色々あったんでおさらいしてみよう②
「ああ、そっか、そういうこと」
考えるより行動あるのみを信条にしながらも、勘の鋭いアキナはノブの言いたいことがわかったらしい。
「コルルさんは300歳を越えてる……ってことは“人間が魔族になる”っていう現象が起きたのは300年前だけなんだ!
それより前に魔族がいた、なんて話は聞かないし記録も無いし、それより後は薬を使ったりして処置をしないと魔族を作れないんだ」
そういうこと、と頷いて、ノブは先を続ける。
「もし魔族が自然に増え続けるものならば、わざわざ『笛吹き男』なんて役職を作って人間を攫ったり、城に来た冒険者を捕まえて改造したりしなくてもいいはず。
だから……仮に人間が魔族に変化してしまうことを『現象A』としよう、この『現象A』が自然発生的に起こったのが300年前。
これによってコルルさんは普通の兎型獣人から魔族になってしまった。
そして、同じくこの『現象A』により魔族化した初代ヘルフェレスは魔王城を建てた他に、人為的に『現象A』を起こす何らかの技術を手に入れたんだ。で、その技術を城の内部に囲い込み、現在に至るまで上手く利用している……と、こういうことだと思う」
「なるほど……その仮説が合っているとすると、城外のモンスターについてのアレコレも説明できますね」
ミアの合の手を聞き、ノブとヴェンガルと横並びで歩いていたテリーが振り返る。
「モンスターが……?どういう意味だい?」
「ほら、平地や森に出現するモンスターって、この辺みたいに城に近いところに居るのは大きくて強いけれど、城から遠くなるほど弱くて小さいものになっていくでしょう?
それに城外で活動してる魔族も、城の近くではウヨウヨしてるけれど、田舎に魔族が出たなんて話は、無いわけじゃないけどそんなに多くないですし……だからこそ、いざ出ると大事件になっちゃうんですけど」
「ああ、そうか、この辺はノブのいうところの『現象A』による影響が大きく出てるんだ!
だからいわゆる『魔物』に属する生物は強く大きくなって、城と距離を取るほど弱体化していくし、魔族も同じで城の近くなら活発に動けるけれど、遠くなるとそうはいかない、と」
「ふん……それでわかったぜ」
若者達の話を黙って聞いていたヴェンガルが口を開いた。老剣士にもどうやら、冒険者として思うところがあるらしい。
「あのサゲンって大将な。アイツが俺たちに怯んだり、小悪党二人ごときにむざむざ膝ついたりしてたのが、どうも腑に落ちなかったんだが……奴さんにもその、城から出た影響が出てるってことだな。
でなきゃ城の上階警備を任されていたような凄腕の御仁が、数で勝っているとはいえ平均レベル80程度のパーティーを恐れたり、まして冒険者くずれのチンピラごときに遅れを取るとは考えられねえ……並み入る冒険者をバッタバッタ倒してた頃の強さを、今はもう持ち合わせてねぇんだ。気の毒に」
かつて己の実力を誇り、自他共に強さを認められていた者が、それを不本意な形で失った時、どれほどの無念に襲われることだろうか。
サゲンの胸中に渦巻く苦しみについてはノブも察して余りあるが、彼の話で気になることは、他にもう一つある。
「でも大きな力を失った代わりに、サゲンさんは人間だった頃の記憶を取り戻した……魔族化した際の副作用という可能性も捨てきれないけど、十中八九、サゲンさんは体を改造された時に、ついでに記憶も消されたんでしょうね。
支配者側としては、人間と戦わせたいんだから、人間と自分らが元は同族である、なんて都合の悪い事実は隠しておいたほうがいい。
でも、その技術は完璧ではなくて、何かのキッカケで記憶が戻ってしまうことがある―――
……サゲンさんの場合は、日の光を浴びたから?
それとも『魔の森』が魔王の完全支配における境界線になってるのかも……その辺はまだちょっと判然としないけど」
「……あのさ!!」
急ピッチで進んでいく分析と、あちらこちらから飛び交う意見にとうとうついていけなくなったアキナが、大きな声を出した。
「城に入っても魔族に捕まって何かされない限りは、あたし達が魔族化する恐れはまずないし、300年前に何かが起きて魔族やモンスターが派生したのは何となくわかった。
……で、結局その、原因になってる『現象A』ってのは何?
飲んだり食べたりすれば体に取り込めるよう物質?
それとも、魔王だけが使える能力とか?
魔族化せず冒険を進めるためには、あたし達は何に気をつけて行動すればいいの?」
単純だが的を射た質問だ。これに対するノブの答えは、ただ一つ。
「さあ?」
「は?」
これには、四つの声がほぼ同時に重なった。しかしノブは、注目されたところで首を傾げるばかり。
「それはわからない。物質ってのはいい線ついてると思うけど、誰かの特殊能力ってのも可能性としては充分あるな。
もし光線みたいなのをピカッと一発食らったら、次の瞬間には魔族になってました~~なんてのだったらもう、どうやったって防ぎようないなあ」
語っているうちにマイナスの方面へ思考を沈めていく、ノブの悪い癖が出始めた。メンバー達は慌ててフォローに入る。
「ちょ、そんな後ろ向きなコト言わないでよ!!」
「そうですよ、サゲンさんは何か飲み物飲んじゃったって言ってたじゃないですか!!お城の中のモノ食べなきゃいいんですよ、たぶん」
「ミアちゃんの言う通りだよ、自分らで持ち込んだモノ以外、飲まず食わずで行こうぜ!」
「んじゃ、まずは保存食だな。干し肉とか堅焼きパンとか、目いっぱい買っていこうぜ」
「そうそう、準備はちゃんとしていきな。
腹を空かした冒険者に、親切なフリして変な物食べさせようとする小狡い魔族もいるからねェ。気をつけるんだよ」
ノブへのアドバイスが雨あられと降り注ぐなか、ごくごく自然に、メンバー以外の声が混ざった。
あまりにすんなり会話に入ってきたものだから、みんな異変に気づくまでに少し時間がかかった。
「……うえ!?コルルさん!?」
一拍置いて、驚き叫んだノブが、声のしたほうを振り返る。
闖入者は何食わぬ澄ました顔で、女子達の更に後ろ、しんがりを歩いていた。
一体どうしたことかとパーティーが歩みを止めると、同じようにその場で足を止めて佇み、目を細める。
「やれやれ、まったく頭の回る子達だねえ……でもまぁ、その辺にしておきな。それ以上のことが知りたいっていうなら……
ちょいと、危ない橋を渡ることになるよ」
コルルの目は近いほうから順繰りにメンバーの顔を見渡した後、やや距離はあるもののほぼ真正面にいるノブに向けられた。
重たげに垂れた瞼の奥にある瞳は、かなり鋭い光を放っている。
湧き上がってきた緊張に背筋を伸ばし、口に溜まった唾を飲み込んだノブが姿勢を正している間に、アキナが恐る恐る口を開く。
「コ、コルルさんいつの間に……どうやってここに……」
愚問だとばかりに、コルルはふんっと鼻を鳴らす。
「洞窟の出入り口は、あの岩ばっかりじゃないのさ。それに、この山はアタシの庭みたいなモンだからね。
アンタ達の跡つけるくらい朝飯前だよ。さて、と」
コルルは言葉を斬ると、腰に巻きつけている道具袋に手を突っ込んでゴソゴソと探り出した。
何か取り出そうとしているのだろうが、いくらか落ち着きを取り戻したノブはその隙に声をかけてみる。
「危ない橋……というのは?」
コルルはチラッとノブを見たものの、すぐにまた手元へ目を戻してしまった。あまり詳しく語る気はないらしい。
「そりゃアンタ、ここでアタシが何もかも全部話したら、城へ行く楽しみも無くなるってもんさね。
魔族らが300年もの間、隠してきたモノ、秘めてきた真実を知りたきゃ、力いっぱい戦って、城じゅう駆け回って、その目で直接確かめてくることだね……ああ、あったあった」
どうやら目当ての物が見つかったらしい。
袋から手を引き抜いたコルルは、掴み出した物をひょいっとノブに向けて放り投げた。