議そうな表情を浮かべるノブがを見て、コルルは一つ大きく息をつく。

 あの親子の深く悲しい事情など心の内に秘めておくつもりだったが、やはり話しておこう。意を決して目を上げ、口を開く。


「サゲンの奴は言わなかったけど、実はあいつが城を出た理由は二つあってね……

 嫁さんを殺されてすぐ、今度はウゲンを新兵器研究の献体に差し出せって命令が下ったのさ」


 誰もが言葉に詰まり、返事などできなかった。

 そういえばサゲンは、フィーデルの部下が辿った運命を聞いて表情を歪め、憤っていたことを思い出す。


 素直で賢く、つぶらな瞳を輝かせて夢を語っていたウゲン。

 あの子が大人たちの勝手な都合で、死ぬより辛い目に遭うところだったのか……そう考えると、コルルの言い分も納得できる。

 いくら冷酷と名高い魔王であろうと、越えてはならない一線はあるはずだ。


「そういうわけだから、一刻も早く今の魔王には引導を渡してほしいんだよ。

 同族を大事にしない者に、王を名乗る資格はないはずだもの……まあ、でも、無理はしないようにね」


 最後のほうはできるだけ明るい調子で言って、コルルはふいっと横を向いた。

 そのままスタスタと歩いて冒険者達と距離を開け、一本の大きな木の前に辿り着くと、足を止めて振り返った。


「それじゃ、良い旅を。いつでも歓迎するから、また遊びにおいで」


 死ぬんじゃないよ、と最後にそう結んで、老婆はするすると木の根元に入り込み、それきり出て来なかった。


「んん?」


 一番近くにいたアキナを先頭に、パーティーは件の木のもとへ走り寄るが、やはりコルルの姿はどこにもない。忽然と消えてしまった。


「この中に入ったのかなあ?」


 身を屈めたアキナが、太い木の根っこと地面との間に空いたわずかな隙間を覗いて見るも、暗くて中の様子はさっぱりわからないし、確かめようにも人間が通れるほどの大きさでは無い。


 パーティーで一番小柄で唯一の獣人ながら、木の上へ登るならともかく根元へ潜るなど冗談ではないヴェンガルが、ゆるゆると首を横に振る。


「まったく、神出鬼没なバアさんだぜ。この山は庭みてえなモンだとか言ってたから、こんなような抜け穴だの秘密の小道だの、他にもたくさんあるんだろうな」


 でしょうねえ、とヴェンガルに同調しつつ、ノブは特別な贈り物が入っている革袋にそっと手を触れた。


「それにしても、良い感じのモノをもらったような気がしますよ。その辺のモブモブしてるパーティーには縁がないであろう重要アイテムゲット~~

 ……主人公パーティーって、いつもこんな感じかなあ。思い切って行動してみて良かったぁ」


 じーんと胸を熱くしているノブを見て、同じく主人公パーティーに憧れを抱いているテリーの顔にも笑みが広がる。


「そうだな、今日一日って何か、すっごい展開だったよ!!

 もしかして俺たち、モブ卒業してサブキャラへ昇格しちゃったんじゃないか!?」


「そぉだなあ……そうかもしれないなあ」


 珍しくプラスな意見に対して否定しないノブだが、続きはやっぱりいつものアレだった。


「でもコレがいよいよ、死亡フラグのキーアイテムを入手してしまったという可能性も充分にある……


 コレを主人公パーティーへ渡して全滅っていう、懐かしの第一話宿屋会議で言及したルートに入ったのかも。

 コルルさんから教えてもらった暗号が、俺達の遺言になるっていうオチかもしれないぞ」


「はい、またそれ!!結局それ!!」


 先頭切って突っ込んだのはテリーだったが、うんざりしているのはみんな一緒だ。

 いい加減にしろ、もう城に行く気ないんじゃないの、城行かないまま終わるんじゃないかって感想欄で心配されてますよ、と口々にノブを叱咤するが、本人はどこ吹く風で、


「一番大事なコトなのに~~」


 と主張している。


「……ほんっとに、のんびりした子達だねえ」


 ノブ一行とはかなり距離を経た所まで移動していたコルルが、耳に入ってくる会話を聞いて、呆れ笑いしながら呟いた。


 もう地下に掘った道からは抜け出し、誰の目にもつかないような薄暗い木陰に守られた草叢のなか、ヴェンガルが言うところの“秘密の小道”を進んでいるところ。


 老剣士の睨んだ通り、この山にはこういったコルル専用といっていい移動路ルートが、蜘蛛の巣のように張り巡らされているのだ。

 その一本一本が、どこと繋がりどこを通ればどの道に出るか、すべて把握している。道を覚えるのは得意だ、この山の中なら迷ったりしない。


 どこであれ迷うのは厄介だが、コルルが本当に恐ろしいのは、どこへ行けばいいのかわからず、行く宛てもなく彷徨うこと―――……


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