色々あったんでおさらいしてみよう①
「ほら、さっさと出ろ。誰かに見られる前に」
ぶっきらぼうな物言いだが、これには隠れ家の存在を知られたくない他に、ノブ達を気遣う意味もある。
人間と魔物が慣れ合っているところなど誰かに見られでもしたら、要らぬ誤解を生むことになりかねない。
魔族と通じていた、という疑いをかけられたパーティーが、酷いリンチを受けたなんて話はそこらじゅうに転がっている。ノブ達をそんな目には遭わせたくなかった。
そんなサゲンの無言の気遣いは、ノブ達にもちゃんと伝わっている。
岩と洞窟の間にできた隙間から、みな早足で外へ滑り出ていくが、最後になったノブは横を通る際、ふと足を止めた。
「サゲンさん、今日は本当にありがとうございました。おかげで何と言うかその……少し、道が拓けたような気がします」
ぺこりと頭を下げられて、サゲンはいやいや、と首を横に振る。
「礼を言わなきゃならねえのはこっちの方だ。
お前達は俺とウゲンの命の恩人だよ。ろくな礼も出来なくてすまねえ」
「とんでもない。今日聞かせてもらったお話だけで、じゅうぶん助かりました。
今度はもっとたくさん美味いもの買ってくるんで、また一緒に飯食いましょうよ。それじゃ」
まさか再度の来訪を提案してくるとは思ってもいなかったサゲンは、キョトンと目を丸くしたものの、すぐに優しい微笑を浮かべた。
「ああ……楽しみに待ってるぜ。またな」
サゲンが右手を拳に握ったのを見て、ノブも同じように拳を作る。互いの握り拳をゴツンとぶつけて再会を約束し、ノブは外を出た。
背後で岩が動く鈍い音を聞きながら、そういえば重要なことを訊き忘れていたと思い出す。
「サゲンさん!」
振り返って名前を呼ぶと、サゲンは岩を引く手を止めてこちらに顔を向けた。
「何だ」
「すみません、最後に一つだけ……あの、今までこの山に来た冒険者達、今日の二人組も含めてですけど……どうして彼らを殺さなかったんです?
あなたの腕ならボコボコにしたあと息の根止めるくらい、簡単だったと思うんですよ。
確か病院送りになった人達も脳震盪とか打ち身にはなってたけど、骨折みたいな大怪我はしてなかったし……そこまで手加減したのは、何故なんですか?」
「そ、それは」
サゲンは困惑した様子で言い淀むと、洞窟の内側……こっちからはよく見えないが、たぶんウゲンのいる方を振り返った。
やや時間を置いてから、またノブのほうへ向き直った彼の顔は、ちょっと赤くなっている。
「……アイツらにも帰りを待ってる家族がいると思ったら、とても殺せなかったんだよ!!
魔王城の上階警備隊長が、笑わせるだろ畜生!!」
ほとんど破れかぶれの叫びを聞いて、ノブを始めパーティーメンバーは一様に驚いた表情を浮かべた後、思わず口許を綻ばせた。嘲りではなく、心から喜んでいる明るい笑みが、五つの顔を飾っている。
それを見て照れが最高潮に達したサゲンは、
「気をつけて帰れよ!!じゃあな!!」
と声を張り上げて告げてから、ありったけの力を振り絞って岩を動かした。
ズシン、と腹に響く重い音を残し、洞窟の入り口が閉じると、アキナとミアが身を寄せてクスクス笑う。
「意外と照れ屋だわね、サゲンさん」
「イケてるオジさまのツンデレって、ほっこりしますねえ」
二人がきゅんきゅん萌えている一方で、ちょっと気になることのあるテリーが、ヴェンガルのほうへ歩み寄った。
「先輩」
「ん?」
「さっきノブが言ってた『ある人』って、ひょっとして先輩のことじゃ……」
突然、「ア゛ーーー」と叫んでテリーを遮り、それ以上のことを訊ねられる前に、ヴェンガルは腕を振って歩き出す。
「ほら、さっさと帰るぞお前ら!!早くしねえと街へ着く前に日が暮れちまう!!」
ザクザクと草を踏み、威勢のいい足音を立てて歩くヴェンガルを追って残りのメンバー達も歩き始めるも、女子二人は相変わらずクスクスしている。
「あら、先輩も照れてるわ~~」
「ほっこりしますね~~」
純情なおじさん世代を恥ずかしがらせる桃色チックな女子トークなど聞こえないふりをして、ヴェンガルは少し速度を落とし、後ろに居たノブと並んだ。
小娘どもの戯れ言など気にしていない風を装い、空気の流れを変えるべく、何やら考え込んでいる様子のノブに適当な質問を飛ばす。
「どうだ、ノブ。今日はだいぶ収穫あっただろ。
いよいよ魔王城に殴り込みかける日も近ぇんじゃねえか?」
「ん~~……そう、ですねえ……」
頭の中をごちゃごちゃ駆け巡っている数多の情報を吟味しながら、ノブは慎重に答える。
「まあ、でっかい不安要素の一つは消えたかな、というところです」
「不安要素?」
なかなか興味深い単語だ。
ヴェンガル以外のメンバー達もこちらに意識を向けたのを察知し、ノブは頭の中にある考えをまとめながらゆっくり語り始める。
「魔族は元は人間である、ということはハッキリしましたよね?
今までそういった類の話は幾度も聞いてきたから、正直そんなに驚きはしなかったけど、その原理がわからないのが怖かった。
城に入って、自分でも知らない間に魔族になってました、なんて状況は洒落にならないでしょ」
「ああ、確かにな」
「でも、コルルさんとサゲンさんの話を聞いて、どうやらそういうことにはならない、だから心配しなくてもいいかなって」
「えっ?どうして?」
後ろのほうでアキナが声をあげた。
「サゲンさんは何か、変な薬みたいなもの飲まされたって言ってたけど、コルルさんはそうじゃなかったじゃない。
普通に暮らしているうちに、自然と魔族になってしまったって……同じことがあたし達に起こらないって、どうして言えるの?」
良い質問だが、それについてはノブは淀みなく答えることができる。
「確かにその通りだけど……逆に、コルルさん以外に“自然と魔族になってしまった”って話を聞いたことがあるか?」
「……ん?」
記憶を探ってみるアキナだが、“自分は元人間であると語る魔族に遭った”という話はいくらでも転がっているが、たいがいどの話でも“魔族に捕らえられたばっかりに、こんな姿に”と嘆くばかりだそうで、城に入って気づけば魔族に変わり果てていた、なんて話は聞いたことがない。
そう返すと、ノブはうん、と小さく頷いた。
「そうだろ?城の上階まで行って無事に引き返してきたパーティーとか、もう何年もかけて城の攻略に挑んでるベテラン冒険者さんもたくさん居るけど、その人達が魔族化してるなんて話は聞いたことがない。みんな普通の人だ。
だからつまり……えーーっと……」
説明しているうちに、段々と考えもまとまってきた。
やっぱり頭の中でこねくり回しているだけではダメだ、独りよがりな思考になってしまうから、いったん全部吐き出してみよう。
幸い、みんな「ま~~たノブの長尺オタク講話が始まったぁ」という感じではなく真剣に耳を傾けてくれているし、有益な意見をくれるかも。
今のところ全部推測だけど、と前置きして、ノブは続きを語り始めた。
「コルルさん達の話からすると、いま魔王城にいる魔族は三種類のタイプで分けられることになる。
まずはコルルさんみたいに、自然と魔族になってしまった人達。
多分これは不可抗力、気づけば人間ではなくなっていた気の毒な人々だ。
そしてサゲンさんのように、魔族に手を加えられて変貌してしまった人達。
たいがい捕まったり騙されたりした、やっぱりお気の毒な人が殆どだけど、自らの意志でそうなった連中も居るんじゃないかな。人間ながら魔王を神格化してるヤバい一派とかいるからね。
それから、ウゲン君のように魔族の両親から生まれた、いわば純血の魔族。
これもまぁある意味では不可抗力か。最近の研究で魔族の女性は生涯に一人、多くても二人しか子供を産めないって定説ができてるから、それが本当なら少数派だな。
なかなか子供が増えないから城外から人間を調達してきて魔族にして、人口の増減を調節してるのかも。
……長くなったけど、俺が警戒してたのはコルルさんのタイプみたいに、何にもしてないのに城の周りウロウロしているうちに、気づいたら魔族になってました、っていうパターンなんだけど、これはほぼ心配しなくていいようだ。根拠は……
ちょっと弱いかもしんないけど、コルルさんの年齢と、サゲンさんが飲まされた薬、だな」